15.貢ぎ物と泡枝のお届け物
移動の間に起きた戦闘は、五回。
その全てをサチカは停車したキッチンカーの中で待機して、終了と獲得素材の報告を受けただけだった。
神妙に頷きお礼を返したものの素材の名前にピンときてない様子はすぐにばれて、三回目の報告からは通貨に換算しての知らせとなった。
その金額にサチカはうわあと青ざめる。半分ずつの分配だとしても、クレープを三日かけて売っても稼げないような大金だった。
「……なー君、これって合ってるのかな?」
探索者達の上前を跳ねているだけのような気がして、おそるおそる運転席の案内妖精に尋ねる。
「契約的には問題ないし、貢ぎたいって言うんだから貢がせておけ」
「み、みつがせる!?」
思いも寄らない単語が出てきて、サチカは手元に視線を下ろした。
花びら型の青いガラスは、飛竜で先行するヴァルターが持ち込んだ素材で、第二層だけに生息する魔獣の鱗だ。割れずに採取されるのは珍しく、幸運のお守りとして人気の品らしい。
その他の素材はひとまずヨハンの大容量な魔法鞄に保管されていて、素材の分配は目的地に到着もしくは野営地を確保してからの予定だ。
ちなみにヴァルターの飛竜に同乗するヨハンの顔色は紙のようで、酔い止めの魔法薬と治癒魔法を重ね掛けしてもそこまでの回復が精一杯とのことで、とても気の毒だった。
「この鱗は、きっと高価な品物だよね……だったら、私の配分はこれでいいかなあ」
「いや、それはヴァルターの配分から差し引く」
不機嫌を隠さない低い声にびくりと見ると、車窓越しに天馬に同乗したサウルと目があった。
彼の前で手綱を握るレイナードが微笑んで、魔法士の台詞に解説を入れる。
「分配前ですまないが、それはこっちの取り分にしておいてくれ。すでにヨハンが祝福魔法を掛けて、紐でもつければ青花のペンダントとして使えるようにしてあるから、受け取ってやってくれるとありがたい」
「ペンダント、ですか」
「紐はあるか?」
尋ねられ何か代用できそうなものはと考えるが、ほとんど身ひとつで異世界に来たサチカの持ち物は数える程しかない。
「靴紐かなあ」
「それはやめておけ」
最速でナビィに止められてしまえば、他の選択肢は思いつかなかった。
「銀砂の連珠だな」
ぼそりと言ったのはサウルで、それを聞いたレイナードがなるほどと頷く。
「ちょうどいい具合に、岩石魚の群が来ているから、ついでに採って来よう」
彼の視線の先には、宙を泳ぐ魚群があった。
一匹が馬よりも大きいその魚群はまだ遠かったが、群れで動く姿は岩棚が押し寄せるような迫力がある。
岩石魚は黒くゴツゴツした岩に覆われた魚型の魔獣で、打撃や斬撃よりも魔法での戦闘が向いているため、魔法士は早速迎撃の魔法を編み始めた。
群れのリーダー格の進路方向にいるものに集団で突進してくる性質があるので、対処法の定石としてはリーダーを潰すもしくは広範囲で複数を巻き込む攻撃魔法を投げ込んで群を混乱させるものだという。
今回は、道を逸らす必要があるため、その両方をクリアするつもりらしかった。
レイナードの誘導で、大樹のように群生した大きな桃色珊瑚の陰にキッチンカーを停車させる。
先行と遊撃を担当する飛竜組が戻るまではここにいるように言われ、サチカはしっかりと頷いた。
「第二層の魔獣は軽く倒せるようだし、そのうち貢ぎ物を持って帰ってくるだろうから、のんびりしととけ」「……みつぎもの」
もしも、今のこの状況が貢がれているのだとしたら、これは創世の女神に貰った祝福の影響なのかもしれない。
サチカは左手をじっと見る。
「あれ、薬指だっけ? 小指??」
なんだかすごい効果があるらしく、あんまりにも影響が大き過ぎるのとから一度リテイクがあってどちらかの指に規模を縮小していたはずだ。その祝福を減らしてからの効果も、サチカには過ぎたものだったが。
「小指だな、運命の糸を結ぶ祝福」
「そうそう、そんなだったね。物を貰ったり、親切な人に出会えるのは、そのおかげかなあ」
「出会いには影響があるだろうが……貢がれるのはまた別」
案内妖精は小さな肩をすくめてみせた。
空駆ける天馬を見送った後、探索者達が戦闘に従事して、サチカ達だけとなったの狙いすましたかのように、ふと現れた黒い影が、音もなくキッチンカーに歩み寄る。
「あ!」
コツコツと助手席側のドアをノックされて顔を上げたサチカは、見知った姿を見つけて笑顔になる。
「テラさん!」
黒髪に黒い猫耳のある魔人は、手に持った買い物籠を持ち上げてみせた。
サチカはキッチンカー内のクレープを作るためのスペースに移動して、パタンとカウンターの窓を開ける。
黒髪の魔人から受け取った買い物籠の中身を見て、瞳を輝かせた。
「いつもありがとうございます。今夜の晩ご飯は、チキンステーキ弁当ですかっ。わあ、デザートまでついてる、美味しそう!」
サチカの毎食は、テラによるこの宅配便によって支えられていて、彼はお任せのお弁当とナビィが注文するいくつかの食材や日用品を毎日届けてくれていた。
だいたい閉店の少し前、夕刻の頃には現れて、お遣いの対価であるクレープを受け取って帰って行く。
なお、次期魔王とも目される魔人を使い走りにしている点に、サチカはまだ気が付いていなかった。
「では、テラさんの分のクレープを作ります。少し待っていてくださいね」
これが元の世界であれば、鉄板を熱する時間やら材料準備で手間暇がかかるが、女神謹製のキッチンカーではあっという間にできてしまう。
卵を割れば完璧な配合の記事がボウルに落ち、大きな鉄板はすぐに適温でスタンバイしてくれるのだ。
なので、サチカがじゅわっとクレープを焼き始めてから追加注文を受けても、さほど困るものではない。
「は? もう一枚?」
カウンターの接客のポジションに立ったナビィが、テラの注文に眉を潜める。
同じくカウンターの一角の専用コースターの上に位置したミウも、ぴょこぴょことコースターの端と端を攻める横移動をして見せた。
「祝福過剰になるぜ」
「……いや」
くるりとロゼルで生地を広げながら会話を聞く。
(そういえば、寡黙な感じだけどテラさんはお喋りするよね。ミウたんも、そのうち同じように会話できるようになるのかなあ)
ふわふわ丸い卵型のミウとすらりと背の高い戦闘職な雰囲気のあるテラは、見た目にはわからないがどちらもミミタマ族の魔人という共通点があった。
ミウはまだ人型に慣れないが、成長が著しいのでそのうち慣れて、テラのように滑らかに二足歩行をして会話も使いこなしてくるのだろう。
第一層で出会ったミミタマ族の族長は、ふわふわ卵でふぉふぉふぉと笑いながら流暢に喋っていたので、彼らは魔獣と魔人の姿を自由に取って、卵型のままお喋りもできるのかもしれない。
「あ、でもそうしたら、テラさんも卵型になれるとか?」
ぺらりと薄い、けれどもちもちしたクレープ生地にバターとグラニュー糖をたっぷり落としてくるりと巻き上げる。
考え事とは全く別に、完璧に動くサチカの職人の手が、シュガーバタークレープを完成させた。
「…………望むのならば」
「ええと、ミミタマ族の卵型ですか? 可愛いですけど、ええと?」
「承知した」
困惑を隠せない山葡萄色の瞳を一度伏せてそう言うと、テラはパクリとできたてクレープにかぶりつく。
寡黙なテラは言葉が少ないので、サチカは時折追いつけないまま承知されてしまう。
こんな時でもどんな時でも頼りになる案内妖精の顔を見ると、まぁいいんじゃねと興味なさげに腕を組んでいた。
「サチカ、もう一枚」
「はあい」
「魔王からの注文だとよ」
「じゃあそっちはお持ち帰り用の包みに入れるね。なー君、準備お願いします」
早速焼き上げてテイクアウト用に開発された三角錐型の筒に入れる。
ぽんと蓋をするとその場から転移して注文した相手の手元に届くこの筒は、迷宮グランシャリオを統べる魔王自らが手掛けた魔道具で、クレープを美味しいまま持ち帰るためだけの物だった。
魔王その人が食べに来る時もあるが、こうして部下のテラに魔道具を預けてくることもある。
そして、テラの分は配達の対価なのだが、魔王にテイクアウトする分は支払いがあった。
魔王が託した対価の品を検分して、ナビィは合格を申し渡す。
「まぁ、いいだろ」
「……なー君、それは?」
サチカが案内妖精の手元を覗き込む。
疑問に答えたのは、テラだった。
「第二層で採れる泡枝の花だ」
細い柳の枯れ木のような枝には葉っぱはなく、枝先には繭玉のような柔らかな花が咲いている。形状としては、どこかの風習にある餅花に似ていて、どこかノスタルジックな居住まいである。
見た目は白い綿花のような花は、指で摘めばやわやわもっちりとした弾力があった。
少しでも力加減を間違えれば潰れてしまう危うさで、サチカはそーっとそーっと摘み上げて手のひらに落とす。
顔を近づければ、バニラに似た甘い香りがした。
「これって、もしかして……」
千切って舌に乗せれば、ミルクの豊かなコクがふわりと蕩ける。
サチカは瞳を輝かせた。
「生クリーム!! テラさん、これっ、どこで手に入りますか!!」




