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迷宮のクレープ屋さん  作者: あまみ
第二層
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14.戻り道と報酬の基準

 合流を果たしたサチカたちは、海底を探索するため、キッチンカーと共に残ることにした。

 優秀な案内妖精のナビィによると、偶然にも真珠苺の農園が近くにあるらしい。慣れたスニーカーに履き替えることができたサチカとしては、借り物の靴も返しに行きたかった。


「でも、あの蔦が怖いよね……」


 降り注ぐ蔦の槍が頬の近くを掠めた時の鋭い音を思い出して、サチカはふるりと肩を震わせる。

 屋敷に行こうにも、あの素早い蔦の攻撃はサチカひとりでは潜り抜けられないし、敵の居場所や正体すらわからないので回避しようもない。


 腕組みをしたナビィは何やら考え込み、ダメージを回復させて無事に目を覚ましたミウも、ぴょんと跳ねて今度こそは自分が守るからとやる気を伝えてくれた。


「ダメ、ミウたんは今日はもう安静だよ。いっぱい頑張ってもらったからね、ありがとうね」


 護衛役をサチカに断られ、ミウが垂れた兎耳をいっそうに項垂れる。

 サチカは自分で言っておきながらもしゅんとするミウを慰めたくなってしまい、小さな毛玉からそっと視線を外した。


「……護衛を雇ってみるか?」


 その提案をしたのは、腕組みをしたままのナビィだ。

 ミウは自分の存在意義を奪われる気持ちになるようで大反対の反復横跳びを繰り返したが、ナビィは至って冷静に選択肢のひとつとしてその利点を上げる。


 島から海底に強制転位させられたのと同じような仕掛けがまだある可能性が高いく、分断される危険性も捨てきれない。

 パーティを組んで迷宮探索をするのならば、せめて遠話の魔道具を持たせるべきだと助言したのは魔法士のサウルで、迷惑をかけたお詫びの品として探索者の必須アイテムである小さな魔法鞄を贈ってくれたのは司祭のヨハンだ。

 ナビィも主人を見失った今回の失態を取り戻すべく、サチカが任意のタイミングでキッチンカーへ帰還するための簡易転位魔法陣を取り寄せ中である。

 だが、それらの備えはまだまだ足りない状況だった。


「何より、サチカがまたひとりで放り出されたら……いや、それはさせないけど」


 それを聞けば、ミウはぴたりと動きを止めて、小さな手を伸ばし絶対に離れないとサチカの指先に縋り付いた。


「……護衛かあ」

「女神の揺り籠の中は完全な防御があるが、護衛役は定員超過で乗り込めないのが難点だな。先行で探索して安全を確保するようだろう」

「うーん、安全な道を行けるなら助かるけど。人を雇うとなると、高いよね? うちのお店の売り上げで足りるかなあ」



「お嬢ちゃんの護衛なら、格安で引き受けるぜ」

「ヴァルターさん」


 それに答えを投げたのは、赤い髪の魔法騎士だった。

 彼ら探索者達は、サチカ達から少し離れた場所で久々に合流を果たした仲間を囲み情報共有を図っていたが、どうやらそれがひと段落したらしい。


「今なら王都のギルド『名もなき』所属の探索者四人パーティが、クレープ四枚でどうだ?」

「ヴァルターさん達が来てくれるなら、それは安心だけど……それは安過ぎなのでは?」


 クレープ一枚の価格は銀貨一枚。となると、護衛を四人雇って銀貨四枚に相当する。

 しっかりめの夕食が四人前食べられる価格だが、護衛料の相場がわからないサチカなりに、その金額がおかしなことに気づくことができた。

 魔獣が跋扈する迷宮での護衛は、危険手当てが付くべき仕事なのに、対価は一食分の食費程度。まして、稀少価値はあるようだが、腹持ちはあまり良くないおやつ感覚なクレープ一枚なんて、あり得ないだろう。


「あ、もしかして、クレープ一枚が時給単位ですか?」


 尋ねればヴァルターとその後ろにいたサウルが揃って訝しげな顔をした。


「あのっ、そしたら三十分? もっと短いです? そうすると、クレープは一日一枚限定商品なので、一日で護衛してもらえる時間は……」

「待て」


 不安気に眉を落とすサチカを止めたのは、頭痛を堪えるようにこめかみを抑えるサウルだ。ここは自分に任せろとヴァルターを退けてサチカの正面に立つ。


「護衛は引き受ける。期間は雇い主が指定した目的地までで、代金はいらないし、毎日一枚ずつクレープを売ってくれればそれで良い」


 冷たく整った顔でさらりと言うが、その意味は、クレープを食べたいから行き先について行く、ついでに護衛もするので着いていきたい甘味好きの発言だ。


 気付いたナビィは、対価となる一日一枚までのクレープと、彼らの持つ迷宮探索の知識や技術、戦闘力そしてサチカの安全を素早く天秤にかける。

 案内妖精が想定していた護衛は毎晩食事を届けに来る黒髪の魔人だったが、彼に比べて戦闘力は格段に劣るものの、人間の探索者の知識は充分にサチカのためになるものだった。


「まあ、アリだな」


 相場を無視した対価を提案するほどのクレープへの執着が懸念されるが、美味しい物に愛好者がつくのは仕方のないことでもある。


 ナビィがふむと納得している横で、サチカはあわあわと手を振った。


「そんな破格過ぎます! クレープとは別に、ちゃんとお支払いしますっ」

「不要だ」

「危険手当てもいるのに、そんなわけにはいきません」

「要らない」

「出します……あ、普通はおいくらなんでしょうか?」


 頑なに支払いを主張するサチカに、魔法士は溜息をついて、直近で受けた護衛依頼の金額を教えた。


「……えっ」


 聞いたことのない種類の硬貨の、更に聴き慣れない桁数に、サチカは絶句する。

 王都で有名なギルドの探索者、しかも彼らは他国から指名依頼が来るほどの腕前だ。

 王族護衛ならばそのくらいは当然といった数字だったが、庶民派のサチカにとっては異世界の更に別世界である。


「ええと、無理みたいです……せめて売れるものがあれば」


 しゅんと肩を落として、今ある現金が銀貨三枚と気づいたところで更に落ち込む。

 しかもなけなしのその三枚は、当の彼らから売り上げた現金だ。

 そして売れるものと言っても、女神仕様の各種道具は当然転売できるはずもない。

 クレープの材料のついでに集めた素材を換金しても、きっと示された定価のうちの端数にも届かないだろう。


「だから、要らないと言った」


 苛立ちが滲むサウルの端的な言葉に、サチカはしゅんと項垂れる。


「……はい、ごめんなさい」

「…………、悪い」


 謝罪を口にすると、気まずく横を向いたサウルも呟く。隣にいたヴァルターは、サウルの謝罪の言葉に驚いた様子で銀髪の魔法士をまじまじと見た。


「偏屈サウルに謝らせるとは……やるな、お嬢ちゃん」

「……人聞きの悪い。謝罪くらいするだろ。普段は俺が間違うことが極めて少ないだけだ」


 失敗の多いサチカが感心してサウルを見ると、魔法士は少しばかり目を泳がせて、話を逸らすために譲歩案を切り出してきた。


「クレープだけじゃ足りないと雇用側が思うのならば、成果報酬として護衛中に採れた素材を分配にする。それでどうだ?」


 そして、素材分配の割合は、サチカの言い値で差し支えないとのことだった。

 サチカが少し考えて、雇用側の取り分を十分の一と提案すると、案内妖精と言い値で良いと言ったはずの魔法士が揃って首を横に振る。戸惑いながらもじりじりと配分率を上げれば、半分ずつが妥協点となった。

 通常は雇用主が全てを受け取るものらしく、半分でも多すぎるとサウルは顔をしかめたが、苦笑を浮かべたヴァルターにぽんと肩を叩かれ、それ以上は何も言わなかった。

 ずいと出された手のひらに首を傾げると、耳元でナビィが契約成立の握手だと教えてくれる。



「サウルを譲歩させたのですか……それはすごい」


 探索者達四人全員と順に握手をした時に、ヨハンはそう言って驚きの目を向けた。


「あのサウルが、何としてでも契約しようと譲ったり謝罪したりで、随分と手玉に取られてたぜ?」

「それはすごい」


 改めて感嘆の言葉を重ねるヨハン。尊敬に似た眼差しを向けられて、サチカはもぞりとした。そんなつもりはなかったけれど、どうやら自分は無理を言ったらしい。

「あの、やっぱり……」

「ヴァルター!」


 サチカが再び遠慮を口にする前に、サウルの冷たい声が魔法騎士を諫める。

 面白いものを見たと言って一層に笑うヴァルターを氷のような冷ややかな目で一瞥して、サウルはレイナードの天馬に騎乗した。


「サウル。飛竜に乗らないんですか」

「知るか」

「待ってください、僕にあの旋回は無理ですよ!?」

「あー、ヨハンは飛竜耐性ないからなあ。安全飛行で行くか」

「ヴァルターの安全は信用なりません!」


 ワイワイと移動手段を話し合う探索者達は、二手に分かれて魔法騎士の騎獣で移動するらしい。

 サチカはいつものキッチンカーに乗り込んで、助手席側の窓を開ける。


「……では、頼む」

「はい」


 手渡されたのはレイナードが羽織る青いマントの端で、サチカは再び迷子防止のマント係をすることになっていた。

 キッチンカーと一定の距離を保って伴走するのは難しいのではと思ったが、人馬ともに貴人の乗る馬車の護衛方法をしっかりと身につけているらしい。


「魔騎獣も、通常の馬より体が強いから心配はいらない。むしろ、ぶつかった時にこの箱車が破損しないかが心配だ」

「そんなに強いんですか。なー君、キッチンカーの方はどう?」

「傷ひとつ付かないだろうな」


 運転席の案内妖精は自信に満ちた顔で答えて、すっかり馴染んだ動作でエンジンに魔力の火を点ける。

 各々の準備が整ったのを見て、レイナードはサチカに出発の許可を求めた。


「はい、お願いします」


 手にしたマントの裾をきゅっと握ると、ガソリンを使わず魔力で走るらしいエコなキッチンカーがするりと静かに走り出した。

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