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迷宮のクレープ屋さん  作者: あまみ
第二層
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12.飛竜適正と迷宮外のマーマレード

 魔法騎士と騎獣契約を結ぶ魔獣は、主の手首に刻まれる契約印に還って行った。

 サチカは預けていた小さな仲間を引き取って大事にポケットへしまい込んだ後、安堵の脱力とともに青い顔をして地面にへたり込む。

 足元が覚束ず、平衡感覚が戻らない。目の前の景色がまだぐるぐると回って見えた。


「旋回……きつい……うぅ」



 ヴァルターの騎獣である黒い飛竜はまるで小型飛行機だった。

 飛竜は翼を羽ばたかせる力ではなく、魔力の風を操り空を滑るように飛ぶ。加速は素晴らしく飛行中は安定感もあったので、それまでは周囲を見渡す余裕すらあった。


 頭上にあるのは確かに海のようで、反射した光が不規則な縄状に集まり、不思議な模様を写していた。

 ゆらゆらと青く染まる光を降らせる天井の海はとても凪いでおり、海水の塊が漏れていたり落ちてくる様子はない。近づけば、潮の香りと穏やかな波音も聞こえてくる。


 ちなみに下は見ないことにした。とんでもない高さなのは当然だし、流れる景色でスピードも分かってしまうかもしれない。

 それに比べて、天井の海は変わらぬ景色でサチカの心に優しかった。



(でも、重力とか、どうなってるんだろう……)


 物理学は苦手だったのに、まずそれを考えるのだから、サチカの常識の物差しは魔法のある異世界の基準には慣れていない。



「お嬢ちゃん、割と余裕だな? 飛竜使いの素質があるかもしれないぜ」


 景色を仰ぎ見るサチカに気付いたヴァルターが、思わぬ宝物を発見したような笑顔を見せた。


 その彼は、一人乗りの鞍にサチカを載せて、その後方で鐙を踏む足だけで身体を支えた立ち乗りをしている。 その驚異のバランス感覚は飛竜使いの適正としてほぼ最高峰と言っても過言ではなく、どんな旋回にも、どんな速度にも対応できる。

 つまり、飛竜使いとは、スピード狂で、旋回マニアなのだ。


「よし、適正試験してみるか」


 軽い口調の直後に行われたのは、ジェットコースターばりの高速旋回、まるで錐揉みして墜落するような勢いの着陸。

 結果、悲鳴すら上げることができずに翻弄され、そして地面に頬をつけるサチカが出来上がったのだった。



「ヴァルター……子ども相手に何をしてるんだ」


 水の入ったコップをサチカに手渡しながら、呆れた声で言ったのはレイナード。

 彼は周囲を警戒して見回ってくれていたようで、サチカとヴァルターが乗る飛竜の着陸から少し遅れて天馬で降りて来た。

 まるで古の勇者降臨の一場面のような美しさだったが、残念ながら地面と仲良くしていたサチカは見ることができていない。



「いやあ、大したもんだ。大の男、それも魔法騎士の訓練生でも七割騒ぐってのに、泣きもしないし、吐きもしない。お嬢ちゃん、飛竜の適正があるな」


 褒められているようだが、ちっとも喜びを感じなかった。

 そのようなものは全くございませんと反論する力もなく、サチカは震える手で身を起こしてコップを傾ける。

 冷たい水は、レモンともオレンジともつかない柑橘系の果汁が搾り落とされているようで、爽やかな香りが鼻を抜けていった。

 はう、と息を吐けば、ぐるぐる回る視界はすっきりと晴れていた。


「……美味しい」


 レイナードに礼を言うと、彼は丸いドングリのような傘を被った飴色の木の実を追加でくれる。

 この木の実が、飲み水に加えられた果汁の元らしいく、そのまま食べるように勧められた。

 味からは柑橘類をイメージしていただけに、指で押してもへこみもしないゴツゴツとした硬い木の実な外見は意外だった。


 あからさまに歯が立たないだろう物を口に入れるのは躊躇われて、木の実をクルクルと回し見ていると、横からヴァルターの手が伸びて木の実を引き取っていく。

 ドングリの傘に似た部分を捻り取ると、キュポンと音がして、爽やかな柑橘の香りが広がった。


「ふあ、マーマレード……!」


 手のひらに落としてもらった中身はとろっとしていて、コトコトと砂糖で甘く煮詰めたジャムのよう。

 オレンジマーマレードと言うにはレモン系の酸味が強く、でも温かかな果汁はオレンジのふくよかさがしっかりと感じられるちょうど良い甘さだった。

 しかもドングリ的な木の実の中からひとり分くらいの適量が出てくるので、糖度の低いジャムの保存状態を気にして慌てて食べたり、逆に長期保存のために必要な砂糖の量を計ってその山盛り具合に慄いたり、うっかりして鍋を煮焦がしたりする心配が全くないのだ。


「……これ! どこで手に入りますか!」

「お? 急に元気になったな」

「不調が治ったのなら何よりだ。……マルロの種は第七層だったろうか?」

「んー。いや、うちのギルドで常備品として買ってるのは農家ので、迷宮産じゃないと思ったな」


 飲料水に垂らしたり、果汁そのままを口に入れるなどでも疲労回復の効果を得られるマルロの種の最も大きな需要は、回復薬を作る素材の用途にある。加工前のものであっても携帯に便利なので探索者の常備品として人気が高い。

 そのため、王都では食品ではなく火打ち石などと並んで、街中で気軽に買える雑貨のような扱いなのだ。

 元々の産地は第七層付近だが、同じ環境を地上で作ることはできなかったため、長きに渡って試行錯誤の品種改良が成さられてきた結果、今では効果を増幅させた種とその育成技術も確立されて、王都の郊外には専業の農家もある程、人の暮らしに根付いている。


 そして蛇足ながら、体力回復や治癒薬の素材は安定供給できるだけの栽培ノウハウがあるが、魔力回復薬に関してはその技術はまだまだ研究段階にあり実用化には至っていない。

 そのため魔力回復の薬は貴重な迷宮産の素材が使われているので、他の比べて割高になっていた。

 珍重されている素材の中には、花入真珠蜜もあるらしく、なるほどあのえぐみは薬効成分だったのかと納得する。



 情報を総じると、迷宮産の天然素材は今食べたマーマレードとは少し違う食材なのかもしれない。

 美味しいクレープに対して少し欲張りなサチカの職人心は、どちらも試したい気持ちでウズウズとしてしまう。

 第七層はまだまだ遠いが、目的がひとつできたことも嬉しいことだった。


(マーマレードも気になるから、後でなー君と相談しなきゃ。でもまずは、ここの層の食材から、少しずつ集めて行けばいいよね)


 第二層で狙っているのは、かつて人魚が育てていた真珠苺である。

 ただの苺ではなく頭に真珠とつくのでサチカが知る苺とは違う食材の可能性もあるが、この迷宮を誰よりも知る甘味好きな魔人からのお勧め食材なので期待値は高い。

 でもこうやって少しずつ、食材やそのヒントが増えていくのは手応えだ。



「その方面に詳しいのはサウルだな。もっと知りたかったら今度聞いてみるといいぜ」

「はい、そうしてみます」

「……そういえば、他の二人はどうした?」


 遅ればせながらレイナードが他の仲間のことを尋ねると、ヴァルターはポンと手を打った。


「っと、のんびりしてたが、転移魔法陣を敷く場所を探すんだったな。待たされてるサウルの苛々が爆発する前にちょいと行ってくるが、お嬢ちゃんはここで休んでてくれ。ここはレイナードがいるからーー」


 ヴァルターの言葉が途切れたのは、ママレードに夢中になっていたサチカが顔を上げて、「え」と不安な目をしたからだろう。

 続く言葉の代わりにポンとサチカの頭に手を置き、かがみ込んで目線を合わせくれる。


「使役妖精のとこに帰るまで必ず護衛するから、そんな泣きそうな顔すんな」

「……っ、ごめんなさい」

「いや……謝るのは俺の方。……はぁ、またしくじるとこだった。久しぶりとは言え、こんなに護衛が下手になってるとはなー」


 やり取りを静かに見ていたレイナードが、ヴァルターの代わりに場所探しを申し出る。

 しかし、海の上にいる仲間に魔道具を使った遠話で連絡を取るためには、レイナードでは都合が悪いらしかった。



「少々特殊な品を身につけているせいで、遠話具との相性が悪くなっているんだ」

「それで、レイナードさんはお話しする間だけ離れた場所で待機ってことなんですね。……あ、もしかして、お仲間へ伝言なんて方法を取ってたのもそのせいで?」

「そう。同じ品の影響で、移動時に仲間からはぐれやすくもなっている。迷宮グランシャリオの中では特にそれが顕著に出てしまうな」

「いや、お前の迷子体質はそれのせいばかりじゃないだろ。街中もだし、あれを使う前からその気があるぞ」

「あ、迷子だったんですか……」

「いや、そういうわけでは……」



 結局は、全員で移動しながら転移魔法陣を敷く場所を用意することになった。

 まだふらつく上に靴擦れまであるサチカは、問答無用でヴァルターの手荷物にされてしまい、そして迷子候補の魔法騎士の見張り役を仰せつかる。

 見張り方としては、


「このマントの端を掴んでおいてくれ」


 レイナードが纏う青いマントを捕まえておくというもの。

 彼は、目視だけではいつの間にか消えてしまいがちな重症迷子体質だった。



 整った顔立ちのレイナードは、丁寧で親切ではあるものの、全体的に温度が低めというか、あまり表情が変わらない。

 なので、マントのことは冗談かなとも思ったが、本人は至って大真面目だ。

 他に良い案もないので、サチカは役割を担うべく、鮮やかや青い布を手で掴んだ。


 どこかから吹いてきた淡い塩風がバサバサとマントをなびかせて、サチカはどこか懐かしい気持ちになる。


(こういうの、やったことがあるような……あ、パラバルーン?)


 多人数で揃えた動きで大きな丸い布を半球状に膨らませたり、それぞれで端を持ってくるくると回ったりするレクリエーションだ。

 タイミング良くふわりとした風がマントを持ち上げてくれたので、少しだけひとりパラバルーンの気持ちになる。


 すると、膨らんだマントの裾から、コロンと銀色の小さなものが転がり落ちた。


「あの、何か落ちました」

「……ん?」


 地面に落ちてクタリと横たわるそれは、キラリと光を反射する熱帯魚に見えた。

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