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迷宮のクレープ屋さん  作者: あまみ
第二層
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3.真珠蜜とお家用のクレープ

 丁度お昼時だったので、報告会はお昼ご飯を食べながらすることになった。


 サチカの食事は基本的に配達品で、人間の住む街での買い物代行で食材や料理を届けて貰っている。配達は一日一回、夕方頃というのが定着しつつあった。

 ちなみに案内妖精は、サチカが食べるような食事は必要なく、ミミタマ族の魔獣の主食は卵の木の葉や花だが、実は雑種なので何でも良いらしい。

 ミウはサチカの隣でぱくんと大きく口を開けて、バリバリと砂浜で拾った貝殻を食べていた。


「潮干狩りをしていたら、男の人が来てね。えーと、名前はレイナードさん。魔法騎士なんだって」


 丁寧な挨拶をしてくれたよ、と今日の出来事を話しながら、サチカは焦げた匂いのする黒パンに発酵バターを塗りつける。

 手が滑って、バターナイフがざくりとパンを突き刺したが、味には変わりがないので問題はないだろう。


「ミウ、護衛としてついて行ったんだろ。……寝てたな?」


 ナビィの問いかけに、役目を果たせなかった垂兎耳卵が、ガーンとショックを受けたように動きを止める。

 丸い目でサチカを見上げて、ごめんねと言うようにぴょんぴょこと横に跳ねた。

 しゅんと萎びてしまったミウの垂れ耳をサチカが指で整える。


「ミウたんは、まだ生まれたばかりだし、お昼寝もしないとね。それに、わたしが呼ばなかったの。良い人そうだったし」


 呑気なサチカに、ナビィが呆れを乗せた溜息を吐く。


「魔力の残り香は、その魔法騎士のものか。聖剣の気配もするな……」

「そうだ、なー君、魔法騎士って何?」

「迷宮の探索者の職種の一つだ。主に前衛で剣を持って戦い、魔法で防衛をする。そいつは聖剣に選ばれた人間かもしれないな」

「……すごい人なの? そういえば、剣みたいなの持ってたかも」


 思い出しながら手を動かせば、がりりっと賑やかな音がバターナイフから生み出された。

 手元をじっと見た案内妖精が、サチカからバターナイフを取り上げる。


「うん? なー君もトースト食べるなら、作ろうか」

「いや、いらない。それより、お前はなんでクレープ以外の料理はこんなに不器用なんだ?」

「えっ、そんなことは……」


 サチカはもごもごと返しつつ、気まずく目をそらした。

 食卓の上には、表面が焦げ付きカチカチのパンと、クレープにも使っている発酵バターが乗っている。

 小さなサラダボウルには昨日の夕飯の残りの葉物野菜。飲み物は、少しだけ清涼感のあるハーブティーだ。

 十分なメニューだが、案内妖精としては何やら不満があるらしい。


 ナビィは焦げたトーストに顔をしかめつつバターを塗って、サチカの皿に乗せてくれた。


「ありがとう。でも、昨日よりは上手に焼けてるよね」


 田舎風のハードパンはただでさえサチカの顎には硬いのに、トーストを失敗したせいで更なる進化を遂げていた。


 齧ると、ガリリ、ジャリジャリとパンを食べているとは思えない音がする。


 ナビィは今度こそ呆れてキッチン用のナイフを持ち出し、焦げて硬くなった部分を削ぎ落とす。

 案内妖精は小さな手を器用に動かしてパンを薄く切り、更に一口大にしてからサラダの野菜をパンに乗せて、彩りも可愛いオープンサンドウィッチを作った。

 切り捨てる焦げたパンを雑食ミウの食事に回してしまうので、無駄のない仕事だった。


「これなら食べられるだろ」

「なー君すごい。妖精が作ったサンドウィッチだなんて、それだけでメルヘンの世界だよ……むしろ魔法?」

「魔法は使ってない。あのな、魔法みたいな料理っていうのは、お前の作るクレープ方だ」


 その称賛は真っ直ぐなもので、サチカは嬉しくなって微笑んだ。


「あとで、クレープ作ろうか」


 案内妖精は、ん、とクールに頷いて、けれどもキラキラと光の粉をまとう翅が喜びの感情を透かして光る。

 垂兎耳卵は濃藍色の丸い瞳を輝かせて、ぴょこんと一際高く跳ねた。




 この第二層の食材で、サチカの作るクレープの種類が増えた。

 まだ試行錯誤の途中ではあるが、新メニューはもちろん、真珠蜜を使ったクレープである。


「さあ、クレープを作るよー!」


 ぎゅ、とエプロンの紐を結ぶと、一緒に気持ちも引き締まる。

 キッチンカーで準備を整えたサチカの前にはお客様が二人。

 案内妖精と垂兎耳卵が並んでカウンターに座っていた。


「なー君は、どのクレープを食べたい?」

「新しいやつ」

「ミウたんは? 同じのでいいの?」


 卵の実を割るだけのクレープ生地はお手軽だが、薄くそして最高のもちもち食感に焼き上がる特製の生地だ。

 もったりとしたクレープ生地を鉄板に流すと、じゅわりと軽やかな音がして、良い匂いの湯気が上がる。

 表面を撫でるようにロゼルでくるくると広げれば、魔法のようだと称賛される美しさで、薄くて均一なクレープ生地の形が現れた。

 そして職人サチカは、優しい卵色のクレープ生地に綺麗な焼き色がつくタイミングを見逃さない。


 ひらりと鉄板から剥がした熱々のクレープ生地を大理石の調理台に乗せる。

 ゆっくりと冷ましながら、すかさず鉄板に次のクレープ生地を落とした。

 パンを焼き焦がし、バターを塗るのにもモタついていたサチカの手際の良さは、何度見ても別人のような手捌きだった。


 調理台の上のクレープ生地を半分に折り畳めば、第二層で新たな食材である真珠蜜こと蜂蜜の出番だ。

 小さな粒をまだ熱い生地の上に転がせば、とろりと淡い蜂蜜が流れ出る。

 試した結果、三粒くらいが適当な量だと判明しているので、サチカは迷わず四粒を手に取った。


(おまけのひと匙は忘れない。さぁ、美味しいくなあれ!)



「ハニークレープお待たせしました!」


 くるくると折り畳んで持ち手の紙に包まれたそれは、まさしく食べ歩き用のクレープだ。

 一見すると何のトッピングもないようなスリムさだが、ちゃんと甘い蜂蜜の香りがする。


 体長四十センチの案内妖精は、自分の身体の半分程にもなるクレープを抱えて、ぱくりとかぶりついた。

 その隣では薄桃色の毛玉な卵が、身体が千切れる寸前まで口を開けて、紙の上に置かれたクレープに噛み付いた。


 もちもち食感の生地から、軽やかな甘さの蜂蜜が染み出して、口の中いっぱいに広がる。


「うん、今日のクレープも美味しいね」


 サチカも自分用に作ったクレープを齧り、素朴な美味しさに頬を緩めた。


 しかし、クレープに対してはひと匙たりとも妥協をしない職人サチカは、だけど、と思う。


「家庭のおやつって感じで、これだけだと販売には向かないよねぇ」

「え、だめなのか、これ」

「だめじゃないけど、シンプルすぎて物足りないよね、きっと。今ある食材だとバターと合わせてハニーバター……は、バターシュガークレープがメニューにあるし」


 サチカが元の世界でアルバイトをしていたクレープハウスでは、蜂蜜を使ったメニューはなかった。高級な食材だし、保管温度によって固まってしまったりと扱いに手間がかかるのもある。

 けれど、この真珠蜜は使うまではころりと丸い小さな粒になっていて保管の問題はないし、何よりその優しい甘さは他にないものだ。


「合わせるなら……ナッツとか、クリームチーズか、カマンベールチーズみたいなのも美味しいそう!」


 レシピの組み合わせを色々と考えるのも楽しい時間だ。

 悩んでる割にはにこにこしているサチカと手の中のクレープを見比べて、ナビィはそっと瞳を伏せる。


「おれは、このままでも好きだけどな」


 美少年な憂い顔に見惚れかけていると、その隣ですっかりクレープを平らげたミウがぴょこんぴょこんと連続で跳躍した。

 自分も好きだと大きく主張するその動きに、サチカはふにゃりと笑顔になる。


「わたしも。それじゃ、ハニークレープは三人のお家用クレープにしようか」


 ぱくりとクレープを頬張れば、優しい笑顔と優しい甘味が広がった。



 その時、ざっと砂を踏む音がして、一番に反応した案内妖精が警戒の目で背後を振り返る。


 ほっこりした気持ちでクレープを食べていたサチカがまだもぐもぐと口を動かしているうちに、ナビィは手の中のクレープをどこかにしまい込み、ミウはふわりと垂耳を浮かせていつでも飛び掛かれるよう力を溜める。鋭い目つきで一点を睨みつけた。



「ーー甘い、匂いがするの」


 声だけで姿は見えないが、それは年若い女性の声のようだった。

 そしてすぐに、キッチンカーと砂浜を隔てる岩陰から、くたびれたローブを纏った小柄な人影が姿を現した。


 フードから溢れる長い髪は、海よりも深い青色。チラリと見える腕には、貝殻や珊瑚のアクセサリーが幾重にも巻かれていた。

 硬く尖った爪は、ひび割れた水色をしている。


 主人を害する魔人であれば即座に排除するために、ナビィは守護の魔法を備える。


 もぐもぐごくんと、食べていたクレープを飲み込んだサチカは、案内妖精から遅れること五秒と少し、



「えーと、いらっしゃいませ。クレープはいかがですか?」



 第二層で初めてたなるお客様候補に、のんびりと声を話しかけた。

今回から朝更新です。

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