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迷宮のクレープ屋さん  作者: あまみ
第二層
24/37

2.玉葱野営と小さな旅の同行者

 潮干狩りをした砂浜から程近く。

 ハマナスに似た紅珊瑚色の花が咲く岩陰に、一台のキッチンカーが駐車し、その後ろに生成色の玉葱型のテントが張られていた。


 このクラシカルな小型のワゴン車がサチカのお店で、ソロキャンプに使われるような小さなテントが住まいである。


「ただいまー」


 扉代わりの布を除けて入口をくぐると、波音と少し乾いた潮の香りが途切れて、空気はふわりと甘い砂糖菓子のような香りに変わる。


 このテントは創世の女神による野営道具なため、異世界の基準としても規格外の代物で、もちろん一般販売はされていない逸品である。

 床はフローリング貼りで空調も完璧なグランピング施設顔負けのテントとなっていて、豪華な調度品には驚きを通り越して呆れるしかなく、サチカは入る度に異世界ってすごいと溜息を吐いてしまう。


 玉葱型のテントの中は、外観に比べて驚くほど広く、それは球型にして空間を広げるなどの生優しい効果ではなかった。ソファやベッドを入れても尚も余裕があるスペースに、手を伸ばしても天井に手が届かない程の高さを備えた空間拡張が成されているのだ。

 専門的な説明はさっぱりわからなかったが、今の広さを最小値として、サチカが望めば望むだけ広くできると言うものの、この世界に喚ばれる前は狭い1DKのアパートで一人暮らしをしていたサチカなので、広さには何の不満もない。むしろ広過ぎて持て余し気味なくらいだった。


 この綺麗なお部屋を大切に使うため、サチカは土足禁止を決めてた。

 危機管理的な視点で裸足撲滅派の案内妖精に渋い顔をされながらも玄関マットとして設置した青いラグの上に、手に持ったスニーカーを置く。

 出掛ける前に用意しておいた濡れタオルで砂浜を歩いた足を拭き清めて、綺麗な足で綺麗な部屋に入室した。


 首を巡らせば、入口の右側のソファセットが見える。

 少し伸び上がって見れば、そこにある三人掛けのカウチソファに、水色の髪の美少年が備え付けのクッションを抱き枕にして眠っていた。背中にある妖精の翅がキラキラと光の粉を纏い、その相貌に輝きを添えていた。

 名前はナビィ。サチカはなー君と呼んでいる。


 この妖精は、サチカの旅の伴であり、創世の女神がサチカのために遣わせた案内妖精だ。

 本来ならば、彼の体長はコンパクトで可愛らしい四十センチなのだが、今はとある事情で四倍と少し伸びたサチカよりも背の高い人間サイズの身体で横たわっている。


「なー君……まだ寝てるの?」


 そーっと近づいて、案内妖精の寝顔をのぞいてみれば、白い頬に淡い色の睫毛の影が落ちている。

 サチカが潮干狩りに出掛ける前から同じ様子なので、今も魔力酔いの真っ最中なのだろう。

 すぅすぅと健やかな呼吸を見てとって、サチカは起こさないよう、近づいた時と同じくそーっと離れた。


(魔力酔いも苦しくないみたい。なら、大丈夫かな)



 サチカはカウンターテーブルに備え付けられたベンチに座って、収穫の選別作業を始める。


 中央でテントを支える柱は、どういう仕組みかそこだけ丸くフローリングが切り取られて露わになった地面にしっかりと根を張った白い木で、細い幹には葉を茂らせた蔦が這っていた。その蔦は天井にも周り、夜には灯りにもなる蒲公英の綿毛に似たほわほわとした花を咲かせている。

 幹を囲うように、ドーナツを半分にしたような形のカウンターテーブルが置いてあり、食卓や作業台として使えるようになっていた。


 クレープ食材以外の品物をまとめて入れていた袋の中身を広げれば、小さな宝石粒のようにキラキラと美しい。


「あ、忘れてた」


 サチカはポケットに入れたままだった薄桃色の卵を出して、そっとカウンターに乗せてやった。


 卵の実の殻を器にして星の砂を詰め込むと、薄い陶器のような殻越しに時折カチリと小さく光るのが可愛らしい。

 サチカはお気に入りのインテリアを飾る気分で、星の砂入りの卵をカウンターに並べる。


「こうやって並べて見ると、みうたんは卵の実よりちょっとだけ大きいんだね」


 薄桃色の卵にはふかふかの被毛があって、その分だけ他の卵よりも大きく見えた。


 囁くようなサチカの声に反応して、薄桃色の卵がぴこりと揺れる。

 被毛に埋もれていたロップイヤーの兎耳が現れて、濃藍の瞳がぱちりと開いた。


「あ、ミウたん。起こしちゃった? ごめんね」


 ぴょんぴょこと横に跳んで戻るのは、いいえの合図。


「あら、起きてたの?」


 今度の問いには少し考える時間を置いて、またぴょんぴょこと横に跳ぶ。


「今起きたんだね。ええと、そしたら……起こしても良かったってことかな?」


 ぴょこん!


 真上に跳ねるのは、はいの合図だ。

 この薄桃色の卵は、ミミタマ族と言う魔獣の一種で、サチカの旅の同行者だ。

 会話が得意ではないもの、数日を共に過ごすうちに、ジェスチャーでの意思疎通ができるようになっていた。

 名前はミウ。ミミタマのミと、兎耳からウをもらっていて、サチカはミウたんと呼んでいる。

 名付け時には、「ふざけた名前を付けるなら俺は呼ばない」と宣言する案内妖精と一悶着あったが、無事に双方納得できる名前となって、何よりミウも喜んでいるようだった。


 そんなミウは、人型の魔人にもなれるエリートな魔物だったが、まだ派生したばかりなこともあって魔人の姿は消耗が大きいらしい。

 普段はこの可愛らしい卵型でぴょこぴょこしていて、今日はサチカの護衛役としてポケットに収まっていたのだった。


「あのね、ミウたん。なー君が寝てるから、静かに作業しようね」


 ぴょこん、と跳ねる垂兎耳卵のふかふかの被毛を指先でくすぐるように撫でて、サチカは作業に戻る。

 うっとりと目を細めたミウも、サチカの手伝いをしようと小さな手でせっせと星の砂を選別し始めた。



 星の砂を詰めた卵の実の殻は、二個と半分になった。

 貝を探す合間に拾ったオマケの割にはなかなかの数になっていた。


 星の砂が片付けば、次は食用に向かない方の真珠蜜だ。

 小さな琥珀に花が浮かぶような花入真珠蜜は食材としてはえぐみが強すぎるが、見た目は可愛らしいので捨てるには惜しい気がしてしまう。


「そうだ、星の砂に混ぜてみようかな」


 思い付きを頭で描くと、それなりに可愛い絵柄になりそうだった。

 星の砂が半分入った白い卵の実の殻を右手に取ると、



「やめとけ」



 サチカのものではない大きな右手が、殻に蓋をするように、サチカの手のひらごと卵の実の殻を覆い隠す。


「……ひゃ!?」

「花入りの真珠蜜はそこそこ高価な薬草の分類だから、そんなことしたら価値を下げるだけだぞ」


 驚き仰ぎ見れば、水色の髪の美少年が、サチカのすぐ後ろに立っていた。



「なー君! いつ起きたの、体調はどう?」

「起きたのは今、体調はまあまあだな」

「でも、顔色があんまり良くないよ?」


 サチカは心配に眉尻を落とす。

 ナビィは悲しげなサチカの顔を一瞥して、左手がぽんとその頭の上に乗せた。


「魔力酔いはもうすぐ治まるから、気にすんな」

「でも……魔力供給、やめとく?」

「やる」

「……でも、なー君の身体に悪いんじゃ」


 創世の女神からの使命を得て異世界転移をしたサチカには、祝福の手と呼ばれる魔力が宿っている。サチカにはほとんど実感がないためによくわかっていないが、もともとのサチカの性質と女神から託されたものが作用して、そのように発露したらしかった。


 祝福の手は、一般的には植物の成長促進の効果があるものだが、サチカが持つ力はそれに留まらず生き物を進化させることができた。

 これは、案内妖精を昏倒させ作ったクレープを食べたミミタマ族の魔獣が魔人に進化してしまう劇物クレープになるほど大きな力だったため、創世の女神によって調整され、今ではちょうど良いくらいになっているはず、なのだが。


「やる。ひとまずは十日に一回な」


 ナビィは直接的にサチカの魔力を取り込み、己の鍛錬として活用していた。

 一時的な魔力の飽和で外殻の変化が起きーーつまりは身体が大きくなり、魔力酔いの副作用も出ているが、彼はそれでもと決めているらしい。


 その魔力酔いの影響か、ナビィはまだふらつくようで、サチカの肩越しに伸ばした手をカウンターについて眉をしかめる。


「なー君、まだ眠いの?」

「いや……それより」


 返答は、思い掛けず耳の近くで聞こえた。

 垂兎耳卵がぴょんぴょこぴょこと猛然と横に跳ねているのが見えるけれど、今はそれよりも後ろの案内妖精だ。

 サチカが驚いている間に、ナビィの髪がサチカの左耳を掠めて、首筋に吐息が触れる。


「わ、ひゃ!?」

「…………知らない魔力の匂いがする」


 落とされた呟きの後、こつりと額が肩に乗せられた。

 ドキリとしたその次には、小さな手がサチカの左耳をぎゅっと引っ張って。


「誰かに会ったか? 危険はなかったようだが、報告しろよ」


 ぽんと左肩から宙に浮いた体長四十センチの案内妖精は、腰に手を当ててサチカを見下ろしてくる。

 そのいつもの調子に、サチカは密かに詰めていた息を吐いて、胸を撫で下ろした。


 大きな案内妖精は、たまに心臓に悪い生き物になるのだ。

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