幕間2 はじめてのおつかい
本日、幕間を2話更新しています。
国王代理の執務室に、災害級の魔人が現れたのは、西の空が茜色に染まり始め城下の家々から夕餉の支度の煙が上がる頃だった。
突然の出現に、国王代理の青年は報告書をめくる手を止め顔を強張らせる。
その不自然な動きで事態を捉え、周囲の人間が色めき立った。
近衛騎士が身を挺して主をかばおうと、剣の柄に手をかけて立ち塞がる。
近衛騎士は死ぬ覚悟だった。
S級魔人を討伐するには、致命的に戦力が足りない。例え王国中の探索者ギルドの精鋭を集めて共闘したとしても、勝算は低いだろう。
それでも、せめて国王代理が逃げ延びる一瞬の隙を作るために前へ立つ。
緊迫の時は、間延びすらして感じられた。
そんな中、先に動いたのは黒髪の魔人だ。
整った顔立ちは人形のようで、黒にも見える瞳には何一つ感情らしきものが見当たらない。
ーーもうダメだ。
誰もが絶望を近くに感じ、それに飲まれまいと必死に活路を探りながら、魔人の声を聞く。
「……弁当を買い入れたい」
「は?」
黒髪に黒い猫耳がある魔人に問い返したのは国王代理の青年だった。
魔人は感情のない静かな声で、繰り返す。
「弁当だ」
「……なんて?」
国王代理の執務室では弁当の販売はしていない。
その事は魔人も理解していたらしい。
「あぁそうなの、それは何より。……で、俺は弁当の売り場を案内すりゃいいのかな」
焦げ茶色の短髪をかき回してどっと息を吐いた国王代理は、書類だらけの執務机に突っ伏してしまいそうになるのを堪えた。
命懸けで前に出た近衛騎士に合図をして下がらせる。
以前迷宮で、国王代理の青年とその仲間の命を見逃してやったことがある魔人は、その対価を受け取りにやってきたと言う。
その件については、ある程度の損失を覚悟していたものの、まさか、弁当を要求されるなんて夢にも思っていなかった国王代理である。
魔人は向けられた問いには答えず、手に持った薄い紙片を宙に滑らせた。
ゆっくりと進み、国王代理の手間でぴたりと止まったのは、近くで見れば紙片ではなく白い葉だ。
頬を引きつらせながらそこに書かれた文字を目で追って……もう一度目で追って……またまた目で追って頭を抱える。
「お買い物メモ……しかも、こんな高価な素材がメモ帳替わりかよ」
書かれていたのは、お弁当から始まり、パン、サラダ、林檎、塩などに続く文字列だ。
危険を見定めようと、うっかり鑑定魔法で解析してしまったせいで、ただの買い物メモの価値に目眩を覚える。
国王代理の腹心の部下がすっと近寄って、彼の代わりに買い物メモを引き取った。
「これらを購入したいと言うことでよろしいですか?」
「……」
「今の時間だと、市場は閉まっていますから、弁当は探索者ギルドでの用意となります」
「……」
「生野菜などの食材の入手は難しいですね、明朝の市場で買うのが良いでしょう」
「……」
淡々と説明する部下とそれに頷く魔人を交互に見て、国王代理は胃を抑えた。
「え、お前、メンタル強いね?」
「あなたと働くのですから、ある程度の突発的な出来事には耐性がついています」
しれっと言う部下に、国王代理はもう一度胃を抑えた。
「探索者ギルドの場所はご存知ですか? 『名もなき』に伝送して話を通しておきます」
「……承知した」
用は済んだと背を向ける黒髪の魔人に、国王代理が声をかける。
「あ、買う時はちゃんと女の子一人の食事って言わないと、エゲツない量が出てくるから気をつけてな」
「……承知した」
音もなく、魔人の姿が掻き消えて、そのプレッシャーにから解放された人々は、気が抜けたように座り込む。
「……よく、女性用だと気が付きましたね?」
部下の問いに、疲労を隠せず椅子に背中を預けた国王代理が手をひらひらと振ってみせた。
「あー、あれはブラフ。言ってみただけ。何となくメニューが女性向けかなと思ったんだけど……」
重たい溜息を一つ吐く。
「なぁ、魔王の後継者とも目される魔人が女の子の食事を用意してるって、何の事件だと思う?」
「……探らせましょう。街の警邏隊と各探索者ギルドに女性もしくは女児の行方不明者がいないかも確認をとります」
「一応、教会にも聞いとくかー、はあ、仕事がまた増えた……今日、俺は夕飯食べられるのかな?」
「あなたの頑張り次第ですね」
「うわぁ、ひでえ! 弁当の配達、俺にもって頼んでおけばよかった!」
黒髪の魔人のはじめてのお使いは、国王代理とその腹心がアドバイザーとなったことで成功を収めた。
けれどこの時、その体制が今後も続いていくことになるとに、まだ誰も気づいていない。
次週から第二層です。
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