幕間1 サチカのご飯事情
クレープを食べて大満足な創世の女神を還した後、その問題にいち早く気付いたのは、カフェラテ色をした魔人だった。
「お嬢さん、食事は摂ったのかな?」
魔王引退を目論むほどに長く在るだけあって、彼は人間の暮らしにも理解が深い。
「あ」
案内妖精は、己の主人の食事を失念していて、しまったという顔をしたし、当のサチカもまた忘れていた事実に気がついて、何か言うよりも前にお腹をぐうと鳴らした。
迷宮グランシャリオで目覚めてから口にしたのは、魔王が用意したカステラとお茶だけだと意識すれば、空腹感は増していく。
カフェラテ色の魔王はゆったりと微笑んで、後継者候補の魔人を呼んだ。
「人間は食べなければ生きていけないものだ。テラ、人間の街へ行って、お嬢さんの食事を調達しておいで」
指名を受けたのは、魔王の背後に控えていた黒髪の魔人だ。
「えっ、でもわたし、お金持っていないので!」
慌ててポケットを探るが、やはり財布は持っていなかったし、万が一あったとしても異世界で日本円が通用するのかという問題もあった。
無一文でも気にしてなかったのは、サチカが極度にのんびりな性格をしているばかりではなく、迷宮という不思議な空間も一役買っていたことだろう。
ここは人間が作る秩序ではない、魔物たちが棲む場所なのだ。
「かまわないよ。対価はクレープで十分だし、今日はすでに貰ったからね」
気軽に許可を出すのは、おつかいに行く当人ではなく、カフェラテ色の魔王だ。
黒髪の魔人は魔王の命に一礼で応えて、感情を映さない瞳をサチカに向けた。
「……何を」
「え、はい?」
「……何を食べる?」
人間とは何を食べて生きているのか。
黒髪の魔人的にはそこからの質問だったが、姿形は似通っていても、人間と魔人の食生活に隔たりがあることを知らないサチカに通じるはずもない。
「あの、その……何でも良いです」
案の定、あまり面倒をかけられないと遠慮するサチカに、笑いを堪えた魔王が助け舟を入れた。
「テラはね、ミミタマ族の魔人なんだ。本来はとかく雑食だから、そんな指定だと本当に何でも持ってきてしまうよ」
「……」
「……あの、それじゃ、お弁当とか?」
「…………」
まるで知らない言語に出会ったかのように、黒髪の魔人は黙り込んだ。
背の低いサチカには見えないが、頭部の猫耳がぺそりと伏せられている。
「おや、珍しい……これは良い社会勉強になるなあ」
カフェラテ色の魔王は、何に対しても興味関心が薄い己の後継者の成長のために、案内妖精からの買い物要望も受け付けさせて、満足気に微笑んだ。
「朝食分のパンと、それから野菜……サチカ、サラダになる生野菜で好きなものは?」
「好き嫌いはないから、何でも大丈夫だけど、そんなに沢山頼んだら悪いよ?」
「……」
「これくらい簡単な調達だろ。生野菜は新鮮なもので、適当に選んでいい。果物はどうする?」
「え、あの、ええと林檎で。あ、林檎はこっちにもありますか?」
「……それは、知っている」
「後は塩、真水、茶葉、それから」
「多い、なー君多いって。あ、お買い物メモ書きましょうか?」
「……」
「待っててくださいね。なー君、ペンはあるかな。確か、卵の木の葉っぱがちょうどメモに良さそうな大きさでーー」
「……」
「……」
卵の木の葉の市場価値を知らないサチカの発言に、案内妖精と黒髪の魔人は唖然として口を閉じた。
ミミタマ族のテラにとっては常食の食材で、人間の街ではその希少性から、一枚で一月分の食料が調達できる白い葉は、その日、サチカの手によって買い物メモに生まれ変わったのだった。




