第一章 第七話 夜
第一章
第七話
あれから何時間くらい眠っていたのだろう。あたりは暗闇に支配され、部屋の隅の蝋燭がぼうっと灯っている。耳を澄ますと映像データでしか聞いたことの無い虫の声が微かに聞こえる。不思議なことだ。僕は死んだと思っていたのにどこかも知らない場所に僕として存在している。もしかしたらもう僕は死んでしまったのか。いや、それにあの狐の人も言っていたではないかここはもうひとつの世界だと。もうひとつの世界というのがどういう物なのかは分からないけど、今はどうにか元の世界に帰る方法を見つけないと。それにしてもどうして僕があの時泣いてしまったのか僕にも分からない。心が弱くなっていたのかもしれないし気をつけないと。そんな風に取り留めもなく自身の現状を再確認しながら襖のような扉にに手をかける。ガラガラと子気味の良い音を響かせながら開く。
目の前には小さな点々が点滅しながら飛び回り。厳粛とも言える雰囲気の庭園にとてもマッチしていた。こんな光景は今まで見たことがない。すごく綺麗だし何だか心が落ち着く。
「おはよ。いや、もうおはようって言う時間でもないか。体調はどう?少しはマシになった?」
唐突に右側から声をかけられた。昼間目にした九尾の狐の人だ。びっくりして、どぎまぎしながらも
「は、はい。いくらかはマシです。」
「そう。なら良かったわ。それにしても驚いたでしょ。君の知ってる世界じゃない世界があるって。それに私たちみたいな妖怪がいるって。」
「はい、それにしてもまだ信じられません。幸狐さん達が妖怪?だということが…」
「そう?私のこのもふもふの尻尾を見てもまだ?じゃあ人間にはこんなこと出来ないでしょ?」
そう言って幸狐は手のひらに拳大の大きさの青い炎を出してみせた。
「わぁ、ほんとに綺麗ですね。これも魔法ってやつなんですか?」
「これは魔法とはまたちょっと違うんだけど妖怪である私たちにしか出せないものよ私のは『狐火』っていうの」
「そうですか。すごく引き込まれるような綺麗な色をしていますね。」
「そんなに褒めても何も出ないわよ。」
そんなふうに微笑みながら笑う幸狐さんがこの風景にとても似合っていてちょっとドキドキする。そんなような会話を十数分していると幸狐が深刻そうな顔をしながら
「ごめんね、出会って直ぐにいきなりあんな話をして…。確かに君の世界の話を聞く限り御家族のこと察するべきだったわ。」
「いえ、幸狐さんが謝る必要なんか全くないんです。ただ僕の心が弱かったのが悪いんです。それに僕の世界では家族を亡くしている人なんかいない人の方が多いですし。」
静かな雰囲気に虫の声音だけが響く。
「…君はどうなの?」
「はい?」
「いや、確かに君の世界では辛いことが多くて辛い思いする人が沢山いると思うんだけど…でも、君の心が弱いわけでは決してないと思うの。君はこんなにもまだ幼いのにそんなに沢山背負い込んでそれなのに他人の方がって…」
「ッッ!!」
「本当は辛いんでしょ?寂しいんでしょ?まだ出会って少しの間柄かもしれないけど私で良かったら話を聞くわよ?」
「い、いえ…」
「我慢しなくてもいいのよ」
そう幸狐が言うと少しの空白を開け少年は
「ッッ!!…僕だって…僕だって生きるために必死で…でも家族も守りたくて…なのに足が動かなくて…」
それからの僕は言い訳がましいちゃんとした文章にすらなっていない嗚咽を幸狐さんに吐き出した。今まで誰にも打ち明けなかったことを話してしまった。それはやっぱり僕の心の弱さの証明であるかのようで恥ずかしかった。それなのに幸狐さんは何も言わずに頷きながら僕の話を聞いてくれて、話終わる頃には夜が白け始めていた。
「そう。辛かったわね。大変だったわね。こっちへいらっしゃい。」
そう囁き、幸狐さんは僕を抱きとめてくれた。僕は若干驚きながらもその言葉に従った。幸狐さんに抱き寄せられお日様のような匂いに包まれながら僕の意識はまた落ちていった。
その時だけはいつも見ていた夢を見ることはなかった