私は妹と団欒しました
生まれ変わって初めて奇蹟を行使してから季節が変わりました。相変わらず私は家柄に相応しい教育を施されております。聖女適性値が低いのもあって他で補おうと両親は考えているのでしょう。私が選んだ道ですので文句などあろう筈もございません。
そんなある日、ようやく町へと再び散策へ行く機会に恵まれました。前回チェーザレの母親の血や膿まみれの包帯を取る際に手や服を汚して帰ったら激しく叱られてしまいまして、今回は監視役としてトリルビィが同行しています。とは言え私がトリルビィを連れ回すばかりですが。
「それでお嬢様、繁華街を過ぎてしまいましたがどちらまで?」
「この前少し気になった場所がありましたので、その確認を」
真っ先に向かったのはチェーザレ達の家がある貧民街の一角でした。どうも私は一般市民に装っていても目立ってしまうようで視線が自然と集まります。不安そうにこちらを窺うトリルビィを余所に私は堂々と歩んでいきました。
「お嬢様……!」
「外に出る間は名前でお呼び下さい。誰が聞き耳立てているか分かりませんので」
「……キアラ。引き返しましょう。昼間と言えどこの一帯は治安が悪く危のうございます」
「構いません。それなりに対処法は考えています」
例えば不穏な動きをする輩が視界に入ったら引き返す、尾行したり追いかけてくるようでしたら叫びながら逃げ惑う。事を成すにあたり面倒にならず悪目立ちしたくないでしょうから。……尤も、お父様のお膝元であるこの街を過大評価してもおりません。注意は当然払います。
結局何事も起きずに私は目的の場所にたどり着き、唖然としました。その建物は戸が開けっ放しにされており中には何も残っておりません。空の水瓶は乾いていましたしかまどは長く使われた形跡がございません。人の営みの跡が残っておりませんでした。
そう、チェーザレ親子の姿は見当たらなかったのです。
「おい、そこのアンタら。何勝手に人ん家を覗いてるんだ?」
遠くの方から私達に声をかけたのは薄着で木のように太い腕を露出させた屈強な男性でした。トリルビィが咄嗟に私を守るよう前に躍り出ますが、私は彼女を少しどかして彼を見据えます。そして男性が何かを言う前に深々と頭を下げました。
「失礼いたしました。私はこちらの家に住んでいました方を訪ねようかと足を運びまして」
「んあ? アンタらあの女と餓鬼の知り合いか?」
「はい。どうやら引っ越しなさったようですね」
「まあな。アイツ等ならどっか遠い土地に行っちまったぜ。どこぞの貴族サマの世話になるんだとさ。今まで滞納してた家賃もジジイが払ってきたしな」
なんと、あの二人が貴族の庇護下になるとは。確かに女性の方は庶民とは思えない美しさでしたし仕草の一つ一つに気品が滲んでいたようにも思えます。おそらく元から貧困にあえいでいたのではなく何らかの形で没落していたのでしょう。
ふむ、これで完全にチェーザレ達とは接点が無くなりましたね。これもまた神の定めし運命……いえ、そんな発想は捨てねば。機が巡ればまた会えるでしょう。母親の救済に対するチェーザレのお礼はそんなもしもが叶った際に受け取るとしますか。
「しっかしあの女、包帯の奥は生唾飲み込むぐらいの美女だったぜ。俺はてっきり醜女だったから隠してるとばかり思ってたんだが」
「……分かっていたら手を出していたと?」
「いんや。迎えに来たジジイの言いっぷりから察するに敵に回しちゃいけねえ奴の寵愛を受けてたみてえだからな。ありゃ欲望を暴走させないで正解だったぜ」
などとどうでもいい話を家主と交わしましたが、いないと分かればここにはもう用はございません。私はトリルビィと共に元来た道を引き返していきます。トリルビィが一体何の用があったのか尋ねてきましたが、秘密だと言い張ってその話題を早くも終了させました。
チェーザレ達が何処に引き取られたのかを調べなくても良いでしょう。既に私共の道は分かれたのですから。そもそもここに足を向けたのも救済の後日どうしたかの確認の為ですし。ここから先彼らが不幸になろうと幸福になろうとそれは私には関係ございません。
「んー、そうかなぁ?」
「……何が言いたいのです?」
「いえ別に。けれどどうも何か引っかかるんだけれど、うーん」
しかし既に過去の出来事とした私と違い、わたしは頭を悩ませているようでした。没落令嬢とその子供が再び保護される……確かに話が出来過ぎているとも思えます。天が彼らに味方したと思考を放棄すればそれまでですが……、
「まさか乙女げーむに何か関係が? チェーザレ達は登場人物だったのですか?」
「ううん、チェーザレも母親の方も作中には出てこなかった筈なのよね。けれどこんなに美味しい設定してるんだったら出ててもおかしくないんだけれどなぁ」
わたしは頭を捻りましたが結局最後まで手がかりを思い出す事はありませんでした。とは言え既に聖女への道を閉ざした私にはもはや関係の無い話。今はあまり深く考え過ぎなくても良いでしょう。もはや選択はしてしまいましたし、後悔なら後でも出来ます。
お幸せに。私はただそう願いました。
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特に起伏も無い生活を送り続け、とうとう一年が経過致しました。
現在お父様とお母様は私の嫁ぎ先を選定している最中との事です。どうやら私の家は国でも有数の財力と地位を誇る由緒正しい家柄らしく、その娘を欲しがる家は数多くあるそうです。お父様はその中で最も家の繁栄に繋がる相手を選定するのでしょう。
「でもお姉様。結ばれるのなら愛があった方がいいと思うんです」
「婚約した後に育む愛もあると聞いた事があります。この家で生を受けて聖女になれなかった以上、私は貴族の娘として義務を果たさなければ」
私は聖女から逃れたいあまりに貴族令嬢として生きていく事ばかり考えていたもので、恋愛願望がある妹には驚かされました。恋愛、そんなのは私に全く無縁の言葉でした。しかし言われてみれば確かにもう手が届く位置にあるのかもしれません。
……聖女に、悪役令嬢になる筈だった私が恋愛? あまりに有り得ませんでした。殿方の事ばかり頭に浮かぶ自分、恋い焦がれる自分、そして殿方に愛を囁く自分を想像しましたが違和感しか覚えません。愛に現を抜かすなどかつては許されませんでしたから。
「んもうお姉様ったら。頭が固いんですから。愛しの王子様と愛し合うなんてとても素敵じゃありませんか?」
「……心奪われた経験がありませんので何とも」
とは言え、折角聖女とは違った道を歩むようになったのです。そんな過ごし方も悪くはないのかもしれません。私を虜にする素敵な殿方とやらに遭遇する機会が無い、と言う贅沢な悩みはございますが。
ところで私が聖女適性検査を掻い潜ってから一年が経ちましたので、今度は妹が適性検査を受ける年齢となりました。乙女げーむではここでセラフィナが稀代の聖女となる素質があると見初められて聖都へ赴くようになるんでしたっけ。
……結局私は妹の検査結果をどうごまかすかが思い付きませんでした。立ち会う神官や聖女に看破されないよう不正を働くなど到底不可能でしょう。残念ではありますがもはや断念するしかないのでしょう。
「ところで、セラフィナは聖女になりたいですか?」
「えっ? わたしが聖女に? んー、お姉様はどうでしたか?」
「……聖女にならずに済んで良かったと心底思っております」
本人の意向を聞こうとしたら逆に問い返されてしまいました。悩んだ末に私は結論だけを簡潔に明かす事に致しました。それでもお父様を始めとする他の方には決して言えませんね。
「そう、だったんですか……意外です」
案の定妹は驚いたようでした。聖女になりたくないと願う者は多くないと思いますが、まさか身内にその一人がいるとは考えていなかったのでしょう。妹は悩んだように呻り声をあげましたが、次には私に輝いた眼差しを向けてきました。
「でも、やっぱり神様から貰った奇蹟でみんなを笑顔に出来れば素敵だって思うんです」
「……そう、ですね」
私は希望に満ちた妹に作り笑いを浮かべるのが精一杯でした。
妹、セラフィナは着実に乙女げーむにおけるヒロインへと近づいていったのです。




