私は町を散策します
すっぽ抜けていた一話分になります。
「セラフィナの聖女適性検査結果もごまかす? わたしは別にいいと思うけれど、どうして?」
「私にはどうしてもセラフィナが忌むべきヒロインだなんて思えないのです。こんな私にもセラフィナは良く懐いてくれているのです」
「あー、そんな可愛い妹を過酷な運命を背負う聖女にしたくないって」
「ご明察です」
聖女適性検査を終えた私は立派な淑女となるよう本格的な教育を受けるようになりました。教国連合では基本的に検査を終えてから縁談の話が舞い込むようになります。聖女は神の奇蹟の代行者であり清らかでなければならない。そう信じられているからです。
まあ、全くの大嘘なのですがね。
現に魔女との烙印を押されたかつての私は身も心も穢されてもなお神からの奇蹟を捨てられませんでしたから。処女性についてはどうせ救世者となる神の子を授かるために原罪の汚れ無き乙女である必要性と混同しているのでしょう。
「わたしには何かいい知恵はございませんか?」
「んー。自分がやる場合は神の奇蹟を逆に利用できたけれど、セラフィナの結果までどう偽るの? 前日にお酒でも飲ませちゃう?」
「神官だけが来訪するならともかく、私の時のように聖女まで来られてはその手は通じません。酔いも覚ましてしまうでしょう」
「あー、そっかぁ。じゃあ体調の良し悪しで結果を上下させられないんだ」
そしてあれからわたしと何度も話し合ってセラフィナが聖女にならない抜け道を探しているのですが、なかなか見つけられません。難易度を上げているのはやはり聖女の存在でしょうか。安易に姑息な手に頼ってもすぐに見破られてしまうでしょう。
「神官に賄賂を渡して試験用紙とか聖水に細工するとか?」
「神官は新たなる聖女を見つけ出す事こそ人類の救済に繋がると信じています。金品を渡した程度でその意思は揺るがないでしょう」
「じゃあ今度来た時にこっそり荷物の中のそれらをすり替えるとか?」
「質感や色合いが異なりますし検査の反応も違うでしょう。気付かないとはとても思えませんが」
「反応が出る前に試験用紙を取り上げて浄化しちゃうとか?」
「邪魔が入らないよう神官が見張っていますし直に触れなければ繊細な調整は出来ません。万が一成功しても怪しまれて再検査となれば意味がありません」
そもそも仮に適性無しと偽装出来たとしても、聖女にセラフィナは聖女だとの神託がおりてしまったらその時点で詰んでしまいます。かと言って適性試験を受けずに済む土地まで遠出するのは現実的に極めて厳しいでしょうし。
結局のところ手詰まり感が出てしまい、セラフィナの運命は受け入れるしかないとの結論に至りつつありました。このまま無事乙女ゲーのような展開になるのでしたらセラフィナには祝福された道が続いているのでしょうが……。
わたしはそう悩んでいる私の前に顔を出してきました。わたしは私と同じ顔とは思えないほど爽やかな笑顔をさせてきます。そして強張ったままの私の頬に両手を持って行き、軽く引っ張ってきました。
「ほらー私。こんな所まで来て悩まないの。今日は思いっきり遊んじゃいましょうよ」
「……ええ、そうでしたね。折角の安息日なんですもの、骨休めしませんと」
そうでした。私は今外出しているんでしたね。貴族令嬢に相応しい教育とやらに根を詰めていますと心が疲弊してしまいますし。たまには一旦責務から離れて自分だけの時間を設けるようにしなければ。
そんな次第で私が今いるのはお膝元の街になります。わたしが知る言い回しですと城下町でしょうか。無論この地を治める貴族の娘が公に街を視察するとなれば大事になりますから当然お忍びの形で。楽しかったですよ、町娘に扮する為の工夫は。
「お嬢様。あまり庶民を侮らないように。変装した程度ではやんごとなきご令嬢だとすぐに察するでしょう。その整った容姿も少し目立たないよう化粧を施した方がいいかと」
「……そんなに注目を集める顔なのでしょうか?」
「それと庶民は手にも注目致します。女性の場合は毎朝井戸の水汲みから始まり炊事洗濯をこなしますので手があれるものです。その瑞々しく透き通るような白い手では使用人を雇えるほど裕福な家の娘だとすぐに分かるでしょう」
「さすがに手はごまかせませんね。手袋をして隠しましょう」
尤も、侍女のトリルビィには散々駄目だしされてしまいましたが。お陰様で今の私はどなたから見ても町の小娘でしょう。現に行き交う人達は私を気にせずにすれ違っていきます。私が街に溶け込んでいる証拠でしょう。
「そうは言ってもさ、佇まいとか雰囲気はどうしようもないわね。容姿は化粧でイマイチに出来るし体格も厚着でごまかせてもさ」
「それは致し方がありません。なるべく目立たないよう振舞う他ないかと」
町の散策はこれが初めてとなります。私の家は欲しい物があれば取り扱う商人や製作する職人を屋敷に呼び付ければ良いですし、外出する場合は町から離れてしまいますからね。屋敷の外に広がる日常の風景がどうなっているのか好奇心を抱いたのも最近の事ですので。
教育係や使用人達から話は伺っていましたが、実際に目の当たりにすると大分印象が異なりました。映るもの全てが新鮮で私の興味を惹いて止みません。露店や商店の陳列棚に並ぶ品々も私に買ってとお願いしているように感じてしまいました。
「そうは言っても何も買わないのね」
「物欲は熱しやすく冷めやすいものです。日を置いてまだ手に入れたいとの衝動が止まないようでしたら改めて検討すればよろしいかと」
「えぇ~? 即断即決しないと後で買っておけばーって後悔しない?」
「惜しむ程の宝に巡り会った経験はございません」
あくまで主目的はお膝元の町がどのような様子なのかの散歩。掘り出し物の品を探し当てる気は毛頭ございません。ふふっ、店頭に並ぶ商品に目移りする楽しみを私に教えて下さったのは他ならぬこの間の夢、即ちわたしの経験ですよ。
町は私が思った以上に活気にあふれていました。さすがにわたしの世界のような鬱陶しく感じる程の詰まり具合ではありませんが、気を付けていないと往来する方々と肩が触れ合ってしまう程には賑わっております。
露店の方々は商品を買っていただこうと声をかけていました。市民は品物の質だけでなく価格も注目しているようです。中には少しでも安く購入しようと店主に交渉している方もいらっしゃいました。……思えば、物の値段など今もかつての私も気にした事ありませんでしたね。
「私、諸国を回って人助けをしてきました。人の全てを知った気でいましたが、こんな身近なところでも私の知らぬ世界が広がっていたのですね」
「そう悟っただけでも収穫なんじゃない? 人が一生のうちに見れる範囲なんてたかが知れてるんだからさ」
「仰る通りですね」
町で最もにぎわう繁華街を抜けると静かな住宅街が広がってきました。さすがに住民ではない私が足を踏み入れるのは憚られると踵を返そうとしたところ、見たくもない代物を視界に収めてしまいました。これまでの心安らぎが台無しです。
「……こんな所にもあったのですね」
「あー、まあ、市民の生活と密接に関わっているんだから点在しててもおかしくないか」
そう、神に祈りを捧げる場である教会。建物は所狭しと並ぶ数階建ての家の奥の方にそびえ立っておりました。
神の威厳を知らしめる事を目的とする豪華な造りではありません。三角屋根の頂点には教会を象徴する紋様をかたどった像が設置されています。それから塔がそびえ立っており時刻を知らせる鐘が吊り下げられているようです。
……どんな造りをしていようと全く興味はございませんが。
「行きましょうわたし。このような場所に用はございません」
「あ、ちょっと待って。アレ見てよ」
今度こそその場を離れようとした私はわたしに袖を引っ張られました。わたしが教会の方を指差すのでうんざりしながらもそちらへと顔を向けると、丁度教会の扉が開いて中から少年が飛び出てきました。
……いえ。正確には教会から追い出された、ですか。
少年は痩せ細った身体に汚れて所々破けた衣服を身に纏い、汚らしくざんばらな髪が不潔さを助長させています。私はどうも思いませんが近寄ってくるだけで不快感を露わにする人も相応数いるでしょうね。どの町にも存在する恵まれない子の一人なのでしょう。
少年は何かを叫びながら教会の入口に戻ろうとするものの、中から神父なのか助祭なのかは分かりませんが少年に冷淡に何かを述べつつ戸を閉めようとします。両者の体格差はどうしようもないようでして負けたのは少年の方。彼は相手を罵りながら扉を叩く他ありませんでした。
「どうしたんだろ?」
「よくある光景でしょう。大方家族のどなたかが病気か怪我をしたのではありませんか? 医者に診せるほどの金銭的余裕が無い家庭では教会の奉仕に頼る他無いのです」
「じゃあどうしてあんな風に?」
「教会とて慈善団体ではありません。奉仕活動で救える人の数には限りがあります」
教会では全ては救えない。
それだけは今もなお確信を持って言えます。




