私は妹と再会しました
教国は教会総本山の聖都を中心とする教皇直轄領になります。意外にもその歴史が浅いのは、それまで教会は聖都を統治していた国の庇護下にあったからですね。ですが度重なる侵略と滅亡があってとうとう教会が直々に国を治める形を取ったのです。
教国周辺の国々はいずれも小国に分類されるでしょう。山脈の向こうの王国とは比べ物になりません。小競り合いを頻発させてまとまりが無いこの地域に教会主導で平穏を齎す、それが教国連合の始まりだと言われています。
教国の治安は他の連合諸国と比較しても優れています。教会の権威が隅々まで行き届いている証拠です。代わりに信仰の自由は与えられていません。少しでも教会の権威に背く素振りを見せる村や町があったならすぐさま異端審問官による粛清が行われるとか何とか。
大公国から教国聖都までの旅はとても退屈でした。最初の方こそ初めて目にする景色に心打たれましたが、数日も経てば変わり映えしない田園風景に飽きてしまいました。馬車の中にいる時間の半分ほど寝ていたような気がしますね。
「ここが聖都……」
初めて目にする聖都の街並みに弟は圧倒されていました。父も母も久しぶりのようで感銘を受けている様子でした。かく言う私も自分が記憶している景色と全然違っていたので驚きを隠しきれませんでした。おのぼりさん丸出しでしたね。
妹との面会は明日を予定しているのでその日は手配していた宿へと向かいました。大公国の貴族御用達の宿は私達の住む屋敷よりも豪華でした。何気なく飾られている調度品や絵画の一品一品が趣向を凝らしていて目を楽しませました。
宿泊費用は大丈夫なのかと心配しましたが、格式を重んじる貴族の見栄だと理解はしているのであえて口には致しません。聖女を輩出した家がみすぼらしい真似など出来ない、辺りでしょうか。私には貴族の娘として育っているにも拘わらず未だ理解出来ない考えですが。
これから街を見て回れるのかと弟は期待していたようですがそうはいきませんでした。宿には私達の他にも教国連合諸国より貴族達が遠路はるばる足を運んで滞在していて、父はその方々と交流を深めようとなさったのです。
結局私は父が挨拶をした相手に当たり障りの無い反応をさせる役に徹しました。自分から率先して名乗りはせず、ただひたすらに父や母に付き従う。極力他の方と接点を持たないようにしないとまた神託に突き動かされてボロを出すとも限りませんからね。
面会当日、父と母は緊張している様子でした。大公国を統治する公爵家へと赴く時よりもがちがちに固まっているかもしれません。それだけ神が絶対で、聖女が敬う対象で、教会に影響力があると思うと不覚にも納得してしまったのでした。
「……?」
教会総本山となる敷地は城壁とも呼べるほど高くそびえ立つ壁に囲まれていました。かつての私の記憶と照らし合わせてもさほど変わっていないようでしたが、どうも違和感を感じます。壁以外にも市街地と教会の敷地を隔てる何かがある、と申せばいいのでしょうか?
そんな私を余所に私達を乗せた馬車は速度を落として正門へと接近していきます。人の往来はそれなりと言った所でして、並んでそう時間も置かずに守衛がこちらへと足を運んできました。守衛はこちらに入門許可証の提示を求め、父自らが書類を差し出しました。
「ようこそいらっしゃいました」
守衛は私達の目的地を軽く案内してから一礼して引き下がりました。父も礼を述べて御者に先に進むよう伝えます。御者が馬車を走らせて門をくぐりますと神の威光を感じさせる数々の素晴らしい建物が周りに立ち並ぶ広場へと――、
「――ッ!」
途端、拭いきれない違和感が私を襲いました。
私は母が怪訝な目で見つめるのも構わずに馬車の窓を開けて後方に向きました。通り過ぎた巨大な門と城壁がそびえ立っています。馬車は定められた速度で走り続けて段々とその建造物は小さくなっていきました。
「聖域の奇蹟! 実在したのですね……」
本に書かれていました。歴史に名を遺した聖女の中には邪悪なる意思を退ける結界のようなものを張る奇蹟を授かった者もいたと。かつての私の時には物理的な城壁で守りを固めていましたが……奇蹟で外界と隔てるようになっていたとは驚きです。
「キアラ。そんなにあの高い壁が気になったの?」
「確かに大公国にはあそこまで警固で立派な城壁は無いからな」
「え、ええ。そうですね」
母と父は勝手に勘違いしてくれたので私はそれに便乗させていただきます。
危ない、思わぬ所で失態を犯すところでしたが救われた形になりましたね。聖都に来て二日目でこれではいざ学院に入学してからどれ程下手を打つか分かったものではありません。気を引き締めねば。
面会場所として指定されたのは敷地内の教会堂でした。私の背より何倍も高い扉が厳かに開かれます。広がるのは壮大な空間。私が両手を伸ばしても決して抱き付けない程太い柱、磨き抜かれた大理石の床、そしてはるか高くにある天井には宗教画が描かれていました。窓にはめ込まれていたのは全てステンドグラス。教典の一幕が再現されていました。祈りを捧げる祭壇はとても遠くにあるせいで小さく見えてしまいますね。
そして祭壇へ向く形に並べられた席の一つに妹達は座っていました。妹は私達の来訪に気付くと笑顔で輝きながらこちらへと駆け寄ります。
「お父様! お母様!」
「セラフィナ! 私の可愛いセラフィナ! 元気にしていた?」
「大きくなったな、見違えたぞ!」
妹は父と母と抱き合いました。弟も出遅れましたがやはり姉が恋しかったようでセラフィナへと走りだして、挙句妹へと飛び込みました。親子が感動の再会を祝福する意味で拍手でも送りましょうかね? などと私はやや冷めた目線で眺めながら家族の後を追いました。
「お姉様、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりですねセラフィナ」
久しぶりに見るセラフィナはより可愛く、そして美しくなっていました。少女らしさの中に大人っぽさが表れる時期に差し掛かった、とでも言い表しますか。きっと老若男女隔てずに多くの人々から愛される。そんな愛らしさも感じさせます。
更に教会での教育でセラフィナの仕草はより洗練された、と思えるのです。父や母へは私の知る妹らしく明るく前向きな印象でしたが、落ち着きを取り戻して両親と言葉を交わす間の仕草や発音の仕方等、神秘的だとの感想が浮かぶのです。
そんな成長した妹を目の当たりにした私は、しかし彼女を祝福出来ませんでした。
真っ先に思い浮かんだのは誠に自分勝手な感想、自分を軽蔑したくなります。
嗚呼、わたしの知るヒロイン像に近づいたなぁ、と。
「んー、ヒロインの面影が出てきてるわね。乙女ゲームのオープニングまであと一年数か月ってぐらいだし、当然っちゃ当然かな」
私は最低限妹と近状を語り合った後に一歩引きさがり、わたしとの雑談を開始します。妹との会話に夢中な父達は空気に徹する私を気に掛けるそぶりも見せません。面会時間は有限ですから可能な限りセラフィナに費やしたいのでしょう。私はそれを利用するだけです。
「このまま順調にいけば誰からも祝福される聖女が誕生する、ですか」
「ええ。乙女ゲームのシナリオ通りにね」
妹を止める手立てはもはやありません。わたしの良く知るヒロインとしてセラフィナは学院に入学してくるでしょう。その時私は妹に嫉妬する気が無いのだから悪役令嬢にはならない、とは断言出来ないのが不安でしかありません。
もし、乙女げーむの脚本に強制力があったら?
私は操られるがままに妹に嫉妬して悪意を振り撒いて終いには破滅する。私の意思、私の願いとは関係無く。そんな絶望的な未来が待ち受けているかもしれないと想像しただけで身震いしてしまいます。
「……確認ですがセラフィナが授かった奇蹟は何でしたか?」
「まず祝福ね。これは人から愛される奇蹟よ。ある程度粗相をしても好意的に受け止められる、とか人から好印象を受けやすくなる、みたいな」
「何気ない、しかし絶大な効果を発揮する奇蹟ですね」
聖女候補者であるものの一介の中堅階級貴族の娘に過ぎない妹が他国の王太子や大商人の御曹司方から好意を抱かれる理由付けの一つが祝福の奇蹟になります。人を虜にする魅了と違ってあくまで理性への影響は僅か。何となく好かれやすい、辺りが一番的確な表現かと。
ですがそれはあくまで乙女ゲームのご都合主義を説明したに過ぎません。もう一つ、攻略対象者方の心を掴む要素があるのです。何もヒロインの選択が最適だったとのメタ的な視点ではなく、文字通り殿方はヒロインに救われるのですから。
「それから、救済だったわね」
そう、前代未聞の奇蹟によって。




