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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は聖女に難癖付けられました

 その夜は盛大な夜会が開かれました。遠い聖都からの聖女の来訪を歓迎する催しのようです。大公国では有数ながらも南方王国では一介の貴族に過ぎないお父様と私でしたが、マッテオの計らいで参加が叶いました。


 私はお父様に連れられて南方王国の貴族方へと挨拶して回りました。ジョアッキーノと結ばれる線が濃厚な私の顔と名を売る為でしょう。話を振られたマッテオの反応も上々だったので私は概ね歓迎されました。


 顔に笑みを張りつかせて夜会の会場を一周した頃には疲れ果ててしまいました。端の壁に寄り添っていると果実ジュースの入ったグラスを手にしたチェーザレが歩み寄ってきました。彼もまた少し疲れの色が見えるので、王子としての対応で忙しかったのでしょう。


「お疲れ様です。調子はいかがです?」

「面倒臭い。王位継承権の無い返り咲きの王子になんて大して用は無い筈なのにな」

「国王陛下の手前、ご機嫌を取って損は無いでしょう」

「俺はそんな腹の探り合いとか愛想の振り撒きとかうんざりなんだけどな」


 でしょうね。遠くから眺めていても「早く終われ」との意思が伝わってきましたし。


 私はチェーザレからグラスを受け取ると飲み物を口にしました。神の血であるワインを口にするにはまだ幼いですからね。わたしの世界のようにお酒は二十歳からなどと言う決まりはありませんが、慣例としては学院に入学する時期に飲み始めるようです。


 程なく、ジョアッキーノもこちらへとやってまいります。私とチェーザレの間に割り込もうとしたらチェーザレに顔を鷲掴みにされてしまいました。彼は痛がりながら冗談だと口にして私の反対側の隣に足を運び、壁にもたれかかります。


「何かいつもは僕って兄貴のついでだったのにさ、今日に限って根掘り葉掘り色々と聞かれたんだけど」

「それは仮にでも婚約を結んだのですからそうなるでしょう」

「やっぱそんなもんなのかな? あー嫌だ嫌だ。もっと気楽にやりたいよ」

「本音を隠して建前を見せるのが大人の付き合いなのでは? 私にはよく分かりませんが」


 私達三人が休憩する様子は心なしか注目を集めている気がしなくもありませんが、放っておきましょう。良からぬ噂さえ立たねばいいのです。男二人を侍らせて破廉恥なと言われるかもしれませんが、事実無根ですから構いません。


 私達が軽い雑談で時間を潰しているといよいよ主賓である聖女達が会場入りしました。すると途端に皆が口々に聖女を褒め称えます。国王を始めとする数多くの貴族が集うこの場においても聖女は一際存在感を放っていました。


 リッカドンナと彼女に付き添う神官はさすがに社交界の場なのもあって正装に身を包んでいました。ただしドレスは着ていません。貞淑に身体の線を隠す衣を着込んでいます。上質な生地で作られているのは一目で分かりますが、その装いもまた聖女を際立たせていました。


「陛下。本日はお招きいただきまして誠にありがとうございました」

「うむ、聖女殿。よくぞ遠い聖都よりお越し下さった。今日はそなたの為にささやかながら歓迎しようと思った次第だ」

「感謝します。今夜が皆様にとって楽しいひと時となりますようお祈りいたします」

「かたじけない。ではゆっくりと楽しんでほしい」


 国王とリッカドンナの会話が終わると再び会場内は賑やかになりました。そんな会場内の雰囲気を形成する要素の一つとして音楽が流れているのです。会場の一角で宮廷音楽家達が演奏をしていまして、少し離れた位置にいる私の耳を楽しませます。


 そんな演奏家に私と同年代と思われし男子が加わっていまして、弦楽器を繊細ながら大胆に奏でていました。一流の大人達と肩を並べる彼を興味深げに眺めていると、チェーザレが気付いたのか彼を指し示しました。


「フィリッポが気になるのか? アイツは最年少で宮廷音楽家になった天才だな」

「最年少、それは凄いですね。演奏家なのですか?」

「いや、たまに作曲もするみたいだけどな。今こそ弦楽器を弾いてるけどアイツの真骨頂は鍵盤を叩く方だな」

「成程、オルガンの方が得意なのですね」


 オルガンでしたら私の方が一日の長がありそうですね。何と言っても淑女の嗜みだと教育を施されていますし、かつての私も教会でパイプオルガンを奏でておりましたし。皆さんに誇れるほどの腕ではございませんが、それなりに語れるとは自負しております。

 ちなみにわたしの世界では楽器の代名詞と呼んで過言ではないピアノはこちらではまだ発明されておりません。とは言え構造の知識があったとしててもこの世界でお披露目しようとは微塵も思いませんが。


「その様子ではチェーザレと親しい間柄なのですか?」

「いや違うって。僕がチェーザレに紹介したのさ。アイツは音楽の腕一つでのし上がった凄い奴さ。芸術家って存在は援助を得ようとして擦り寄ってくるもんなんだけど、アイツは謙虚にも自分の腕を磨いて人を楽しませたいだけなんだと」

「それは誠に素晴らしい考えかと」


 主賓であるリッカドンナは紳士淑女の皆さんと楽しく語り合っている様子でした。お世辞や冗談も交えているらしく、相手側が笑ったり盛り上がったりしています。貴族の皆さんと打ち解ける為の話術が優れているのでしょう。

 かつての私はこのような贅沢を凝らした社交界など嫌悪の対象でしかありませんでしたね。今日の夜会で費やした金と料理でどれ程の貧しい人が救われたのかと。今から思い返すと腹芸も出来ない私がどうやって彼らから援助を得れましょうか。

 なので財を持つ方の気を良くしようと振舞うリッカドンナの方が正しいのでしょう。


 程なく、リッカドンナは神官達を従えて会場の片隅にいた私達の方へと歩み寄りました。そしてチェーザレに恭しく頭を垂れました。


「お初にお目にかかります、殿下。聖都より参りましたリッカドンナと申します」

「チェーザレと言います。本日はお越しいただきありがとうございます」


 チェーザレはジョアッキーノや私に見せる態度ではなく礼儀正しく振舞います。大公国より戻ってからまだ一年と少ししか経っていませんが、ぎこちなさが無くて様になっていました。ただリッカドンナがはにかんでも反応を見せずに微笑を張りつかせたままなのは如何なものかと。


 リッカドンナは引き続いてジョアッキーノと私にも名を名乗りました。私達もそれぞれ自己紹介いたします。リッカドンナはジョアッキーノが仮に婚約を結んだと既にご存じなようでして、おめでとうございますと彼に語りました。


「キアラ様の事は良く存じています」

「大公国においても貴族令嬢の一人に過ぎない私を聖女様が把握されているのは光栄です」

「エレオノーラ様が嘆いておられました。どうして神の奇蹟を拒絶するのか、と」


 その言葉を受けた私は驚愕を表に出さずにいるのが精一杯でした。


 エレオノーラ! また彼女ですか!

 まだ諦めていないなんてしつこいですね。しかもこの間はフォルトゥナまで巻き込んで私を再確認しに来たのに他の聖女にも言い触らしているなんて。

 まさかリッカドンナも私を疑って……、


「――ううん、そんなわけないじゃん。エレオノーラが授かった神託なんてあたし知ーらない」


 そんな危惧はあっさりと打ち砕かれました。

 リッカドンナが見せた嘲笑によって。


「まさか貴女みたいな冴えない女があたし達みたいな聖女になれると思ってるの? 莫迦じゃないの? 聖女はね、神様に愛された女の子しかなれないのよ」


 何だ彼女は、と常識を疑う反面、聖女を至高の存在と捉えている彼女の絶対的な自負を窺えて感心もしました。神に選ばれた自分が上なんだから庶民を見下すのも当然と考えるのも無理は無いとも納得します。

 ですが一つ訂正します。神に愛されているから聖女になる? 違いますね。なりたくてなるのではなくなってしまうのが聖女です。神は奇蹟と同時に試練もお与えになるのでしょう。それを愛と呼ぶのならなんて歪んでいるのでしょう。


「エレオノーラ様が勘違いしているだけかと。私はただのしがない娘に過ぎません」

「ふぅん、自分を弁えるいい心がけね。あたしと貴女の住む世界は違うの。覚えておきなさい」


 リッカドンナは自信に満ちた笑みをこぼしながら踵を返して他の方への挨拶回りに戻りました。神官達も特に私に詫びる様子も無く彼女に付き従います。そんな彼女達の失礼な有様にチェーザレは不快感を露わにして、ジョアッキーノは呆れ果てていました。


「へえ、アレが聖女の本性って奴か。何か幻滅しちゃったよ」

「キアラ。言い返しても良かったんだぞ。あんな奴に言いたい放題させっぱなしなんて」


 しかしリッカドンナも短絡的ですね。私と彼女が二人きりの場ならまだしもチェーザレもジョアッキーノもいましたのに。それぐらい私に執着するエレオノーラを理解出来なかったのだと解釈しておきますか。


 ただですね、一つ同意いたしましょう。


「確かに住む世界は違いますね、私と貴女様では」


 私は聖女にならない。世界が異なるのは当然でしょう。

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