私は聖女の使命を免除されました
「いえ、キアラばかりじゃない。この前セラフィナが見せてくれた奇蹟だってかつて逃亡の魔女にされた脱出の聖女ベネデッタが授かっているわね」
まあ、ルクレツィアが白状した以上は私と反魂の魔女マルタと結びつけるのはそう難しくありません。そしてそんな疑いを持たれてしまえばセラフィナと逃亡の魔女ベネデッタと関連付けるのは容易いです。
「それに、天闘の寵姫を撃退した謎の少女……以前ルクレツィアちゃんを不意打ちしたんですって?」
「はい。野良聖女を追いかけていた最中でした」
「正義や天闘の奇蹟を退ける程の奇蹟、考えられるのは魔竜の魔女とされた聖女ガブリエッラが授かった竜退の奇蹟によるものだって思うのだけれど」
そして、自ずとそのように連想してしまうのは仕方がありません。更にはトビアの聖女適性検査に関わったエレオノーラやルクレツィアが竜退の少女と下の妹が同一人物だと推測するのもそう時間はかからないでしょう。
「その推測が正しいのでしたら、教会史上最悪の汚点とされる三人の大魔女の奇蹟が現世に蘇ったことになりますね」
「ええ……。もう聖女候補者になっちゃったセラフィナはともかく、このままキアラと竜退の少女を教会に所属させるのはあまりにも危険すぎるわ」
「だから免除を与える、ですか」
「ええ。幸いにも復活と竜退の奇蹟は公の場では披露されていないから、わたし達の秘密にしておけるわ」
その配慮は大変ありがたいと思います。頭が固かったら神から授かった使命こそが最優先、殉教してでも全うするのが務めだろう、とか言われかねませんでしたからね。私達個人のことを考えてくださっているのですから、感謝しなければいけません。
「勿論、これまでのキアラの善行も加味しての判断よ」
「善行、ですか?」
「降誕の聖女コンチェッタ様の冤罪を晴らし、先代女教皇の罪を暴き、野良聖女の混乱を鎮め、更には聖国市民の救出に貢献したじゃないの。これだけでも充分じゃない?」
「それは……いえ、何でもありません」
自分のしたいと思ったように振る舞った結果そうなった、と信じたい気持ちは山々ですが、神託に唆された結果だとも否定出来ません。ここは沈黙が最善の反応でしょう。
「以上からキアラは聖女候補者にしません。後で聖女になりたいって言い出しても通らないけれど、いいかしら?」
「問題ありません」
「……分かりました。では現時点をもって聖域の女教皇アウローラの名においてキアラへの免除を有効とします」
アウローラが命令を下すと四人の聖女が恭しく頭を垂れました。
……長かった。
ですが、これで私はもう聖女にならずに済むのですね。
「……それでね、キアラ」
感無量の思いに浸っていると、アウローラが声を重くして語り掛けてきます。先ほどまでの優しくも威厳のあった面持ちは鳴りを潜め、真剣さが表に出ています。
「聖国から迎え入れたアレッシアなんだけれど、正式に聖女候補者にすることに決まったわ。慈愛の大聖女の再来だって教会中大騒ぎよ」
「そうですか」
では彼女の奇蹟は慈愛だと確定したのですね。かつての私達が破滅する破目になった間接的な原因は慈愛の大聖女アンナですが、アレッシアに罪はありません。立派な聖女に大成するよう神のご加護があらんことを、と祈るだけです。
「彼女に加えて竜退、脱出、そして復活といった三人の魔女の再来が現れたのは神の意思だって思うの。聖女にならなくてもこの先過酷な道が待ち受けているかもしれないわ」
「それでも、私は人並みの幸せを掴みたいのです」
「キアラだったら立派な聖女になれたでしょうに。復活の奇蹟についてはわたし達現役聖女一同が庇ってもいいのよ」
「考えは変わりません」
アウローラは少しの間考え込むように頭を抱え、視線を左右に走らせて聖女一同を伺いました。聖女は誰もが深刻な表情を浮かべています。私の勧誘に積極的だったエレオノーラはむしろ悔しそうに顔を歪ませていました。
「ねえキアラ」
「はい、何でございましょうか?」
「転生の奇蹟、ってご存じ?」
「……ッ!?」
心臓が口から飛び出るのではと思うほど驚いてしまいました。何とか動揺を面に出すまいと堪えましたが、咄嗟に口元を押さえてしまいました。震える身体に活を入れて眩暈に耐えます。
そんな狼狽える私にアウローラは慈悲深く微笑みかけました。
「キアラ。私は女教皇に就任するにあたって二つ条件を出したの。一つはキアラに与えた免除ね。もう一つは……三人の魔女の復権裁判の開催よ」
「……!?」
復権?
魔女として断罪された私達の……?
「慈愛の大聖女についての偉業や賛美は様々な記録や書物に記されているけれど、わたしは話半分だって思ってたの。リッカドンナちゃんからの報告を聞くまでは、ね」
「それは……聖地防衛戦においてアレッシアが体現した一幕についてですね」
「もしかしたら慈愛の奇蹟の影響を受けすぎて目が曇っちゃってたのかもしれない。慈愛の聖女アンナを唯一無二の大聖女とするために先輩にあたる聖女達を追い落とした、みたいな邪な陰謀が動いていた可能性も否定出来ないでしょう?」
「それ、は……」
アンナ自身が潔白でも周囲はどうでしょうか? 私共が人々の救済に明け暮れている間に教会内部で厄介だった聖女を排除しようと画策したのは察しが付きましたが、アンナに愛された影響を受けていなかったと断言出来ません。
「幸いだけれどフォルトゥナちゃんの審判の奇蹟、ルクレツィアちゃんの正義の奇蹟は過去をも見通せる。昔は黒だって言われてた事柄も実は白だったかもしれないわ」
「なんと……」
「記録が誇張、改竄されていても真実は暴けるの。それをもってかつて理不尽な裁きを受けたかもしれない聖女の名誉を回復したいと思っています」
「……っ。ありがとう、ございます」
気が付けば私はアウローラに平伏していました。それが何よりも私の真実を物語っていましたが、構いません。
もはや裏切られた三人共教会を見限っているのですが、それでもかつての自分達が決して間違っていなかったんだと言われたい思いに違いはありません。
もしかしたら教会という組織全体を敵に回すかもしれない。そんな危険を冒してまでの決断に私は感謝しかありませんでした。
「吉報を伝えられるかはまだ分からないけれど、わたし達をもう一度だけ信じてもらえないかしら?」
「……はい。どうか、お願いいたします」
私は涙を流しました。
きっとただ神から再び与えられた使命に背を向けていただけではこの結果には至らなかったでしょう。かと言って奴隷のように従っていても掴めなかったと確信出来ます。
これもまた神の思し召しなのかもしれません。
それでも、私達はようやく過去に一区切り付けられる見通しが立ったのです。
■■■
「キアラ、悪いんだけれど今すぐ私と共に来てくれ」
「はい?」
夏季休暇も終わり再び学院で学ぶ日々が始まりました。
学友とは夏季休暇中どのように過ごしたかについて語り合いました。当然聖地に行っていましたと正直には明かせず言葉を濁しました。特に南方王国から連れ去られたと暴露したらパトリツィアが悔やみそうですので。
ようやく夏季休暇ボケが抜けて学院生活に慣れ戻り始めたぐらいのある日でした。突然教室の扉を開けて私を名指ししたのは、なんと正義の聖女ルクレツィアでした。面会の諸手続きをすっ飛ばしての突撃、ただ事ではないと察せました。
「聖女を免除したばかりなのに頼ることになって申し訳なく思う。それでもキアラの奇蹟に頼らなきゃいけない事態になったんだ」
慌ただしく聖女専用の仰々しい馬車に乗せられた私はルクレツィアから説明を受けます。彼女らしくもなく焦っている様子ですのでよほどの事態が起こっていると改めて感じました。
「まさか……復活の奇蹟を皆の前で披露しろと?」
「いや、用があるのは統語の奇蹟の方さ」
統語の奇蹟? 教会圏諸国全域に通用する統一言語がある以上、敵対する諸勢力との交渉に臨まない限りは無用の長物の筈です。逆を言うと教会の権威が及ばない地域から何者かがやってきて、意思疎通のために私が必要になったと推測出来ます。
ですが、近隣の諸勢力とは常に争っているわけではなく、平時では多少なりとも交易はしている筈。聖地にいた時のような緊急事態下でならまだしも、今なら私がおらずとも通訳で事足りるのではないでしょうか?
「ところがそうもいかない。相手は聖女、もしくは同格の者を望んでいるみたいなんだ」
「聖女と同格……?」
その時点で嫌な予感しかしませんでしたが、次にルクレツィアの口からでた言葉は私をとても驚かせました。
「獣人達の寵姫が複数人来たんだ。捕えている天闘の寵姫マジーダを連れ戻しに」




