表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/139

私達は聖都へと逃れました

 海の道は想像以上に歩きづらかったです。当然ですよね。海底なんて砂と岩で出来ていて道なんてありませんから。人が行けないような高低差こそありませんでしたが、女子供は誰かの支えがなければ思うように進めないようです。


 どれほど歩いたかは分かりません。太陽の昇り具合からすると思ったほどは時間が経っていないのでしょう。延々と続くのを苦行と捉えるか試練と解釈するか、迷います。初めのうちは助かったと希望に満ちていた市民も段々と苦しみを露わにし始めました。


「この祭服、歩きづらいわね……!」

「あまり派手に動くことは考えられていない厳かな作りですからね……」

「もういっそ少し破いちゃおうかしら……!?」

「民が見ていますから止めた方がいいかと」


 疲労で足が思ったように上がらなかったのか、つまずいたリッカドンナを神官と騎士達が支えました。アウローラも初めのうちは杖を持ちながら進んでいましたが、今では地面を付いて少し体重を支えているようです。


 私もまた足取りがおぼつかなくなってふらついた身体をチェーザレに支えてもらいました。私がぶつかっても彼はびくともしません。頼もしいと思いましたし大丈夫かと問いかけた彼を優しいと感じました。駄目ですね、今は彼が何をやっても素敵と思えます。


 無限に続くかと思われた逃走は、やがて対岸が見えてきて終わりが来たのだと分かりました。地理的にはこんな短時間で聖国の向かい側にたどり着けるわけがないのですが、奇蹟の一言で説明が付いてしまいます。


「……なあキアラ」

「何でしょうか?」

「俺には向こうに見えるのが聖都の港にしか見えないんだが」

「奇遇ですね。私もです」


 なんと、海の道は聖都まで続いていたのです。

 南方島国から聖国への船旅でもかなりの日数を要したのに一日もかからなかったことから、この脱出劇は明らかに自然の摂理を超越した神の御業によるものだと改めて確信出来ました。


 海を前に天へと手をかざしているのは……やはりセラフィナでしたか。まさか彼女の脱出の奇蹟が遠い聖地まで道を繋げられるとは驚きですが、この為にこの奇蹟を授かったのかと思うほどの適役でした。


 逃げ延びた聖国市民の誘導にあたっていたのはどうやらエレオノーラとルクレツィアのようです。多くの教国兵が避難誘導に動員されているようで、聖都の港はとても慌ただしい様相を見せていました。


 アウローラとリッカドンナが陸に上がれたのは聖都の港町が視界に映って大分経ってからでした。アウローラの姿を確認したエレオノーラが歓喜に打ち震えましたが、すぐに己を律して静かに彼女へと歩み寄ります。


「聖域の聖女アウローラ、只今帰還しました」

「お帰りなさいませ、アウローラ様。ご無事で何よりです」

「任務を果たせず申し訳ありません。どんな罰でも受けます」

「そんな! 事情は少しお聞きしました。神託を授かった者が私共を追い出したのなら、これもまた神が与えた試練ではないかと」


 私は聖女同士の再会をそっちのけにセラフィナへと向かいます。私が傍によって初めてセラフィナは顔を海から外し、私に笑いかけます。ただ無理に笑みを浮かべていて若干引き攣っていることからも、相当辛いのは感じ取れます。


「見ましたかお姉様。わたしったら凄いですね。こんな神がかり的な奇蹟だって起こせちゃうんですよ」

「無茶な! 聖国の人を全員逃がす規模の奇蹟を行使して負担が軽いわけがないでしょう!」

「ええ、さすがにちょっときついです……。ルクレツィア様に少し補助してもらってますけど……」

「待っていなさい、私も助力します」


 私には脱出の奇蹟は使えませんが、奇蹟を行使するセラフィナの負担を治療の奇蹟で和らげることは出来ます。

 私が神に祈りを捧げて手のひらをセラフィナの方へと向けます。わずかに淡く輝き、優しく放たれる光の粒子がセラフィナを包み込みました。

 セラフィナが目を大きく見開きます。


「お姉様!? 駄目です! みんなの前でそんなことをしちゃったら……!」

「もう今更です。聖国で危機を乗り切るために何度も人前で見せてしまいました」

「そんなっ……!」

「それを言うならセラフィナだって脱出の奇蹟を見せてしまうなんて。逃亡の魔女との関連性を疑われてしまうでしょう」

「それは、背に腹は代えられなかったんです。お姉様をお助けするには神託に従うしかなかったですし、エレオノーラ様まで神託をお聞きになったみたいでしたから」


 神よ、もう試練はうんざりなのですが。私は神が期待されるほど過酷な道を乗り越えられる強さは無いのです。全てを救う使命を託すのであればどうしてこんなにも女の子としての幸福を願う心を許したのでしょうか?


 リッカドンナの後に続いた兵士達も半数近くが陸に上がり、水平線の彼方まで続いていた列もようやく最後尾が見えてきました。どうやら追撃戦が行われている様子もなさそうです。安堵でほっと胸を撫で下ろしたのですが……まだ早かったようです。


 最後尾の向こう、彼方にとても小さな影が見えてきました。目を凝らして確認すると、無理やり悪路を走りこちらを追う獣人達の部隊ではありませんか。


「まさか……!?」


 その先頭は四足走行をするマジーダの姿が見えます。馬より遥かに速く猛追しているのか見る見るうちにこちらとの距離を縮めてきます。


「セラフィナ、追手が迫っています! 教典で聖者が迫りくる敵を洗い流したように奇蹟の中断を!」

「えっ!? ちょ、っとそんなの聞いてないんですけど! まあやってみますけど!」


 セラフィナは天に掲げた手を合わせました。視界に映る限りでは何も変化は見られませんが、おそらくは聖国側から段々と海が戻っているのでしょう。焦りが段々と増していったところでようやく水平線の彼方から海が閉じていくのが確認出来ました。


 追跡者達が次々と海へと飲み込まれていきます。彼らには既に退路は無く先に進むしかありません。しかし進むより海が元に戻る方が早く、目に見えるように獣人達は数を減らしていきました。


「神よ……我らの罪を許したまえ」


 屈強なる獣人兵が海の藻屑と消えていく様に教国兵や聖職者の多くは蛮族共に神罰が下ったと歓喜の声をあげました。しかし私は同じ神を信仰する人が亡くなる惨劇をただ眺めるしかありません。戦争だったとはいえ、私はまた多くの命を奪ったのです。


 ところが、そんな私達にお構いなく突撃する者もいました。言わずもがな、マジーダは海が閉じる前に跳躍し、港の桟橋に着地したのです。戸惑う我々の隙を突くように疾走、彼女の爪と牙が向けられる先は……セラフィナ!?


『てめえの仕業かぁ!』

「危ない!」


 奇蹟の発動に注力していたセラフィナを庇うように抱き抱えつつ自分の背中を盾代わりにマジーダへと向けます。この場には大勢が集っていますから少しでも時間が稼げれば皆さんが対処してくれる筈です。


 しかし私を襲う痛みは一向にやって来ませんでした。と申しますのも、マジーダと私の間に大楯を構えたチェーザレが割り込み、彼女の爪を防いだのです。金属が裂ける轟音が響き渡りましたが、反撃の剣の一振りを回避すべく一旦距離を置きます。


「マジーダ姫! 手勢を失った貴女はもはや孤立しています! これ以上の戦いは不毛です!」

『はっ、あたい一人でもテメエ等を仕留めるには十分だよ』

「もはやここは聖地ではなく、教会総本山のある聖都です。先ほどまでは聖地奪還を掲げたマジーダ姫方にも正義があったのでしょうが、ここで踏み込めばそれはただの侵略行為ですよ」

『……っ。それがどうした! どうせ立て直したらまた聖地を奪おうとするつもりなんだろ! そうはさせるかよ……!』


 事実を突き付けて一瞬だけひるんだものの、マジーダは怒りを優先させて不安を振り切ります。更に素早く視線を走らせて捉えた対象は……アレッシアか!


『まずは一番ヤバいテメエからだっ!』

「……!? まずい!」


 地面を蹴ったマジーダは目にも止まらぬ速さで人ごみを掻い潜ってアレッシアに迫ります。まずい。唯一対抗出来そうなルクレツィアは少し離れていますし、私が活性の奇蹟で補助した騎士を向かわせるのも間に合いません。


 万事休す、と覚悟したその時でした。外套と頭巾で身体と頭部を覆った者がマジーダの前に立ちはだかり、彼女の腕を掴みました。袖口から見える手首の細さや体格からするとまだ子供だと思われますが、掴まれたマジーダは微動だに出来ません。


「大丈夫ですよ、お姉様」

「セラフィナ?」

「神託を授かったのはわたし達だけじゃないですから」


 マジーダは拳や蹴りを繰り出すものの防御を固めたその者に有効打は与えられません。それどころか攻撃の隙を突くようにマジーダの腹部に拳がめり込みます。腕を掴まれているせいで勢いを殺せず受け身も取れない彼女の身体が深く折れました。


 顔を苦痛で歪ませた彼女は口元を押さえて何かが口から出るのを抑え込みます。正体不明の者がよろけたマジーダの胸骨辺りに手を添え、思いっきり突き飛ばします。マジーダの身体は桟橋を転がり、海に落ちる前にかろうじて手をひっかけて逃れました。


『なんだと、テメエ……!?』


 試練のために立ちはだかった神すら退ける天闘の奇蹟を授かったマジーダが手も足も出ないなんて。私にはそれを可能とする存在を一人しか考えられませんでした。体躯や正体を隠す様子がその予想を裏付けています。


『あたいは天闘の寵姫、マジーダだぁぁっ!』


 咆哮をあげて襲い掛かったマジーダでしたが、逆に殴り飛ばされた彼女は空高く舞い上がり、水しぶきを上げて海に落ちていきました。誰もが、特に直に彼女と対峙した聖国軍兵士や遠征軍兵士達はただ一方的な勝負を眺めるばかりでした。


 それこそ人がなすすべない災厄を退ける奇蹟、竜退。

 そう、ガブリエッラの奇蹟を継承したトビアがやってくれたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうでもいいからさっさと基地外(マジーダ)を殲滅してほしい
[良い点] さすが三姉妹、揃っちゃうと無敵。 で全員で逃げ出すんですね。(真顔 実家は大変だろうけど 命と尊厳には変えられん。 長女だけは「既成事実つくったから 聖女できません」言えるけどなー。 […
[一言]  エレオノーラの閑話は、作る予定がありますか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ