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私達は聖地を放棄しました

「申し上げますリッカドンナ様! アウローラ様方が戻られました!」

「本当!?」


 聖地に居を構えた市民の避難がほぼ終わりに差し掛かり、次は市街地を囲うよう配備されていた聖国軍と遠征軍の撤退準備に追われていた頃でした。その報告は久しぶりの吉報であり、それを聞いたその場に居た者は誰もが喜びの声をあげました。


 戦争が始まる前に私達が奉仕活動をしていた遠征軍の駐屯地に向かうと、大勢の兵士達が疲れ果てた様子で休憩していました。そんな中、リッカドンナの姿を捉えたアウローラが一生懸命駆け寄ってきて、彼女を抱き締めました。


「リッカドンナちゃん! 無事だったのね! もう心配で心配で……!」

「あ、アウローラ様苦しいです少し離れてください……!」


 ぎゅうっと擬音を付けたくなるぐらい強く抱き締められたリッカドンナの顔はアウローラの胸にうずめられてしまいます。わりとアウローラの胸が豊満だったためかリッカドンナは解放された後大きく息を吸ったり吐いたりしました。


「申し訳ありません。聖地守護の任務を果たせずに……」

「仕方がないわ。それだけ彼らが本気だったってこと。わたしが留まっていても時間の問題だったでしょうね」

「……多くの人を死なせました」

「リッカドンナちゃんは頑張ったわ。神様だって許してくれるわよ」


 こうしてみると本当に母娘のようですね。先ほどまでは私達の先頭に立って立派な姿を見せてくれたリッカドンナも、自分の弱さをさらけ出せる相手がいるのは救いなのかもしれません。


 ようやく満足してアウローラはリッカドンナから離れ、リッカドンナはみっともない真似をしたと謝罪。親しい絆を見せてくれた二人は聖女の顔に戻っていました。なごんでいた双方に付き従っていた神官や騎士達も顔を引き締めます。


「聖地が攻められてるって報告を聞いて強行軍で戻って来たから、ここにいる兵士さん達は戦力として数えられないわ」

「もう一度聖域の奇蹟を発動出来ないんですか?」

「広範囲に聖域をかけようとするには相応の儀礼が必要なの。夜通しで準備すればやれなくはないけれど、きっとすぐ壊されちゃうわよ」

「……やっぱり、ここは明け渡さなきゃ駄目なんですね」

「ええ。リッカドンナちゃんの決断にこっちも従うわ」


 ふと窺うと先ほどまで疲労困憊な様子で座り込んでいた兵士は駐屯地の撤収作業に入っていました。おそらく一睡もせずに戻ってきてくれたでしょうに、本当にお疲れ様です。安息の奇蹟を施したいのは山々ですが、彼らにはまだ張り切ってもらわねば。


「事情はさっき聞いたわ。女性や子供を優先させて逃がすのよね」

「はい。男性には総出で戦ってもらって港のある沿岸地区を維持してもらおうかと思います。何とか踏みとどまれたら次の便で脱出出来ますから」


 あ、ちなみにこの解決策は私が提案しました。一回で半分ほど詰められるのなら、一旦女子供を遠東島国に降ろした後、空になった船には聖国に戻ってもらい、今度は乗せきれなかった男性を避難させるんです。


 ……なお、あくまで聖国市民のみを勘定すれば、の話です。聖国を守るために派遣された遠征軍は頭数に入っていません。彼らが脱出するには三往復目が必要となります。どんなに急いでも十日前後はかかるでしょう。


「聖地を明け渡して許してもらえないかしら?」

「あたし達を根絶やしにしようとする過激な奴もいますから、難しいかと」

「でも逃げるなら追わないって考えてる人達もいるんでしょう? 必死に抵抗したら考えを改めてもらえるかしら……?」

「相手がどう転ぶかまではあたしには……」


 聖国軍は城壁内側から徐々に撤退を開始しました。完了すると次に城壁を守っていた部隊が港のある西側へと退却を進めます。最後に遠征軍がしんがりの形で寂しくなった聖地の市街地を突き抜けていきます。


 アウローラは彼らを守るべき最後尾で同行しました。リッカドンナや私達はそんな彼女を守るべく固まりました。どうせラーニヤの遠見の奇蹟で私達の動向は把握されているんです。分散するよりは追手に対処しやすいでしょうから。


「聖女様! 敵陣営に動きが見られます! おそらく夜襲を仕掛けてくるかと!」

「……! やっぱり動いてきたわね!」


 もぬけの殻となった聖地を奪還すべく動き出すのは想定の範囲内。逃げ惑う私達より聖地の方がはるかに重要でしょうから、占領作業で少しは時間が稼げるでしょう。現に鬨は聞こえてきますがこちらに迫ってくる様子はありません。


 やがて敵兵士達が掲げた松明でしょうか? 明かりが段々と聖地へと向かっていくのが分かりました。なだれ込むように、との表現が正しいでしょうか。その付近だけがとても明るくて夜明けが来たのかと思ってしまうほどに明るかったです。


「あ、あああっ……!」


 私達が無事聖地を脱出した頃でしょうか。丘の上に立つ建物からいくつも炎が立ち上り始めたのは。良く確認すると市街地の方からも煙が出ているようです。おそらくですが、異教徒の建造物を焼き払うために火を放ったのでしょう。


 教会の権威を誇示していた大聖堂は火だるまとなって崩れ始めていました。まあ、どうせあの国王達が教会圏諸国からの寄付金で無駄に豪華に建造したんでしょう。むしろ燃え尽きてせいせいするぐらいですね。


 市街地からは布を引き裂くような悲鳴があがりました。避難指示に逆らって留まった者ばかりでしたから、最後まで聖地を守ろうと無謀にも立ち向かったか隠れ潜んでいたのに見つかったかのどちらかですか。天に召されて救われることを祈りましょう。


「嗚呼、燃える。聖地が燃えている……!」


 誰もが抱いていた動揺を口にしたのは聖域の聖女アウローラでした。リッカドンナよりはるかに長く聖地の守護に就いていた彼女の衝撃は計り知れないものがあるのでしょう。そうするしかなかったと分かっていても嘆いてしまう程に。


 そして、聖地にそびえる聖国の城。側防塔に掲げられていた旗は灰になって消えました。代わりに自分達の旗である三日月の旗を掲げる者が逃げる私達を見下ろしていました。彼女はざまあみろとばかりに誇らしげです。


「天闘の寵姫、マジーダ……」


 彼女はこの瞬間、とうとう獣人達の悲願であった聖地奪還を果たしたのです。


 我々がいた痕跡は聖地の汚点だとばかりに焼き払い、やがて彼女達の聖地として復興を始めるのでしょう。もう私達は二度と聖地には戻ってこれないでしょうね。再び遠征軍を起こしても二度と奪われてなるものかと必死に防衛されるでしょうから。


 ここに聖地は陥落し、私達は聖地を脱出する他無かったのです。


 ■■■


「申し上げます。敵軍は聖地を占領後、動く気配がありません」

「そうですか。ご苦労様です、下がりなさい」


 どうやら読み通り獣人達はまず聖地の確保を優先させたようです。もう抗う力が残されていない私達を討つのは後回しで良い、との考えが透けて見えます。せいぜいこの冷静な分析を利用させてもらうとしましょう。


 ようやく一息付けた遠征軍はすぐさま休息に入りました。今晩の見張りは聖国軍が対応することで話がついたそうです。一晩では完全には疲労が抜けないでしょうが、休まないよりははるかにマシでしょう。


「アウローラ様も寝ていませんよね。今晩だけでもお休みください」

「そんなわけにはいきません……って言いたいのだけれど、さすがに疲れたわ。お言葉に甘えさせてもらうわね」

「あ、そのまま寝るんじゃなくて湯あみをなさってください。そのためにわざわざ火を起こしてくれたそうですから」

「あら、そうなの? じゃあ折角だし身を綺麗にしようかしら。ふふっ、あまりに気持ちよくて明日はお寝坊さんになっちゃうかもね」

「それでも構いません。あたしだって聖女になったんです。その分頑張りますから」


 アウローラもリッカドンナの進言を聞いて就寝しました。リッカドンナは何かあった時のために起きていると言いましたが、神官達が有事の際は起こしますからと反対。結局聖女の方が折れて眠りに付くこととなりました。


 私は遠慮なく夢の世界に旅立たせていただきましょう。聖女は奇蹟を起こすために精神力が大事なのですから、寝ぼけた頭では話になりません。かつては自分に奇蹟を施し続けて何日も起きたまま活動した聖女もいたそうですが、私は自分に奇蹟を使えませんので。


 風呂は入りました。こういう時聖女候補者の立場は便利がいいですね。温まった身体で寝具に潜り込み、張り詰めた空気に晒されて肉体面でも精神面でも疲れ果てていた私はあっという間に意識を手放す、つもりでした。


「キアラ、ちょっといいか?」


 チェーザレが訪ねてくるまでは。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  敵(皇帝)のハーレムは、何人で構成されているのかな? [一言]  この世界の広さは、どれぐらいの大きさなのだろう。
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