私達は今後の方針を話し合いました
結局私達はその後寵姫達を阻止出来ず、政務を担う聖国内でも爵位の高い貴族達が命を落とすこととなりました。更に引き上げる彼女達を捕まえられず、世界を照らす太陽が昇る頃に去っていく彼女達の背を眺めるのが精一杯でした。
もはや聖国という国は運営自体が成り立たなくなるまで蹂躙されてしまったのです。
自分達の無力さを思い知らされた者達が王宮へ戻っていく様子はさながら葬式に参列した人を見ているようでした。皆が一様に魂が抜けたかのように気力を失っており、絶望一色に彩られたと申していいでしょう。
「国王も貴族達もみんな暗殺されて、アウローラ様の聖域の奇蹟は破られて、敵の大軍がすぐ傍まで押し寄せてきてる。もう詰んでるじゃないの……」
そんな中、リッカドンナだけはいら立ち紛れの思いつめた表情をさせながらも目の輝きを失っていませんでした。胸辺りにかかった自分の髪を指でいじりつつ何か小さく呟きます。周りの縋るような眼差しを全く意にも留めていません。
「聖域の結界が攻略されて国を動かす君主や臣下、国を守る軍の将校達も殺された。もうどうあがいたって勝ち目は無いわ」
リッカドンナは聖女の立場を利用して生存している有力な貴族を集合させました。一応政務に携わった経験のある者ばかりでしたが、夜会で挨拶に来た重役達に比べれば格落ち感が否めません。あくまでも体裁だけ取り繕ったと解釈すべきですか。
リッカドンナはそんな代役達に真っ先に現実を突き付けます。聖女に意見を申し立てる度胸のある者はおらず、誰もが俯いたまま何も言おうとしません。むしろ自分に意見を振られても困ると存在感を消そうと縮こまる者までいる始末でした。
「し、しかし浄化の聖女様。我らはまだ負けてはおりませんぞ。聖域の聖女様が同行している平定軍が戻れば蛮族共を挟撃出来ます」
「獣人達はアウローラ様方が当面戻ってこれないのを見越して聖地を攻略しに来たんでしょう? 遠見の奇蹟を与えられた寵姫が見通しているわ」
「で、では平定軍に使者を送り、聖域の聖女様にだけ帰還いただいては……?」
「一旦防衛線を後ろに下げた辺りでもう送ったけれど、間に合うかは微妙ね。こっちは攻められてから一日しか経っていないのにこのザマだし、あっちは出発したのは何日も前でしょう?」
何とか貴族の一人が意見を出しましたがリッカドンナは畳みかけるように論破しました。再び沈黙が室内を支配して重苦しい雰囲気になってしまいます。リッカドンナは深くため息を漏らすと瞳だけ動かして周囲を見渡し、口を開きます。
「あたしはあまり戦争とか詳しくないんだけれどさ、普通攻城戦って城を大軍で取り囲むものなんじゃないの?」
「聖地を攻める軍勢を捻出出来なかったのでは?」
「向こうから言わせればこっちは聖地を奪った侵略者。この戦争は聖地を奪還する聖戦に他ならないわ。出し惜しみなんてするわけないでしょう」
確かに現在聖国はアウローラを北東側におびき寄せる陽動の軍と寵姫を伴って南側から聖地に攻めてきた本軍に脅かされています。既に市街地の傍まで進攻された今、聖域の奇蹟に沿って聖地を包囲してもいい気がしますね。
「聖国は物資や兵站を海路に依存してるんだから、あたし達が干上がるように聖地と沿岸部を分断するよう回り込むものなんじゃないの?」
「……確かに未だに市街地と港との行き来に不自由はありませんな」
「港を含んだ聖地全域を覆ってた聖域の奇蹟は真っ先に壊されたんだから、やろうと思えば簡単の筈なのに、よ。停泊してる船だって無事なんでしょう?」
「では蛮族共があえて逃げ道を開けていると?」
おそらく聖地さえ奪還出来れば私達が全滅しようが逃げようが関係ないんでしょうね。異端者死すべし、との過激な考えを持つ輩がいるとも限りませんが、追い込み過ぎるとやぶれかぶれの反撃で手痛い目を見る可能性も拭えません。戦わずして終わるならそれに越したことは無いでしょう。
「敵の侵攻は何とか阻むとして、聖国国民全員を逃がす船は準備出来そう?」
「極めて厳しいかと……。たとえ船荷を人に変えて無理に詰め込んだとしても、航海中の食糧が足りません」
「陸路で教会圏の国まで逃げるには距離が遠すぎるし……。昨日の夜会でも国王には進言したけれど、やっぱり降伏した方がいいんじゃない?」
「せ……聖女様は聖地を異教徒共に明け渡すと仰るのですか?」
昨日リッカドンナが現実的な案を国王にぶつけた際は鼻で笑われましたが、今度の貴族達の反応にはあからさまな戸惑いがありました。やはり君主や有力者を失って大義よりも命が惜しくなり始めたのでしょう。今の私はそれを罪や恥とは思いません。
「じゃあ最後の一人まで徹底抗戦して無駄死にしたいの? 勝算があるなら聞いてもいいわよ。素人のあたしには全然思いつけないから」
「ろ……籠城策は如何でしょうか? 聖域の聖女様が戻られるまで耐えれば……」
「たった一日で市街地付近まで迫られた挙句に国王を討ち取られたのに? 昨晩だってあたし達が散々追い回したのに結局寵姫達は捕まえられなかったし。きっと彼女達、唯一対抗できる奇蹟持ちのあたし達を避けるよう立ち回ってくるでしょうね」
昨日はまだ単身で突撃しても討ち取れる自信があったから無謀を冒したのでしょう。しかし私達が彼女達に引けを取らないのだと分かった今、私達から逃げつつ戦場を縦横無尽に駆け回られたら対処しようがありません。私達の行動はラーニヤに筒抜けですから。
「降伏して相手側の譲歩を引き出すか、アウローラ様方の帰還に望みをかけるか。今すぐ決めて頂戴」
「い、今すぐですか!?」
「当たり前でしょうよ! 聖域の結界は全部破られた今、あたし達はもう崖っぷちに立たされてるのよ! 明日の太陽を拝めるかも分からないのに悠長な事言わないで!」
リッカドンナが畳みかけるように怒鳴ると貴族達は皆目に見えて狼狽えました。もはや聖地守護を唱える者はいないのだとその様子だけで分かりました。これも見越してマジーダ達は理想を掲げて現実を見ない夢想家をその手にかけたのでしょうか?
「……分かりました。浄化の聖女様の仰る通り、人の命には代えられませんな」
その後、煮え切らない貴族達は意見を交わしましたが有効な打開策は見いだせず、結局最後はリッカドンナの意見に賛同しました。こうして多くの資金、資材、人材を投入して奪還した聖地は再び失われることとなったのです。
「しかし浄化の聖女様。国王陛下や宰相閣下方が亡くなった今、交渉に臨める者がおりません。本来なら我々の中から代表者を選ぶべきなのでしょうが……」
「言い出したのはあたしだからあたしが交渉に行くわ」
「「「……っ!」」」
「なりません聖女様!」
貴族がリッカドンナのお伺いを立てる有様は正直な話気に入りませんでした。リッカドンナが初めから自分が赴く気だったから良かったものを、保身のあまりに聖女に責任を押し付けようとする浅ましさには辟易します。
案の定お付きの神官がリッカドンナを咎めましたが、折角まとまりかけてたのに余計な真似を、と嫌悪感を顔に出した貴族が少なからずいました。……ここまで教会と聖国の認識が乖離していると、どうして教会直轄領にしなかったのか疑問が湧きますね。
「聖地が失われる今、貴女様は聖都まで無事帰って頂かねばいけません!」
「交渉の席に聖女を引っ張り出すのも狙いの一つなのかもしれないわね。相応しい存在がもうあたし以外いなくなっちゃってるんだもの」
「せ……聖女様がそのように仰られるのなら、わたくし共が命を捨てる覚悟でその身をお守りいたします」
「……いえ、多分その必要は無いと思うわ」
リッカドンナは一同から視線を逸らして窓の外を眺めました。追い込まれた私達の心境とは裏腹に空は僅かに雲がかかる程度に済んだ青色が広がっています。暖かな日差しが降り注ぐ聖地の街が広がっていますが、この景色も過去のものとなるのでしょうか?
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結論から言いますとリッカドンナの予想通り彼女は護衛を伴わずに獣人達との交渉に臨むことになりました。同伴者は私のみ。そして相対するのは寵姫二名。両軍の陣地の中央まで歩み寄り、会談を行いました。
『いいぜ。聖女とか呼ばれてる奴らの身柄と引き換えならな』
そして、マジーダは決して受け入れられない条件を突き付けてきたのです。




