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私達は撤退に成功しました

 撤退する道中で騎士達やチェーザレ達も倒れる者を担ぎました。アレだけ言った手前、私もアレッシアと一緒に負傷者を運ぼうとしたのですが、聖女にそんな真似はさせられないと騎士に怒られてしまいました。


 相手方の進軍速度はラーニヤの戦線離脱とマジーダの混乱、そして何より聖国側の奮戦もあって緩くなっていました。内側の城壁が見えた辺りで振り返ってもまだ敵軍の姿は遠く、この調子なら追い付かれる心配はありませんね。


「キアラ、アレッシア! 早くこっちよ!」


 城壁の上からリッカドンナが私達に呼びかけてきます。もう叫んで返事する気力も惜しかったので何とか手を振って答えました。ここまで来ると周りの兵士達も多くが安堵の表情をこぼしていました。 


 何とか城門を潜って、人が密集していない奥まで進んで、疲れ果ててその場にへたり込みました。荒くなった息を整えるべく何度か深呼吸して、青空を見上げました。戦場だと思わせないぐらい穏やかに雲が流れていました。


「聖女様のお帰りだ!」

「よくぞご無事で!」

「……は?」


 で、何故か聖女の凱旋だとばかりに出迎えられました。もういちいち否定する気力も残っていないのでされるがままです。生返事だけ返しつつ呑気にも懐かしいなあと思いました。奉仕への感謝はやはり報われたんだって嬉しい気持ちになりますから。


 そんなザマな私に代わって随伴した騎士達がリッカドンナへと一部始終を報告しました。ラーニヤの撃退にはよくやったわと喜び、マジーダの跪きには驚愕を露わにして深刻な表情を浮かべました。


「アレッシア……アンタ、とんでもないことをしでかしたわね」

「え……? わたし、そんないけないことをしましたか?」

「いけないも何も、アンタがやったのは――!」


 そこでリッカドンナは大聖女アンナの偉業をアレッシアや他の者達に語って聞かせました。周りは慈愛の大聖女の再来だと大騒ぎですし当のアレッシア本人は困惑するばかりです。まあ、普通自分がそんな偉人と同等な存在だなんて思いませんよね。


 ですがリッカドンナは最初にアレッシアと出会った時の喜びようとは打って変わり、真剣な顔をして彼女と向き合いました。その様子にアレッシアは戸惑いと不安を感じたようで、少し怯えました。


「いい? 慈愛の奇蹟はとんでもない代物よ。それこそこれからの歴史を左右するぐらいのね」

「慈愛……わたしにそんな奇蹟が?」

「何が何でも聖都に来てもらって聖女になるための教育を受けてもらうわ。それで聖女は何たるか、奇蹟はどう使うべきかををしっかり勉強しなさい」

「は……はい」


 物凄い剣幕だったものですからアレッシアの返事は反射的でした。それでも返事には変わらないと満足したリッカドンナは負傷した兵士達の治療に取り掛かりました。と言うより私達が戻ってくるまでの間ずっとそうしていたようですね。


 私も手伝おうと足を踏ん張りましたが膝に力が入りません。そのまま傾く身体をチェーザレが支えてくれました。礼を述べたのですが彼から無茶をするなと叱られたので大人しく体力回復に専念するとしましょう。


「命にかかわらない人は全員医者に診てもらいなさい! あたしは生死をさまよう人だけを見るから!」


 後退する兵士達が後から次々と門を潜ります。怪我人は不安なのか真っ先にリッカドンナに診てもらおうとしますが、大半は一蹴されて奥に向かいました。人手が足らないので役割分担は重要です。


「リッカドンナ様! 敵の姿が見えてきました!」

「ぎりぎりまで門は開けておきなさい! 一人でも多くの命を助けるのよ!」


 敵の到来が告げられたのは私がようやく立てるぐらいまで体力が戻ってきた頃でした。


 内側から階段を駆け上がって城壁から見下ろすと、獣人の軍勢がすぐそこまで迫ってきているのが分かります。しんがりを務める部隊が見る見るうちに削られていくのも見えました。ここまで来ると助かりたい一心で全力で逃げてくる者も続出しています。


「リッカドンナ様。ここの城壁は先ほどまで守っていた外壁より低いのですが、死守できる算段があるのですか?」

「あたしもこっちに来てから知ったんだけれど、アウローラ様が張った聖域の奇蹟って三重構造なんですって。丁度この城壁が二枚目よ」

「なんと……それは初耳です。けれど確かここの内側は……」

「そうよ。畑が結構な割合を占めてた外周区画とは違うわ。人が多く住む市街地区画が後ろには広がってる」


 万が一に備えて幾重にも奇蹟を施したアウローラの先見性は素晴らしいと思いますが、結局のところは先ほどの繰り返しとなるだけな気がしてなりません。リッカドンナや軍の将校達もそれは承知のようでして、城壁上には数多の弓兵を並べていました。


「黒猫めが見えてきたら一斉に射かける、でよろしいですね?」

「何が何でもアイツに近寄らせないで。次に聖域の奇蹟を割られたらあたし達はお終いなんだから」

「勿論皆分かっております。危険ですから聖女様はお下がりを」

「どこにいろって? もうここまで迫られたらどこにいたって同じよ」


 将校とリッカドンナは不安を振り払うように入念に打ち合わせます。チェーザレも武装を弓に切り替えて私の傍にいてくれますし、トリルビィも引き続き弓を手にしていました。私は一応ボーガン装備ですがお役に立てそうにはありません。


 やがて、しんがりの部隊を突破してこちらに向かってくる影が一つ。四本の脚で大地を駆ける黒猫……いや、もはや黒豹と形容した方がいいですね。天闘の寵姫マジーダは無数の矢のあられを見事なほどに掻い潜っていきます。


「なんて奴だ……! 何故避けられる!?」

「驚いてないで続けなさい! 何としてでも阻むのよ!」


 瞬く間に距離を詰められて一同に焦りが生じます。必死に矢を射かけても回避され、偶然命中しても致命傷に至らない箇所に刺さるだけ。彼女の疾走を止めるまでには至りません。敵側の援護射撃は聖域の奇蹟で阻んでおり一方的に攻撃しているのに、です。


 そして、ついにマジーダに聖域の目前まで迫られました。彼女はそこでようやく立ち上がって爪を立てた腕を振り上げます。そしてその鋭い爪がまたしても奇蹟を引き裂かんとする間際でした。


「駄目です! もう争いを生まないで!」


 身を乗り出したアレッシアがマジーダに呼びかけたのは。


 それでもマジーダは止まりません。そのまま爪が聖域の奇蹟にかかり……目の前の景色が気持ち悪いぐらいに波打ちました。しかし先ほどのようにあっけなく砕け散ったりはしません。やがて波は収まり前方は先ほどと同じ景色が広がりました。


 マジーダが聖域の奇蹟を攻略するのに合わせたんでしょう、敵側の攻城兵器である投石器から岩が投げ放たれました。それは城壁を打ち砕かんと降り注ぎ……聖域の奇蹟に激突、轟音を立てて崩壊しました。


「これは、もしかして……」


 この現象を見た誰もが戸惑いました。しかしやがてその現象を理解した後の反応は真逆で、こちらは歓喜の声をあげ、敵側には動揺が走りました。そんな筈はないとばかりに向こう側から矢が無数に放たれましたが、結果は同じ。こちらに届く前に落ちていきます。


『そんな馬鹿な! あり得ねえ! あたいが砕けない障害なんて無いんだっ!』


 マジーダは必死になって爪を振り下ろしたり蹴りを入れたりしますが聖域の奇蹟は揺るぎこそしますが破壊されません。次第にマジーダの爪が割れ、剥がれ、指や手が傷ついていきます。それでも彼女は止まりません。


「マジーダ姫! 今の貴女はアレッシアの慈愛の奇蹟の影響がまだ残っています! そんな状態では天闘は本来の奇蹟を起こせませんよ!」

『……っ!?』


 さすがに見ていられなくなったので私から現実を知らせます。彼女もただ認められなかっただけでもうこれ以上は無駄だとは悟ったらしく、悔しそうに一撃だけ聖域の壁を殴ると、もと来た道を戻っていきます。


「……退けたの?」

「……みたいですね」


 もはや聖域の奇蹟に打つ手が無くなった獣人軍は戦闘を止め、後退を開始しました。さすがに撤退まではせず、肉眼で確認できるもののこちらの攻撃が届かない距離で止まり、陣営の構築を始めたようです。


「何とか、なったようね……」


 勝利宣言にはまだ早いです。依然としてこちらが攻められているには変わりありませんから。ですが、敵の軍勢を退けたのには変わりありません。聖国軍の兵士達は勝鬨をあげて士気を高めていましたが、リッカドンナは現実を見据えてほっと一息つく程度でした。


 その小休止の立役者となったアレッシアは皆から大聖女の再来だと讃えられていました。混乱する彼女は私に救いを求める眼差しを送ってきますが、さすがに巻き込まれるのはごめんです。微笑んでごまかしておきましょう。


「今回はアレッシアに救われたけれど……今度は相手も万全の状態で攻めてくるでしょうね」

「しかも相手には遠見の奇蹟を授かった寵姫ラーニヤもいます。おそらくはアウローラ様が戻る前に決着をつけようとするかと」


 ですが依然として不利な状況に変わりはありません。マジーダをどうにかしない限りは防戦一方でしょう。


 ……いえ、そもそもこの戦いで勝利を収めてもいずれはまた新たな寵姫を伴って敵が攻めてくるに違いありません。つい加担してしまっていますが、やはり当初の目的であるアウローラの帰還に結びつくようにせねばなりませんか。


 だとすれば、いかに犠牲を少なくして負けるかも検討の余地があります。

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[気になる点] キアラの策士ぶりに楽しみ。
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