私はまたまた神託の聖女を騙しました
「ねえキアラ。あの後大変だったんだけれど分かる?」
「いいえ、分かりません」
「結局野良聖女は取り逃がしちゃうし、私は簡単に気絶させられちゃったし」
「訓練不足ですね。近接戦闘術を学ぶべきかと」
あれから数日経過し、いよいよトビアが聖女適性検査を受ける日になりました。
立会人であるルクレツィアがいち早く家を訪れ、こうして私と談笑を弾ませます。
ルクレツィアと生徒会長はあの後貧民街の民家で目覚めたそうです。野良聖女の願いもあって一晩の屋根を貸したが起きたならとっとと出て行ってくれ、とばかりに追い出されたそうな。強引な捜査は市民の不信感を買うだけに終わったようです。
聖女であるルクレツィアは処罰こそされませんでしたが始末書を書かされたと嘆きました。野良聖女が民衆を扇動する様子はない、と記して報告書を提出したそうなので、野良聖女が追われる心配は薄まった、と仰っていました。
で、その野良聖女ですが、あれから出没しなくなりました。自分達の聖女がいなくなったとの嘆きが貧民街中から発せられたのは余談として、当の野良聖女ことカロリーナ先生は新たな地へと旅立つ決意を固めたんだそうです。
「繁栄する都市には闇があってカロリーナさんはそこに光を当てたかったんっすよ」
「立派な考えだと思います」
「でもここよりもっとカロリーナさんを必要とする土地はいっぱいあるんっすよね。教会の方針に抗うのはあくまで手段で、人々を救うのが奇蹟を授かった女の使命っすから」
かつて先生は正式な聖女候補者として修業を積んだそうですが、聖女には選ばれなかったんだとか。ルクレツィアやフォルトゥナ、リッカドンナ辺りと近い年代は豊作だったので選出される水準が高かったとか何とか。
しかし、聖女とならなかった候補者は奇蹟を行使しないことを条件に日常へと戻れる筈です。でなければ奇蹟の大安売りとなり聖女の価値が下落してしまいますからね。神の奇蹟の一端を担う聖女は神の選ばれし者のみ、との教会の触れ込みが崩れますから。
そんな疑問に対する先生の答えは……、
「枢機卿の中にも教会の現状に危機感を抱く方がいるってことっすよ。カロリーナさんが名前を記した誓約書にも抜け道があるんっすね」
だ、そうです。
この調子でいけば宗教改革の成就もそう遠くない未来かもしれませんね。
「それで先生。学院は本当に辞めてしまうんですか?」
「カロリーナさんにはやるべきことがあるっすからこんな所でのんびりなんかしていられないっす。教会に見つからないうちに姿を消さなきゃ」
「残念です。先生の授業は楽しかったですから」
「そう言ってもらえると教師冥利に尽きるっすね」
先生は聖都どころか教国連合を離れて西に向かうそうです。近いうちに大規模な戦争が起こる兆候があるらしく、助けられる人を助けに行くんだとか。利権や利益を二の次にして人を助ける姿勢、立派だと思います。
「カロリーナさんはキアラさんがどうして聖女になりたくないのかは分からないっす。けれどその奇蹟はカロリーナさんなんかよりずっと多くの人を救える筈っす」
「……そうですね。ですが私は神の言葉を受け入れられる程純粋ではなくなってしまったので」
「そうっすか。また向き合えるといいっすね」
「そんなのごめんです」
先生の旅立ちを見送った際はこんな感じに言葉を交わしましたっけ。
突然の退任に学院は一時大騒ぎになりましたが、今では落ち着きを取り戻しています。ただ影響は残っていまして、特に担任だった私のクラスや顧問だった魔女研究会はまだ引きずっています。
「我々には聖女の冤罪を晴らす使命がある。カロリーナ先生がいなくなろうと果たさなければならない!」
とまあこんな風に会長さんは意気込んでいるんだとか。そのうち我々の冤罪も晴れる日が……いえ、過度な期待をするのはよしましょう。私の聖女としての生はとっくに幕が下りているのですから。
そして、ガブリエッラは次の朝トビアと語り合ったようです。これまで一方的に言葉を投げかけていた相手からの接触に混乱するばかりだった下の妹を落ち着かせるため、私も真実を明かしました。
私からガブリエッラと共に生きよなどと言うのはおこがましい。トビアの人生はトビアのものですから、前世を受け入れるか捨てるかは彼女に任せる他ありません。決定する勇気が持てないならそばにいてあげられるぐらいですから。
「姉さん。僕、ガブリエッラと話し合ったんだ」
「それで、どうすることにしましたか?」
「やっぱり聖女は目指さないことにした。けれど神様から頂いた奇蹟を持て余したくはない」
「では、やはり……」
「うん。学院を卒業するぐらいまで成長したらカロリーナみたいに世界中を旅して回りたい」
数日間真剣に己の運命と向き合った末、トビアは新しい決意を私に表明しました。あれほど酷い裏切りを受けてもなお貴女様は人を救い続けるのですね、と心の中で改めてガブリエッラを尊敬いたしました。そしてそれを受け入れたトビアの成長にも。
ああ、ちなみにセラフィナは脱出の奇蹟で教会総本山敷地内の寮から抜け出ただけなのであの後戻っていきましたね。トビアが女の子だとはセラフィナも知らなかったらしく大変驚いていました。原作乙女げーむとの差異についてはまたの機会に打ち合わせますか。
「それで、私はただ検査の一部始終を見届ければいいのね?」
「ええ。手筈通りに。狼狽えるだろうエレオノーラ様を抑えていただけると上出来かと」
「厳しい注文だが叶えよう」
「……よろしかったのですか?」
私とルクレツィアは緊張した面持ちで玄関の方に向くトビアを見つめています。それにしてもこの正義の聖女、くつろぎすぎな気がしますね。マイペースと評すれば聞こえがいいですが自堕落なだけではありませんよね?
「何が?」
「気付いているのでしょう? あの晩貴女様を倒した少女がトビアだと」
「まあね。一度対峙した者の佇まいと気配は中々忘れられない」
「正義の奇蹟を上回る奇蹟を宿すと分かっていながらなおも逃すのに協力してくださるのですか?」
「勿論惜しいとは思う。けれどだからって約束を反故にしていい理由にはならない。聖女を嫌がるのだからよほどの事情があるんだろうし」
「……ルクレツィア様に感謝を」
そうやって柔軟に理解してくださる聖女が一人でもいてなんと心強いことか。堅物で融通の利かないエレオノーラやフォルトゥナ等ではこうはいかないでしょう。
逆に言えばこの方に頼りっきりでは迷惑をかけてしまいますね。問題はなるべく自力で解決したいところですが……地位を振りかざすのが最善な時もあります。事態を見極めながら手段を選択するよう心がけましょう。
やがて、神託の聖女エレオノーラ達が厳かにやって来ました。聞けば女教皇亡き今彼女が一番老い……もとい、経験を積んでいるらしいです。その為か彼女の到来と合わせて家の中の雰囲気が引き締まったと言いますか、彼女には貫禄がありました。
「今日はよろしくお願いします」
「あ、はい。お願いします」
エレオノーラはトビアに会釈しつつも何故か私とルクレツィアを脇目で凝視してきました。どうやら私が二度に渡って騙したせいで相当警戒されているようです。心外な。さすがにトビアの検査に不正を働けるわけないじゃないですか。
「では。説明したようにこちらの検査用紙に血を一滴付けて下さい」
「はい」
トビアは手渡されたナイフで指を少し切り、滲み出た血を検査用紙に当てました。聖水がしみ込んだ検査用紙に血が滲み……大して広がらずに赤い丸を作っただけで終わりました。立ち会った神官は何の感慨もわかずに事務的な反応でしたが……、
「ど、どうして……!? 神は確かに仰っていたのに!」
神託と異なった結果にエレオノーラが驚愕の声をあげました。案の定真っ先に私を疑ったようでこちらを射殺さんとばかりに睨みつけてきました。あまりの迫力だったもので予想通りの反応であっても少し怖気づきました。
「これでトビアは奇蹟を授かっていないと証明されましたね。お勤めご苦労様でした」
「そんな筈はありません! またキアラさんが何か小細工を仕組んだのではありませんか……!?」
「また? 私が聖女に成れないとは公正な検査にもとづいた結果でしょう。不備があるとしたら検査方法そのものにあるのではありませんか?」
「ぐ……っ!」
論破されてぐうの音が出たエレオノーラは悔しさで唇を甘噛みしました。救いを求めるかのように今度はルクレツィアの方を向きますが、不正は無かったとルクレツィアは顔を横に振り、更に神託の聖女を奈落の底へと突き落とします。
「で、今度はどんな手品を使ったの?」
「私が欺いたのが大前提なのですね。分かっているなら正義の聖女の名のもとに不正だと言い張ればよろしかったでしょうに」
「不思議と神は私にこれで正しいと言っている。エレオノーラ様に嘘はついていないよ」
「……本当ですか?」
「聖女になるだろう少女を見逃せと仰られているんだ。教会は自分達が思うほど神に託されていないのかもしれないね」
「そんなの、もっと早く分かってもらいたかったですよ……」
愕然とするエレオノーラを尻目にルクレツィアが声を落として私へと耳を近づけました。私は自分の指の平を彼女に見せつけ、反対の手の指で撫でて見せました。
「理屈は化粧と同じです。指の上に薄皮一枚を張り付け、指と皮の間に少しだけ血を貯めておくのです。指を切ったと見せかけて皮を切り、トビアのではない血を検査用紙に落としたわけです」
「……それ、指を調べられたらすぐにバレない?」
「背後の神官達はまさか陽性反応が出ないよう細工すると思っていませんから欺きやすいですね。普段のエレオノーラ様でしたら見破ったかもしれませんが……」
「過去二回騙された経験が冷静な洞察力を奪ってしまった、と」
エレオノーラが検査用紙を握り締めて結果に驚いている間にトビアは後ろに手をまわし、指をこすって特殊メイクを剥ぎます。あとは本当にナイフで切ったかのように見せかけるために自傷すれば完璧です。
「エレオノーラ様ぁー。諦めて帰りましょうよー。大体聖女適性試験なんて貴女様ご自身が赴く事柄ではないでしょう」
「黙りなさいルクレツィア様! 全知全能であらせられる神の言葉は絶対です! 間違うはずがありません!」
ルクレツィアが進言するもむきになったエレオノーラは聞く耳を持ちません。ルクレツィアは呆れを隠そうともせずため息を漏らしました。まさかの聖女同士の口論に神官達は狼狽えるばかりです。ただのかかしですね。
「ごもっともですけど、神の言葉を解釈するのは人であることをお忘れなく」
「……何を仰りたいのですか?」
「エレオノーラ様が頂いた神託とは、キアラ嬢とアリーチェ嬢を聖女とすべく教会に迎え入れろ、ですか?」
「いえ。しかし貴族令嬢として終わる定めではない、とのお言葉を頂戴しています」
「じゃあ……」
――教会が管理しようだなんておこがましいとは思いませんか?
ルクレツィアが突き付けた意見にエレオノーラは愕然として顔を青くしました。
逆にルクレツィアは面白くなってきたとばかりに微笑を浮かべます。
「私はコンチェッタ様と野良聖女の一件で悟りましたよ。教会の正義は絶対じゃあないってね」
「違う。神は私共に大切な使命を授けて下さり……そんな、筈は……」
「その考えは傲慢です。そして受け入れてください。私達は神から見放されかけているんですよっ……! 教典にも散々書かれている、天罰を受けた愚か者達同様にね!」
結局、最後は静かに怒りを滲ませたルクレツィアと力なくその場に座り込んだエレオノーラで収拾がつかなくなり、お引き取りいただきました。とりあえずトビアは聖女と見なされないとルクレツィアが断言していたので一件落着ですね。
「……本当に上手くいったね」
「次は真相を暴く真実の奇蹟を授かった聖女でも連れてきなさい、ってところです」
問題は片付いたのでトビアにはこのまま帰路についてもらいます。いい加減お母様方が心配しており、これ以上長居するようならこちらに押し掛けるとまで手紙を送ってくる始末ですから。なので寂しいですがしばらくトビアとはお別れです。
「変わるのかな? 教会の考え方なんて」
「変わってもらわねば困ります」
でなければ、私達は一体何のために犠牲になったのでしょうか?
あえて最後までは言葉を紡ぎませんでしたが、トビアだけは分かってくれたようです。
これ以上聖女が犠牲にならないようにしなければ。
自分自身の幸せとは真逆に位置する新たな目標が私の中に芽生え始めていました。




