夏休み間近
「もうすぐ夏休みだなぁ! ヤマオ!」
「そうっすね、先輩とかは誰かとどっか行くんですか?」
「おいおい、先輩呼びも敬語もやめろって! ジュンさんとかでいいっての」
「ソイツにはさん付けする価値も無いと思うぞ、ハル」
そうやってまた花山が余計な事を言って朝の登校は口喧嘩に
包まれるのだ。
最近糸田兄弟の二人が加わって花山のキーキー声だけで十分うるさかったものが、
ファンファーレの大行進レベルの騒々しさになってしまった。
主に兄が原因なのは言うまでもない。
それに対抗しようと花山も声を出すので、収集のつかない子供の喧嘩そのものだ
「はぁ、あんな兄を持ってお前も大変だな」
「うん、でも最近は楽しそうに騒いでる」
朗らかな笑顔はまるで幼い弟を見る兄貴だ。
立場が逆転してしまっている
「前なんかはイライラが募って大声出してる感じだったけど、
友達ができて、あんな風にまんざらでもない」
「友達......かな?」
口論のヒートアップで早足になる前の二人は明らかに犬猿の仲に見えた。
花山が小型犬で、淳が山猿だ
「僕とはあんまり話さないけど、あの女の子も良い人みたいだし
安心して兄貴を任せて見てられるよ」
「そ、そうか...」
一慶には平和な日常の一幕に映っているらしい。
普段の気苦労が窺い知れる
「ヤマオ君の言った通り、彼女は人を成長させるのかもね」
「うーん...そうなのかな?」
あれはとりあえずそんなに花山は悪い奴じゃない、という
フォローがしたくて思わず口をついて出た台詞だ。
恥ずかしくて本人には言えない。
それに花山が子供っぽいからアイツと関わっていると
大人の対応が身に着く、みたいな少し失礼チックな要素もあるので
二重にアイツには言いづらい。
「それと...本当にあの時はごめんね。
悪い奴をほんの少し懲らしめるだけって聞いてたから、
つい悪戯心でやってしまったよ」
「だから、もうそのことはいいって言ったろ?」
俺達の奇妙な出会いのことを思い出す度に、一慶は謝る。
突き飛ばされることくらい故意でなければ、
一慶ほどでなくても存在感の薄い自分は何度も味わっている。
そう考えると、今話している男に自分はシンパシーを感じて
友好的に接することができるのかもしれない
「似た者同士、過去のことなんて忘れて仲良くしようや」
「......うん、ありがとう。
でも僕らって似てるかな?」
「ああ、存在感とかな。
それでもお前ほどのステルススキルは無いな。
そのレベルならちょっと際どいこととかも出来るんじゃないか?」
悪戯っぽい笑顔で問いかけると、一慶はクスクスと笑った。
「それって犯罪じゃ――」
「なんだ、なんだ! 女子更衣室に忍び込む話か!?
俺も混ぜろ!」
話を飛躍させて兄が飛び入り参加してきた。
突然、本能でキャッチしたように来たので前で花山はポカンとしている
「冗談っすよ。 てか、そこまで話してないし、エロ地獄耳っすねぇ」
「だはは! よく言われる」
「アタシがいながら、何の話をしているのかなハルオ君?」
「「わぁ!?」」」
突如として背後から現れた美咲に、自分と淳の声が重なる。
一慶もビックリの神出鬼没能力だ
「そんな顔面凶器とつるんでないで、アタシと行きましょ」
「あ~! こらー!! ハルと腕を組んでいいのは私だけだぁ!」
「おい! スパイク女! あん時の一撃を俺は忘れてねえぞ!」
「ああ、もう静かにしてくれ......」
早く来てくれ夏休み、
このままでは学校に着く前から鼓膜が限界だ
騒音にとことん振り回される人生を背負う男は
夏の休養を早くも待ちわびるのだった




