既視との遭遇
「あわわわ......」
ついに学期末テスト一斉返却の朝。
制服のボタンをとめることも震える手では難しい
自室のドアが勢いよく開け放たれた。
「兄、朝ご飯」
相変わらず不愛想な妹はそのまま閉める時も
元気にドアを雑に引くものだと思われた。
しかし、今日は違った。
「もう、なにやってんの」
甲斐甲斐しくもさっとボタンを閉めて、
寝ぐせを撫でつけてくれた。
「あ、ありがとう」
「こんなのどうってことないって」
なんだがいつもと違った雰囲気の妹にドギマギする。
「はい、理想の妹代で百円になります」
ドギマギ返せ
「じゃあ、ペイならぬ愛の籠ったハグハグでお支払いできますか?」
「キモッ」
小突かれて理想な妹だった者が去って行った。
「はあ~......」
今日は花山の出迎えもなく独りで溜め息。
唯一無二の同類だ、心中お察ししなくとも痛いくらい分かる
きっと家から出ることがどうしようもなく気だるいのだろう
アイツなら尚更だ
「よう、ヤマオ元気なさそうだな?」
だから軽々しく挨拶してくる奴が俺にいるはずがない。
しかもヤマオなんて山登りが好きそうなあだ名は付けられたことがない。
「女にでも振られたか?」
馴れ馴れしく首に腕を回してくる男など俺は知らない。
「まあ、元気出せよ!」
慰めようとしているくせに嬉しそうな声をする男なんぞと俺はつるまない!
「誰なんだよ! さっきから!」
重く太い腕を振り払い、振り向くとそこには
「俺達を忘れたとは...」
「言わさない」
強面と透明のコンビ、糸田兄弟がいた。
「お、お前たちは! 一体、何しに――」
「おおっと、待ちなブラザー。
言いたいことは分かるが、まずはこっちから言わせてくれ」
急なフレンドリーな姿勢への豹変ぶりに、
警戒するな、という方が無理がある。
それにブラザーって......
「すまなかったァ!!」
体験済みでも不意打ちの大声にはまるで慣れない。
身体が飛び上がった。
「俺達ァ、一番大事なとこを見落としていたんだよ!
お前と俺達がブラザーだってことをよぉ!」
「か、顔を上げて良いから声のボリューム抑えて......」
以前、ブラザーが気になるが
とりあえずこの兄弟を、特に兄を抑え込まないと町全体の注目さえ
集めかねない。
それくらいのデカい声、
サッカー部より応援部の方がお似合いだ
「ほ、ホントかァ!?」
「ああ、本当だ。 だからひとまず、歩きながら話そう」
このまま住宅の密集する地帯で兄を野放しにしていては、
騒音被害で訴えれられてしまう。
今にもそこら中の窓が開いて、記録を残されてしまいそうだ
その後、しばらく歩きながらも話に夢中の兄は何度も電柱にぶつかっていた。
弟は相変わらず、注意しようとするもか細い小声は届かないようである。
とにかく分かったこと内の一つは、まず兄が話好きなことだ。
それも長話。
初めて会った時から思っていたが、言葉がとことんスラスラ出てくる。
喋らせたらノンストップ。
近所のおばちゃんが如し。
そのおばちゃんと彼の大きな相違点を挙げれば友達が少ないこと。
だから自分という恰好の話し相手を見つけてご満悦のようだ、困る。
ちなみに兄の名は淳。
それに対して大人しい弟、あの体育館地下の時のご紹介通り、名は一慶。
存在も個性も薄い感じで、今のところ特徴が掴みづらいので
兄よりかは扱やすいくらいしか分からない。
人ごみに入ったら間違いなく目立つ兄より厄介だが
そして何より、自分に対する暴挙やブラザーと呼ぶに至る経緯は
笑ってしまうくらい単純なものだ。
暴挙に対してはほとんど、淳が語った通りだが
花山に対する報復...ついでに花山を解き放った男の討伐が目的だった。
その男である自分に対しては、女に囲まれてるように見えて羨ましいので
ほぼ妬みを晴らすつもりからだったらしい
結局、花山を倒す理由よりお粗末である。
恐ろしいったらありゃしない。
暴挙のことについては、
もうあんなことをやってもどうなるものでもないのだから、
過去のことは水に流すらしい。
清々しさに腹が立つ、やる前にそう考えろ、と。
もう一つブラザーについては、同じ騒音被害にあった仲間であった
というこちらの告白の信憑性を今朝まで調べて
それが真実であったために、敬意を込めた呼称らしい。
一方的信頼のようなものだ
調べ上げることは出来たのが、父がここらの不動産をやっているためらしい。
それこそ誰を恨むべきか、誰に怒りをぶつけるべきか、
苦悩したことも同情すべきポイントではある。
話をまとめるとなんだかんだで、
突発的な感情でやってしまった若さゆえの過ちで、
今後一切自分や花山に危害を加えるつもりはないらしい。
加えてブラザーの名に懸けて、自分と仲良くしたいらしい。
暑苦しい限りだ
そうして学校に着いて、
自分がユニーク金持ち引きこもりの手綱引きだけでなく
今度は強面不良に背後霊を学校に連れ込んだ、と
たちまち新たな学校の持ち切りの噂になってしまった。
花山が不良に絡まれていると勘違いして
自分を救おうと危うく乱闘騒ぎになったことは
言うまでもない。




