部活探し編・20
「な、何とか立ったみたいだけど......
一体どうしたんだ花山は」
「あれはきっと、Stitch」
「す、スティッチ?」
何だか愉快な青色モンスターを思い浮かべてしまうが、
冗談でも何でもない真顔で小メイドは説明する。
「英語ではそう呼ばれてる。
日本語に直せば針だとかそういう意味。
腹の内側には、空間がある。
そこには胃や腸などの臓器が入ってる。
この空間は腹腔と呼ばれていて、
その壁を腹膜と名付けられている。ここまでは良いか?」
唐突な人体解説に置いてけぼりを喰らっているが、
首だけは縦に振った。
「腹膜は日頃あまり運動をしていない、
または食後などに胃や腸が膨らんでいる状態だと
身を捻ったりする激しい運動をすると擦れて痛みを生じる。
それがStitch。 お嬢は前者でそれが起きてる」
「な、なんだってェ!?」
何となくで理解して流れでしっかりと合いの手は合わせた。
鋭い眼光のリトルメイドが問い質すことはなかった
代わりに、
「あのままではまともに受け身も取れるか分からない。
早く助けろ」
無理難題を言ってきた。
ただし、事態もそれを求めてきた。
弱り切った花山を躊躇なく吉沢さんは襲っていた
「オイオイオイ! 死ぬぞアイツ!?」
「大袈裟。 でも下手したら怪我する。 ほら早く」
ガードに関して花山が全く様になってないことは自分でも分かる。
それが更に焦りを助長する
「俺だってどうにかしたいけど......!
ほれ、見ろ! この下窓!
金属の棒みたいなのが並んで刺さってて外から入り込めないぞ!」
「なら、上、からだな」
「え? うわ、ちょっ!?」
急にビックメイドに抱きかかえられ、上窓から放りなげられそうになる。
「ま、待てっての! 行くから!
ちゃんと行くから、せめてちゃんとした姿勢で俺を入れてくれ!
じゃないと打ちどころ悪くて死ぬから!」
「知るか。死んでも止めろ。
あ、そうだ。
逆に死体でも投げつけた方が戦いを辞めるか」
「ぐ、ぐえっ、本気にするな!! 首絞めるなぁ!!」
そんな数メートル先の外で起きている小競り合いなど
薫の目に入ることはない。
視界は真っ暗、瞼はギュッと閉ざされ、
髪は振り乱され、体全体が揺れに揺れる。
不幸中の幸いにも小柄なおかげで
ダメージ部分が狭く、腕で覆えているが
無論、無事では済んでいない。
周りの者達も過去にコテンパンにされ、急にのし上がった一年生が
突如現れた少女によって押されている間は元気であった。
しかし、現に過激な反撃を目の当たりにして押し黙るのみ。
そして、いつストップを掛けたものかと
まごまごすることしか出来なかった。
今すぐに辞めさせるべきかもしれない。
だが吉沢は宣言通り、一切ルール違反はしておらず
正式に叩きのめしているだけだ
中途半端に止めに掛かれば、
機嫌を損ね、我が身が危ないとの考えも浮かぶ。
救世主にも近かったダークホースを
かばってでも守ってやろうと思える者は当然いなかった
それでも間近にいて、上級生ながら
万が一、下級生の危険な行いを見過ごして怪我人を出したと
あっては一大事である。
浮足立つ部員達。
外でバタバタと揉め合う存在に気付くこともない、
ピリピリとした緊迫感の中
ようやく気が済んだのか、
攻撃が一度止んだ。
渦中では鮮明に見えなかった薫の姿を誰もがまじまじと見る。
外傷はとりあえず見当たらず、
薄情にも胸をなで下ろす者は少なくなかった
「ふぅ......弱い者いじめも可哀想だし、そろそろ終わりかな。
ナツの強さも拳法がどんなものかもこれでよく分かってくれたでしょ?」
悪魔のような笑顔だ
そう見届け人達は思ったが、薫には分からない。
カブト虫の幼虫の様に横に身を捩って荒い呼吸をしている
「あれあれ? 泣いちゃってるのかな?
そうだよねぇ...ごめんね?
お嬢様には辛い初体験だったね」
謝罪も同情もこれ一切、
嫌味に満ちているようだが
それもまた薫の朦朧とする意識の中では異言語に聞こえた
「自信を打ち砕かれ、上には上がいると知り......」
得意げになって語る口調であることも察知できず、
ぼんやりと全てが揺らぐ。
「仕舞いには......」
そして気を失う
直前、
「男も取られちゃうんだもんね?」
弛んだ糸がピンと張った、
失くしかけた気力がほんの少し戻った瞬間だった。




