七夕
七夕を期に梅雨よ、明けてくれ
「むかし、むかし......」
「な、なんだ?」
湿気たっぷりの通学路を今日は珍しく一人で通り抜けて
机でぐったりしていると、遅めの到着のお嬢が突然として語り出した。
「夜空にキラキラときらめく天の川で......
その川のほとりでは、天の神さまの娘【おりひめ】が世にも美しいはたを織っていました。
おりひめの織る布は五色に光り輝いて、
季節が変わるごとに色彩まで変わるというそれはそれは美しいものでした......」
「ああ、もうそんな時期か......って」
バレリーナのようにくるくる舞いながら、そっと背中を撫でて話しかけてくるのが
唐突にして不気味である。
しかし当の本人は舞台の上の様に俺を相手に演技っぽく投げかけてくる。
......まさか趣向を変えた、また変な熱烈アピールだろうか
「天の神さまはそんな娘がとても自慢でしたが、おりひめははたを織るのに
一生懸命で、自分の髪や服をかまおうともしません。
そんな姿をかわいそうに思った天の神さまは年頃でありながら、
人のはたを織ってばかりで不憫に想い、
おりひめにふさわしい婿を探してやることにしました......」
「織姫を見習えよ......」
俺の指摘には耳を貸さずにそのまま続けられる。
「天の神さまはさっそくあちこちを探しまわりました。
天の神さまが天の川の岸辺をずっと歩いていると、
そこで牛の世話をしている若者と出会いました。
若者は【ひこぼし】といい、牛に水をやったりえさの用意をしたり
畑仕事に精を出したりと、休む間もなくまじめに仕事をしています。
天の神さまはおりひめの結婚相手にひこぼしを選びました......」
「今思うとお前並みに強引だな」
その意見には自慢げな顔をしてみせられた。
褒めてねえよ
「おりひめとひこぼしはお互いにに一目で好きになり、
とても仲の良い夫婦になりました。
しかし、
それからというもの二人は遊んでばかりでちっとも仕事をしようとしません。
はたおりの機械にはほこりがかぶり、
ひこぼしの飼っていた牛もえさをやらなくなったのでだんだん痩せてきました。
心配した天の神さまが注意をしても
二人はまったく仕事をしようとしません......」
ほら、織姫も遊んでるでしょ?
みたいな視線を送って来る。
「いや、お前が遊んでいることとは訳が違うぞ。
お前はやることもやらずに遊んでるだけで――」
「おりひめがはたを織らなくなったので空の神さまたちの服はもちろん、
天の神さまの服もボロボロになってしまいました。
ひこぼしも仕事をしなくなったので、
畑は草がぼうぼうに生えて作物はすっかり枯れて、
牛はついに病気になってしまいました。
怒った天の神さまはおりひめを天の川の西へ、
ひこぼしを天の川の東へとむりやり引き離しました。
そうして二人は広い広い天の川をはさんで別れ別れになり、
お互いの姿を見ることさえできなくなったのです......」
「......」
痛いところを突かんとする言葉を遮って畳みかけてくる花山には
呆れて口も開かなくなった。
「それからというもの、おりひめは毎日泣きくらすばかりで、
まったくはたを織ろうとしませんでした。
ひこぼしも家に閉じこもってしまい牛の病気はますますひどくなるばかりです。
困った天の神さまは以前のように毎日勤勉に働くことを条件に、
一年に一度だけふたりが会うことを許したのです......」
「割と神様って甘いよな」
ふと、そう思った。
だから金持ちの家に生まれてぐうたら出来る、
温室育ちちゃんがお咎めも無く存在するのだ
そんな軽蔑を込めた一睨みに気圧されながらも
ペラペラと未だメモなど見ずに話している。
遅れた理由はまさか、これ、か?
「その言葉に、おりひめとひこぼしは心を入れかえてまじめに働き始めました。
一年に一度、そう7月7日の夜に会えることを楽しみにして・・・。
そしておりひめは
前にも増して美しいはたを織るようになったのでみんなはとても喜びました。
ひこぼしも一生懸命に牛を世話し畑を耕したので、
牛はすっかり元気になり畑にも豊かな作物が実りました。
やがて待ちに待った7月7日の夜になると、
おりひめとひこぼしは天の川をわたり一年に一度のデートを楽しみます。
しかし、その日に雨が降ると川の水かさが増して川をわたることができません。
すると、
どこからかカササギという鳥のむれがやってきて
天の川のなかに翼をつらねて橋となり、二人を会わせてくれるのでした......!
めでたし、めでたし......」
やっと終わると周りにいつの間にか聴衆がいて温かい拍手が起こっていた。
誇らしげに花山はプロっぽいお辞儀なんかしちゃっている
「......で、結局それを俺に語って何がしたかったんだい?」
「雨が降ったらおりひめとひこぼしは会えないという説もある......
悪天候になったら代わりに私たちがデートに行こう!
いや、晴れても行こうではないか!!」
口説き文句が回りくど過ぎるわ
「嫌です」
キッパリと断られたことに動揺しながらも
今度はカバンに飛びつくと大量の紙の束を取り出して渡してきた
「じゃ、じゃあ私の愛の詰まった短冊だけでもッ!!」
「短冊はラブレターじゃねぇんだよ!
てか、多ッ!! 束で押し付けるような強欲女の願いが届くかっての!
代わりに罰が来るぞ、罰が」
大切な恋文をドサドサ腕から零れ落ちることも気にせず
プッシュしてくる花山と格闘していると、
「ハルッ!!」
「ヒエッ...」
いつもより明らかにテンションのおかしい美咲さんが
廊下の人だかりを蹴散らしながら登場した
「アタシも書いたよ! 量より質だよね!」
「そういう問題じゃねぇですよ......それに」
どこから聞きつけたか幼馴染まで馬鹿みたいな勘違いで
大層迷惑なプレゼントを持参して下さった上に、
量も花山より多ければ、
驚きなのが一つ一つが手書きであることだ
これには同じ内容をプリントアウトして量だけ立派な花山サイドに勝ち目はなく、
あまりの重さに絶句している。
当然あてつけられている俺の方が青ざめた
今年の七夕は冷え込みそうだ......
まったく連載されてない通知って来ないんすね......




