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箱入り娘について

山﨑 治雄を慕う一人の女がいる。


彼女の名は花山・エリー・薫、

言っておくが屈強な身体とは程遠いどころか

真反対にか弱く矮躯な体に収まっている。


日本とイタリアとドイツとアメリカという異色の混血に生まれたエリーは

花山財閥の娘として生まれた。


それは生まれながらにして特権階級に位置することを意味する


面倒な姉妹姉弟などのいざこざはない、

なんせ彼女には血を分けた存在がいない一人娘であるからだ


また彼女の従者たちは従順にして穏やかだ、

変に僻みなどの感情を持ってエリーに接する者は誰一人としていない。


そして彼女自身、

身分上縛られて生きていて窮屈だ

不自由だ

などと思ったことはあんまりない


それでも


彼女は満ち足りていなかった


人から受ける関心や愛に。



当然両親はビジネスマン、

だからこそ裕福な暮らしに甘んじてはいるが

その生活に人と人との温かみは無い。


冷え切った家庭環境から目を逸らすために彼女は

幼い時分から絵本やアニメに興味を持ち始めた。


きらびやかで人情に溢れたストーリーに胸を躍らせ、

時にはお姫様が主人公の物語はボロボロになるまで読み返すほど没入した。


そしてその姫を娶る王子様が自分の世界にいると思い描いた。

憧れの姫の傍に必ずいると言っても良い存在がこの世のどこかにもいると切望した


そんなことを思えば

当時から定着しつつあった引きこもり生活からも抜け出せるとも考えた。



しかし人という者は怠惰だ


例に漏れず、

上流階級のクォーター娘も楽なインドア生活から脱却しようとする努力を怠る。


いつか王子様が迎えに来てくれる、

それまでは小綺麗に快活である必要はない、

甘やかされて育ったこその他力本願思考に彼女自身疑問を持つはずもなかった



だがしかし時が経つこと数年、

時にして彼女が華のJKに突入した頃

流石にマズイ

との自覚が生まれ始めた。


囚人でもないというのに閉じ籠って寿命を浪費し続けてる上に、

いつまで経っても成長しない身体を慮って

これは引きこもりの呪いではないかと考えが生まれ出した


それに暗い空間にいる方が落ち着くような心境を

客観視して問題がある、との視点を持てるまでに

彼女の危機感はいよいよ大詰めとなった。



だがしかし



この令嬢、どうあっても自分では動かない



誰か


誰でも良いから


自分をお外に連れ出して欲しい


そうやって、あくまでも王子様を待つ(てい)で他人の協力を待った


彼女はその歳でありながら心から信じていたのだ、都合の良い王子を。

それをピュアと感じるか阿呆と感じるかは......


兎にも角にも彼女はひたすら待つことを頑張った、

従者は従順過ぎるが故に提案や口答えもまるでしないので頼れない、

だからゲームやアニメで待つことを頑張ったのだ



すると神をも呆れさせるその行為があるきっかけを引き寄せた。


そのきっかけとは彼女がいつも通り待つことに勤しんでいた時のことだった。


あらかた取り寄せたゲームもアニメにも飽きると

不慣れのネットを始めたのだ


エリーのそれまでの暮らしぶりを思えばネットにまだ手を着けていないことは

意外にも感じられるが、

彼女はネットだかパソコンは難しいもの・大人がやるもの

と割り切っていた。


それに彼女が言うには敢えて外界との交流を絶って

いつか王子と共に住まいを出て、

この世界を観ることにしていたのだから

ネットを始めることは自分ルールを破ることにも等しかった。


だが、もう我慢ならなかった


彼女は新鮮を求めた、

本能が求めていた。


若者が都会に吸い寄せられるように

箱入り娘もついに外の空気に吸い寄せられ...

いや、吸いたがっていた


窓から入る空気ではない、

世間の空気感にどっぷりハマりたかったのだ。


そうして己の掟も守れなくなった彼女の目に飛び込んだのは、

それはそれはドラッグ、電子ドラッグ、

つまり興味を惹かれるものが詰まった宝庫であった


想像や手元にあるものでしか知り得ないものを

ネットはちょちょいと調べるだけで目の前のものにした。


そのことが現代に生きながらカルチャーショックのような衝撃を脳天に喰らい、

彼女はネットにかじりつき

知識欲を満たすために貪るように昼夜問わず、

食事や排泄の頻度の激減も気にせずに

ひたっすらキーボードを叩き

マウスを動かした......



その結果出来上がったのは



燃え尽きちまった廃人、

もしくは灰人であった。



何ラウンドもの熱戦を繰り広げたようボクサーの如く

力なく椅子にへたり込むのはあることを知ってしまったから



それはこの世に王子など存在しないことだった。



あれだけ夢憧れ胸を焦がし、

家の中のプラネタリウム星空に願った想いは届かぬものと知ってしまった


それはカルチャーショックの比ではない、

ハートブレイク級の衝撃であった。


彼女は生きる気力をそこそこに失い、

虚ろな目で周りを見渡した


どれだけ絶望に打ちひしがれたのか


時計も見えない暗い部屋では

心の中のように時の流れを認識出来ない



気だるく180度回した首から頭が取れそうな感覚を受けつつも

何とか身体を立ち上げる。


それは光を見たからだ、

窓からの弱い光だ。


きっと朝ではあるが曇り空なのであろう


天候も己の心情とシンクロしてるとも思っていた傲慢娘は

その日初めて


強い日の光と共に


ある人物を門の奥に見た



それが山崎 治雄であった。



最初は配達員か何かだと思った、

その時から惚れたりするほど彼女も

もう幼く純粋ではなかった


なんせネットがこの世を冷たさを教え、

彼女に灯った希望を吹き消して心の熱を奪ってくれたから。


それでも外の世界を遮断して

周りは昔から見知った面子ばかりに囲まれて生きた彼女にとっては、

目新しい人物であることは確かだった。


そうして自動的に彼女の意識は治雄に吸い寄せられる


初めて見た時の正確な時間を覚えている訳でもなければ

毎日きっちり同じ時間に来るわけでもない彼を

エリーは珍しく健気に待つようになった


世界の窓であるネットワークに比べて

屋敷からの窓の景色は何も変わらない退屈なものだ。


しかし、それが丁度鬱気味であった彼女には良かった


色や情報が飛び交う景色よりも

大して面白くもない変わらない景色をボーっと眺めている方が

気持ちを落ち着けてくれたのだ。


そして治雄が見えると

主人が帰ってきた犬のように立ち上がって

門の奥に少しでも見える時間を楽しんでいた


この時間があまりにも一瞬だったことが

彼女を飽きさせなかった。


流石に夜は来ないことが分かっていたから

パソコンやゲームで

時間を潰す

という感覚で気を紛らわしていた。


時間の使い方のメインが変わったことに対する

彼女の自覚はもちろん無い


ただそういった心変わりには徐々に気付き始めた


しかしその心情が何だと言うのか、

ロマンスを追い求めた者の割りに鈍い彼女が

答えらしい答えにたどり着いたのは

治雄の存在を認知してからかなり経った後のことだった。



その答えが99回想い人を訪ねた男の話であった


エリーも無意識の内の

たまたま神のいたずらのように舞い込んだ情報だった。


絵本のような童話や単純で簡単な内容の恋物語が好きな彼女は

すぐにそれに飛びついた



そして考えは飛躍・急上昇を遂げて今に至る


きっと門に来る男はその物語と同じことをしているに違いない、好意を持たれている

そうエリーは思った。



すると段々と話の中身を知る彼女はハラハラし始める


もしかしたら忠実に99回で来なくなるのではないか?

その後は来なくなるのではないか?


そんなに気になるならばさっさと自分から行けば良いのだが

彼女は思い切り物語のヒロインのような気持ちで

治雄が100回訪れることでお互いの想いが成就するものと思い込んだ。



ただ結局のところは彼女らしい部分が出る


どうなったかと言えば

ご存知の通り、

自分から話掛けてしまったのだ。


我慢が出来ず



それも99回目や100回目でも何でもない日に。


そもそも不真面目な彼女が数を数えている訳がないのだ



そうして期せずして自身から外へ干渉した彼女は

やっと高校生活をスタートさせた


何とも長い長い助走であった。


それでもその期間があったからこそ

エリーは今日も元気ハツラツとして過ごしている


そしてこれからも勘違いでありながらも真の恩人である山崎 治雄を慕い続けることであろう


ライバルの米田 美咲との切磋琢磨を繰り返し、

大遅刻となった彼女の学生生活は成長の日々となる。



最近あった知力対決では5教科総合得点で220の大差を付けられて

完敗したことによる悔しさからの成長もまた楽しみのところだ


閲覧ありがとうございました。

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