家庭教師編・26
「実は...分からないんだ」
「......分からない?」
「うん」
姿勢を正してシャキッと外面だけでも
大真面目に装う。
「お前の言う通り、俺にはどうやら好きな人がいるらしいんだ」
「...何でそんな――」
「釈然としないのか、と聞きたいんだろ?」
「う、うん」
語らせはしない、
聞かせもしない、
今はずっと俺のターンだ
「それは俺は好きな人が出来たことが無いんだ」
ハッキリと昔からの悩みを告白するように
真顔で言った。
もう癖が出るへまはしない、
必要ない
「本気で...言ってるの?」
よしよし信じ始めたぞ、
と言った狡猾さはおくびにも出さない。
当然俺の異性のタイプは
バッチリ我がクラス委員長だということは
確定的に明らかなので、
真にウブな男でも何でもない
だがしかし
そんな真相が俺には隠されていたんだ!
ということを押し出していく。
それが糸口なのだ、
最適な曖昧さを持った返答とは
「ああ、本当も本当さ。
だからお前を振ったあの時も
分からない気持ちだったから軽はずみにOK出来なかった...
それは今も同じさ、だから!」
ガッシリと肩を掴む。
跳ね上がった体は彼女に掛かる髪の毛を払った、
しっかりと面と向き合った
今に自分の演技に噴き出す失敗は許されない
そもそもこの状態ではぶっかけてしまう、
心からその気になって目と目を近付ける。
「長い目で待っていてくれ、
今俺がモヤモヤしている気持ちは俺にも分からない。
当然美咲にも分からないだろ?
もしかしたらこれが好き、という気持ちかもしれないし
そうじゃないかもしれない。
それにこの好意の向かう先はまるで知らない人かもしれないし、
お前かもしれない、そうだろ?」
彼女は勢いに押されて黙って小さく頷いた
「そう、だから待っていて欲しい。
長い長~い目でな!」
最後の部分は強調して語気が自然と強くなった、
それだけお互い明るい関係でいましょう?
という想いの表れだ。
俺はただこの場を安静に済ませたいだけ!
俺は敵じゃねぇ!
そう叫ぶが如く発した提案は果たして......!?
「......」
柔らかな二の腕を放して
静かに悩む彼女の判決を待つ
ごくりと生唾を飲む音が
つい喉から出る。
それまでに空気は緊迫した。
最初に俺がペースを掌握、
そこから追い詰められ
まさかの転換で活路を見出すと
応えを迫る側はまた自分に戻ってきた
だというに
なんだ、この緊張感は...!
プレッシャーが室内の温度を上げていくようだ。
汗かきの時分には堪らないものとなる体感温度、
変に臭いが出ていたりしないか心配だ
今さらの女子と二人きりの閉鎖空間のエチケットが
脳内でヒラヒラする中、
彼女がゆっくりと息を吐いた。
結果が出る
裁判官の下す明日は黒か白か?
「分かった、気長に待つとするよ」
勝った、
勝訴という紙を持って報道陣に、
今まで支えてくれた人に見せつけてやらなきゃ
ありもしないバックボーンが脳内上映される
「そっか...ハルはハルなりに悩んでたんだね......」
美咲の落ち込んだ一言が聞こえてハッとする。
すぐさま目線を合わせてフォローに入る
「いや、お前の気持ちを思えば大したものじゃないさ」
力無い彼女に落ち着いた声掛けは効いたようだ、
眉をひそめつつも表情には明るさが戻った
そこでもうプッシュしていく
「でも、流石に小学生と同じように
急に態度を変えて俺に迫るのは芸が無かったんじゃないか?」
笑って言うと美咲も笑った
「ふふ...やっぱり、そう思った?」
「そりゃそうだよ、ビックリしたさ。
情緒不安定になっちゃたかと思ったよ...」
特に襲われた時なんかは、
と続けるところだったが
そこは実体を聞くのも怖いので敢えて言わなかった
「結構、アタシの演技上手かったでしょ?」
「ああ、演技で安心したってくらい」
ホントに全てそうであったことを祈ります。
そう思いつつやっと俺も美咲も肩の力が抜けた
平和に終わったのだ、
穏便な形に持って行けたのだ
再確認すると今に至るまで涙するほどでなくても、
安堵のため息が止まらない悩ましい日々からの解放に喜んだ。
もう二度とシリアスな日常は御免だと
鼻で笑った
だがすぐにシリアス風味の問題を思い出した。
「アーッ!」
「うわっ、なに?」
つい出た大声も気にせず
驚く美咲の方を向く。
「お前テスト勉強、少しはやった?」
「あ」
「ほ~ら! やってねぇや!」
自分の家庭教師問題を全て幼馴染の責任にしていくスタイル
「だ、だって最近まで――」
「だってもヘチマもない! 早速やるぞ!」
その一声の後に俺たち二人は疲弊して動けなくなるまで
勉強をやった。
でもそれ以後の関係性はしっかり修復されたようなので
結果オーライ!
閲覧ありがとうございました。




