家庭教師編・5
そうして翌日の朝、
いつも通り花山が俺の家の前で待っている。
「ほら~、エリーちゃん来てるよ~」
最近ではデカい車でお迎えに来るもんだから
すっかり母親にも花山の存在がバレて、
仲の良い友達か何かだと思われている。
朝食で上がる話題も花山がどんな子で、彼女になりそうだとか聞いてくる。
母親の大きなお世話の内の一つがそれだ
そのため、そそくさと朝食を済ませることが多くなったが
その分着替えてからではなく
寝間着のまま食べ終えてから着替えるので
下の階から母親にアイツが着ていることを教えられるのも日常になってきた。
「分かってるよ~!」
苛ただしげに返すが子の怒ったトーンが分かる親などいるものか、
「早くしなさいよ~」
とばかりに呑気な声で急かされる。
別にアイツは車で涼んでるんだから待たせても良いだろ!
ああ、イライラする!
心が平静でないと行動のキレが悪くなる。
変にボタンをとめるのもモタモタしたり、忘れ物をしそうになったりする。
やっとドタバタしながら準備を済ますと
階段を駆け下りて玄関に向かう途中、母に呼び止められた。
「待ちなさい、ほら弁当」
「ああ......」
ぶっきらぼうに受け取ろうとする。
掴んだ巾着袋を引いたが動かない
「いつもありがとうございます、は?」
ああ、たまに聞いてくるやつだ。
それは俺が自主的に言うものであって
言わすもんじゃないだろ!
「ああ、ありがとう...じゃあ、行ってきます」
「ふん、まったく......そんなに彼女に会いたいの~?」
「そんなんじゃないって言ってるだろ!」
意地悪く笑って母が背中を見せて家事に戻った。
昨日のことからモヤモヤしているというのに
そういう朝に限って母は面倒なんだ...!
そんなこんなで家のドアを開け放った。
どうせゲームでもやっているんだから、たまには親への愚痴を聞く相手をやらせよう
そう思って家の前を見てみると
今日は車が無かった。
「あれ...?」
母が言っていたのは嘘だったのか?
キョロキョロしながら家の敷地を出ると、
死角に日傘を持って花山がいた。
「まったく遅かったではないか」
ちょっと顔が赤っぽい。
車にいるもんだと思って急に少しだけ申し訳なくなる
「ああ、悪い...」
「まあ、ハルならば許す! さあ、行くぞ」
そうしていつも通りな感じで歩いていく。
それを見てボーッとしてしまう
いつからちゃんと自分の足で歩く気になったんだ、アイツは?
「ん? どうしたのだ、ハルよ?」
ついつい目の前の光景を夢のように見ていたので突っ立ったままだった。
久しぶりの普通の登校と急変したお嬢様の態度に戸惑いながら花山の横を歩く。
というかそもそも俺は自転車通学なのだが......
せっかくアクティブになった引きこもり令嬢の気を変えてはいけないと
黙ってやることにした。
通りでいつもより俺が遅く起きただけでなく、
花山が来るのが早く感じた訳だ
「...なんでお前、急に歩いて行く気になったんだよ?」
横に視線を向けながら聞く。
いつもは子供っぽいツインテールだが、
今日はポニーテールであることに気付く。
少し成長して見えた
「ん~? それは前からハルに太るから歩け、と言われたからだ
どうだ、偉いだろ?」
すぐにまた、ガキっぽくなった。
しかし...
日傘で激しい熱射が柔らかい明るさになって
照らした彼女の笑顔は、
どこかで見たような気がしてならない。
いつだったか
「なんだハルよ? 今日は随分と静かに私を見つめるではないか
もっと見惚れても良いのだぞ?」
「...ふん、幼女に見惚れたらおしまいだろうが」
「なっ! レディに失礼だぞ!」
そう言いながらも
観察をどうしても続けてしまう。
揺れる後ろ髪、
それが過去を思わせるのか
急に自分も何故こんな見方を始めたのか
何故に昨日から急に周りが変っていくように感じるのか
その後も花山と話ながらゆっくり登校した気がするが、
あまり会話の内容は入ってこなかった。




