三連体育祭編・31
「あんた、ちょっと面貸しな」
今の時代どこにこんな古臭く恐ろしい誘い文句使う奴がいるか。
そうです、僕の幼馴染です
明らかにその日の彼女は不機嫌そのものだった。
断ればその場で何をやらかすか分からなかった。
ただ、大方検討はついていた
いつものヤキモチだな、と......
連れていかれたのもこれまたド定番の体育館の裏だった。
むしろこんなイベントがないとうちの学校にもちゃんと人気のない体育館の裏など
存在したことこそ気付かないだろう。
「なんで呼ばれたかわかる?」
開口一番面倒くさい。
まあ、年季の入ったおばさん・おじさん先生にこれを言われるよりかはマシだが
「俺が悪いことをしたからです」
「はい、ではそれは何でしょうか? と聞いているのだけれど?」
ああ、ねちっこい。
最初は告白でもしたいのか、と茶化してやろうと思ったが
そっちのモードになられても困る。
しおらしくなるような負けヒロインではない、むしろガン攻めのこやつにとって
それは誘い文句になってしまう。
壁ドンされて女の子扱いで済むなら、もはやマシな方だ
「特訓を......頑張りすぎ?」
「だ れ と ?」
「......お節介な、イイとこ生まれの女子?」
「他人行儀に表記し直しても無駄よ! あのミニマムハーフよ!」
ミニマムの部分よりアイツはハーフの所に怒りそうだなぁ
なんて思い浮かべて微笑みかけたが、もう終わり。
「今、笑ったね?」
「え?」
「あの女を思い出して心がポカポカしたね?」
「おもしれー女......くらいにしか思ってな――」
こちらの話を聞くより早く腕をガッチリに掴まれ、
ズルズルと体育館の中に引きずり込まれる。
わざとか知らないが思いっきり当たっているので
皆さんご存知、男は誰もが温かく柔らかいそれに接触すると
筋力と特に知能に多大なるデバフが入るので、
クラゲの様に無気力な漂流物が出来上がる
脳と体を溶かされて連れて来られた先は、
ラーメン屋の店主が如く逞しく腕組みをする先輩方だった。
それも戦闘態勢の女子バレー部員の面々、
何をそんな張り切って俺なんかを待っていたのだろうか
少しでもここからムフフな展開でも想起して気を紛らわせようと考えたが、
その力強いおみ足に甘い期待は踏み砕かれる。
邪な妄想の一歩目すら踏み出させない、キャプテンらしき
美咲を優に超える体躯の女性が一歩前に歩み出て口を開いた
「ふーん、この子が美咲の......」
「はい!」
小学生以来に聞いたいいお返事だなぁ......
鍛え抜かれた筋肉群の前に今度は畏怖で脳は溶け切ったままだ。
美咲の、に紐づけられている関係に抵抗する気にもならない
「コイツ特訓好きみたいなんで、どうぞ先輩方のはけ口に......
ごほん、良い練習相手にしてあげて下さい」
最近見た中でとびきり綺麗な営業スマイルで俺の幼馴染は、
満足気に頷く巨躯の女軍団に俺を差し出すのだった。
「我らが千本ノックならぬ、ワン万本レシーブを受けて切ってみよ!!」
「ひいいい!!」
逃げ出そうと出口を振り向いた瞬間には、
腕組みをしたままのメンバーの一人が背後に回っていた。
足の動きすら見えなかった。
そして出口近くには美咲がこれ以上ないくらい可愛く笑って見えた
好き好き言う割にいくら先輩と言えど
他人の同性に俺がひどい目に合わされることはそんなに気にならないのだろうか。
そっちの趣味ならエリーに取られそうになって怒るはずもないので、
どっちかというと単純にドSなのだろう......
「さあ、来い! ここがお前の死に場所だぁ!」
「皆の体育館を墓場言うてますやん......」
絶望の穴に沈む俺を子アザラシの様に軽々と連行し、
雑にびたーんと床に打ち伏せられて顔を上げると
ネット越しに悪魔たちの笑みが見えたのである。
その後の記憶は朦朧としている。
もう無理だと訴えても立たされ、
もはやまともにボールを弾けていないのに無言で
こちらに向かって剛速球だけが飛んできた
ただの的と化した俺には聞こえてくる声が叱咤激励なのか
地獄で聞く鬼どもの笑い声なのか、は定かでなかった。
しかし万本のワンマンレシーブが終わる時、
気付くと倒れ込んでいるのではなくしっかりとその自分の足で立っていて
「はぁアア!!」
ラインギリギリのボールに自分の意志で食らいつき、
見事にセーブし終えていた。
立ち上がる体力すらなくなっていた。
気力だけで乗り越えたのだ
するとドタドタと駆けよる音がして、
引っ叩かれるのかと身構えることも出来ず覚悟したが
己の体が宙に浮かんだかと思うと、それが何度も続いた。
胴上げである
気付くのに何秒も要したが、自分は祝福されていたのだ。
その後熱い抱擁というにはあまりにも熱烈な羽交い締めで、
動けないところをこれまたどさくさ紛れに誰かに接吻されていた。
恐らくヤツだろうが、もう一回目も二回目も変わりはしない
気を失いかけているのを良いことに何度もされては本当に気にするものではない。
本当にこれが性別が逆転なら警察が出動する事態は免れないだろう......
そんな凄惨な回想を終え、身震いするような過去を超えた俺は
不敵に笑った。
「いくぞ皆、ここを超えて俺は昔馴染みに復讐を果たす!!」




