三連体育祭編・19
人の少ない校舎を並んで歩くだけでも幸せだったのに、
今は完全に人気のない道を二人で歩いている。
そうなると沈黙が猶更突き刺さるので必死に話した
さぞ中身も他愛もないつまらない男の話に、
彼女は優しく応えてくれた、と思う。
何しろあまりの貴重な体験に頭が回らなかったし、
彼女は一駅隣の町に住んでいるので駅に向かえばいいだけなら
そこまでうちの学校はアクセスは悪くない。
一瞬の時間を精一杯楽しむだけだったのだが、
有希さんがご所望したのはまさかの長時間の同伴だった。
歩いてもそこまで遠くはないので、家まで話したいと言ってくれた
帰りの駄賃まで貰うところだったのでそれは無論断ったが、
幸せの過剰摂取はあまりに毒だ。
らしくなく場を繋ぐためにペラペラ話したので特に疲れた。
心地よき達成感もあったが、余韻を覚ますには
彼女を家まで送り届けて我が家に着くまで良い距離だったと思う
一つ悔いがあるなら語った通り、肉体的疲れではなく
精神的な気疲れによって重大な幸せな記憶が多く欠落していることだ
あまりの尊き時間に自分が何を話したのかよく覚えていない。
彼女が何を語ってくれたのか曖昧だ。
何でこの学校に来たのかとか、彼女の遠い過去だとか......
日を改めて、朝にそれぞれのチームを皆に発表する。
極力希望通りの編成に仕上げたため、不満の色は特に見えなかった。
そして最後に発表するエースの存在にこそ、自分は批判が上がるのを
むしろ期待していたのだ。
当然、冷静に考えたら責任重大だからである。
責任の言葉は愛した女からしか聞きたくない。
なんてカッコつけても、候補者が現れるのを心待ちにしてみても
すべて無駄。
見事、拍手喝さいを受けて俺はエースになってしまった
「頼むぜキャプテン!!」
「エースに相応しいぜ!!」
もはや俺を苦しめるために言っているのではないかという
囃し立てを食らいつつ、朝の会は終わった。
ため息をつきつつ、ドカっと自分の席に着いた時に違和感に
やっと気付いた。
いつもだったらすぐに傍に飛びついてくるエリーが
明らかに元気がないことに
まさか有希さんと帰っているところを見られたのだろうか。
ここからヤンデレエリーちゃんになったら偉いことだ。
金の力を使って俺を監禁、考えられる最悪のケースは
俺への酷い仕打ちではなく有希さんに危害を加えることだ。
ヤンデレは浮気相手を襲いがちである
そんな不安もあって恐る恐る尋ねるのであった。
「おい、どうしたよ?
太陽みたいに笑う君はどこだい?」
「......」
いつもは合いの手を入れてくれるが、そんな元気も無さそうだ。
しばらく俺が滑ったかの様な空気が流れたので
たまらず口を開こうとすると、
「今回の戦い、そう一筋縄ではいかないかもしれない」
持ち前の整った顔が真剣味を帯びると、何とも凄みがある
等という非常に抽象的な評価しかできない雰囲気で話し始めた。
特にいつもチャランポランなのだからギャップで猶更だ
「なんでさ」
「ハルは前回の戦いをどこまで見ていた?」
「マラソンのことか? 最後の競技場に入ってくるところまでだな」
「となると目にしてはいないか......」
いつにないシリアスさを醸し出し、
本当にエラいことが起きそうに思えてきた。
「話せ、何があった」
「マラソンもそうだったが、今回も私は羨望の眼差しを受ける者として
悪の秘密組織から刺客を差し向けられるかもしれないのだ!!」
「......は、はぁ」
途端にいつもの間抜けなBGMでも流れそうなエリーちゃんに戻ってきた。
つまり人気者の私に邪魔が入るかもって?
「そりゃお前目立つし、よく思わない女子の一人や二人はいるんじゃないか?
今回は男女混合総力戦だし、守ってやらんこともないけど
その相手を秘密結社って......ぶふっ」
「コラ!! 私は真実をだな!!」
「はいはい、ごめんごめん」
「秘密結社ではなく! 秘密組織だ!!」
気にするところそこなのかよ、と更に笑いながら
憤慨して飛びかかるエリーを慣れた手つきで制していると
思わぬ背後から援護射撃が飛んできた。
「エリーちゃんの話、大体その通りだよ」
「え?」
振り返るとそこには前回功労者筆頭、珍しくマジ顔の吉沢さんがいた。
昨日の激戦に続いて今日はどうなるのか......!?




