三連体育祭編・15
エリーをぴったりマークしているはずの二人でも分からないほど、
彼女の加速はあまりにもスムーズなものだった。
秘策として送り出された吉沢自身が気付いたころには間隔がドンドンと開いていた
聞いていた話よりも仕掛けが早いことに驚いたのは吉沢はもちろん、
あともう少しで先頭二人に並ぼうかという捨て身の悪女には絶望そのものだった
それでも食らいつこうとエリーに二人は追随し、
意識も息も切れかけて走る取り巻きズはもうすぐにでも終わりなのだと
勘違いして最後の力を振り絞った急加速。
そこに並んぶどころかあっさり抜き去ろうかという存在こそが
治雄の読み通りの宿敵である人物、麦野であった
彼女もまた焦りを感じたことだろう。
前回は先頭を走ることに懸命であった相手に悟られぬ内に
背後に迫ったことが勝因であったことは間違いない。
それが今回は完全に読まれていた
丁度いい取り巻きズという壁を利用して先団に潜むつもりが、
明らかにこちらを意識したスパートを許して
様子見に徹している訳にはいかなくなった。
追い抜きどころを探すどころか追わされている
「あーし、やばくね......?」
彼女の呟きの笑みは明らかに苦しいものであった。
無情にも後ろの焦燥や緊迫など知らずに、
ご令嬢の痛快な進撃はレース終わりまであと20%を切ったところでも
速度の衰えは今日の風の強さに比べれば
とても緩やかなものだ。
ゴールが待つ運動場に帰ってきた。
巨大な外回り四分の三の先が栄光の終着点。
「も、もう少し......!」
完勝が近づくにつれてエリーの笑みはこぼれた。
後方を確認する余裕がないが、足音は聞こえない。
それ以上に心拍と荒い息遣いが彼女の聴覚を占領していた
鍛えた心肺機能が呻くように胸が痛み、
大きく吸う空気は冬になったかのように乾燥しきったように感じられて
喉はえずきたくなるほどにカラカラだ。
再三教え込まれた韋駄天の呼吸法なるものを守る意識も吹き飛び、
重くなる体を前に引っ張るように懸命に腕を振るう
ゴールはあともう少し。
それが頭で分かっていても最後が長い。
疲れ切った足が異様に重く熱を帯びているのだけが分かる。
実際、走破距離は90%弱。
まだ一割も残っていた
そこでつい後ろをエリーは見てしまった。
すると、どうだろう
あんなにも警戒していた運動部たちが追い上げてくるのは未だ遠く、
これはセーフティーリードだと確信できたことだろう。
力尽きた悪女組が憎きエリーを支援するかのように障害になってしまったこと、
そして素人と高を括った先頭集団を気持ちよく逃がし過ぎていたことに
気付くのにはあまりにも遅すぎたのだ。
これでエリーの勝利を脅かす者は他にいない。
息遣いが聞こえるほどあまりにも近くにいた
二人を除いては
その二人とは吉沢と、やはり麦野であった。
このあまりにも無謀と思われる大逃げがどんでん返しを必然で起こすことを
確信していた二人が彼女の前に立ちはだかった。
状況的に勝っているのはエリーだが、追い詰められているのもまた
前を精神力で走っているだけの彼女だ
ちらついてくるのは、敗北の二文字。
もはや体力は無いにも等しい。
悔やまれるのは序盤も序盤。
中盤からはペースが完全に体が馴染んで、
それこそ飛行機の自動操縦に切り替わるかのような
身体に任せておけばよい安心感があったが、
無理に吉沢に競り合いになると考えてハナを進むことを意識しすぎた。
そこで余計な体力を豊富な内に使ってしまった。
完全なるペース配分の誤算だ
こうも精神状態が揺さぶられるともう相手への意識も
落ち着きなく周りをみる首も止められない。
後ろを見てはライバル、前を見てはゴールまでの距離ばかり。
傍から見ては彼女の失速、下手をすれば逆噴射は
火を見るより明らかだった
ゴール付近で待つ者は皆、その小さな体でまだ勝利を目指す姿に
賞賛を浴びせている。
歓声に包まれるゴールは今までの苦労を思えば本当にもう少しだ。
しかし、刺客二人はもう並ぼうかという状況。
エリーを応援する誰もが声を上げてありったけの声援を送る中、
それに加わりもせずに静かに見つめる男がいた。
誰よりも彼女を大声で励まさなければいけない男が、
強風に吹かれ腕を組んでただ見ていた




