三連体育祭編・10
迎えた朝はどこか厳かな空気を匂わせた。
自分が勝手にそう思っているだけであろうが、やけに早く目が覚めて
準備を済ましていつもより早く家を出た。
すると、
「お! 珍しいな!」
聞き慣れた声がした。
「どうしたんだよ、朝練の時間なんかに」
「いやー、なんか目が覚めちゃって」
「気合入ってるねー」
「そんな他人事の一慶も最近は走り込み増やしてたんだけどな」
見られていないとも思っていたのだろうか、
兄にしっかり見られていたことを弟はひどく恥ずかしそうにした。
糸田兄弟はいつも通りの様だ。
下手に緊張する俺をいつもと変わらない調子の彼らが落ち着かせてくれた
自分が走るわけではない。
自分も走るのだが、大事なのはエリーだ。
育て上げ鍛え上げた彼女次第で努力は報われたのかが証明される。
信じて送り出すのは、見守ることしかできないのはなんと心がざわつくのだろう
いっそ自分が引き受けられるものならそうしたかったが、
自分の実力では男子の部では良くても中の上だ。
エリーには酷だが、上の頂を目指してもらわなければならない。
無論それを承知で彼女と特訓は続けてきた
そして遂に今日、答えが出る。
教室は土日明けのどんよりさもなく、いつもより賑やかだ。
そこにはちょっとは特訓の成果が出てるんじゃないかと期待する者もいれば、
前から変わらず面倒な行事だとやる気なく欠伸をする者もいる。
そんな中、アイツは
「一昨日のワールドカップ見たか!?
ドイツと日本だったからどっちを応援するか迷ってな~......
どっちの血も入っているから困りものよなぁ......
それに同じグループには親戚がいるスペインもいるし、うぅ~」
全くのいつも通りだった。
珍しく俺と同じく固くなっていたりしないか不安だったが、
そんな身の丈に似合う器の小さい女でなかったことを忘れていた。
最近はその身の丈も伸びた様に見えるから成長は心身に如実に出ている
「確かにワールドカップでもドキドキはしたけど、
今日のことを忘れてる様じゃ今からハラハラするんだが?」
「え?そのことは問題なかろうよ」
「なんぜ?」
「コンディション!肌の張り!今の仕上がりは最強だ!」
自信たっぷりに無い胸を張って見せてくれた。
しかしよく凝視してみるといつも無かった膨らみが
今は少しあるような......と見ていたら閃光のビンタが飛んできた
「エッチ!」
「殴る判断が早い!」
エリーに目を覚まされてその後は頭が冴えてきていた。
事前に出す指示、ペースメーカーにする相手、
一応自分もそこそこの結果を出すための再確認を経て
生徒全員が近くの公共運動施設までぞろぞろと歩き出した
こうした大群で移動していると昔の行軍もこんな感じなのか、と
取り留めもないことを考える。
しかし今回は周りの者はクラスメイトを抜けば
味方ではない、ライバルなのだ
前も後ろも見てみればぞろぞろと如何にうちの高校が
多くの生徒を抱えているのかがよく分かる。
その中には多くの実力者がいる。
そいつ等に勝つ策と修練は少しばかりでも仕込んできたつもりだ
それでも集めたデータ以上の人物であったり、
誰とも知らない隠れた刺客がいることもあるだろう。
そのことを巨大な一団になって歩いていると痛感させられる。
今からでも何か勝率を少しでも高められるものはないか。
誰もが和気あいあいとしている中、自分だけがしかめっ面で
わずかな希望を手繰り寄せようとしていた




