夏休み編・70
何事かと一瞬目を覆い、ゆっくりと腕をどけた視界いっぱいに
輝く満開の火の華が咲いていた。
どーん、という心臓を震わすような振動が全身を包む。
それと共にドンドンと数と美しさを増して、空は彩られていく
「は、花火......?」
ずっとこの土地に暮らしてから祭りでそれを見たことはなかった。
近くに丁度いい大きな川もあることだし、花火大会もあったらいいのにと
いつぞやに引っ越してしまった旧友が呟いていたのを思い出す。
それが現実になってみると、そいつを今すぐこの場に引っ張って
見せてやりたい
「めちゃくちゃ綺麗だ......」
「ホントに......綺麗」
うっとりとした声の主がエリーとは直ぐに気付かないくらい落ち着いた調子で、
空を見上げ照らされる横顔はずっと未来の彼女を見えたように
大人びて美しかった。
ただそう見えたのも一瞬、
すぐに子供っぽくグイグイと袖を掴んで天を指す顔はいつものものだ
「ほらほら!見ろぉ! 綺麗なものだなぁ!!
なんだかんだ初めてちゃんと見たかもしれん!」
「祭りだけじゃなく花火も初体験?」
「引きこもること我の如し」
「......つまり、表立って目にすることは今まで無かったと」
特に悲しい過去があるわけでもなく怠慢で触れて来なかった感動であると
聞くと、なんだか共感のランクも下がってしまうが
ご令嬢様の感激した様子は純粋に頬が綻ぶものであった。
最近よくエリーに対して思うのが、
本当に心身が成長して黙っていれば......
「完璧なレディなんだけどなぁ......」
「ん? 何かいったか?」
鈍感系女子に頭を振って視線を花火に戻す。
本格的な花火大会にも見劣りしないくらいの勢いが胸を打つ
この慣れ親しんだ地でまさかこんな光景を目に出来ようとは
思いもしなかった。
ジーンとしつつもこんな素晴らしくも突然のサプライズに
一抹の不安が過ってしまう
「まさか......この花火、まさかだが」
「んー?」
「お前の仕業とかじゃないよな?」
こっちが向けた疑いをまるでエリーは意に介さず、
空を懸命に背伸びをしながら熱中して見つめている。
改めて聞くも同じ生返事。これは間違いない
「思い過ごしか......」
演技力の無さに定評のあるコイツの様子からして
恐らくだが、花山財閥の手は及んでいないだろう。
ともなれば本当に力を入れて今回の半世紀記念が祝おうと
故郷が頑張ったことは確かだということ。
感動未だ尽きず、花火が爆ぜる衝撃と共に胸がいっぱいだ
気付けば周りは多くの人、人、人。
見たこともある者もいれば、当然ほとんどは遠くからも
来てくれたのか知らない人ばかりだ。
伝統が盛り上がる嬉しさとはこういうものなのだろうか
そしてエリーにばかり目を奪われていたが、連れの女子組二人も
相変わらず花火を見る姿がとても絵になる。
二人の後ろ姿と花火を写真に収めたのを来年のポスターに
してもいいかもしれない。
そんなことを思ったら運営に一ミリも携わってもいない自分が
スマホのシャッターを切っていた
「あ、撮るなら言ってよ~」
「学級委員長としてはハル君の今の行為を見逃すことは......」
有希さんのSっ気のある美しさに興奮しつつ、あわてて削除しようとすると
二人にそれぞれ写真を送れば、という条件付きで許しを頂いて
撮影会は始まった。
花火に奪われていた心を取り返してきてしまった小うるさいエリーも
割って入ってきたことで美女を撮れるプロカメラマン気分を害されたが、
写真映りだったら負けてないこともあって更に華が増した
画は加速してデータに重なっていくのであった。
自撮りで入るのはおこがましいのでガールズだけで撮っていたのを
有希さんに咎められ、自分入りの写真も彼女に撮って頂けた。
有希さんが撮ってくれたこの写真、一生消しません
を
有希さんが触れてくれたこのスマホ、一生洗いません
と言い間違えかけて肝が冷えた時には、最後の大輪の花を以て
感動の記念花火は幕を閉じたのであった。
記録にも記憶にも残る祭りを初めて笑顔で過ごせたのは、
エリーに限らず俺も変わらなかった




