夏休み編・62
「夏祭り?」
「ああ、そうだ」
自分から何かに女の子を誘ったのはこれが初めてかもしれない。
夏休みに数日ある中間登校日に、俺は島での思い出の返礼に
地元の祭りを気恥ずかしくも案内してやることにしたのだ。
しかし、そんなのお構いなしに夏の風物詩に目の前の女は小首をかしげた
「流石に引きこもり生活が長いからって夏祭りを知らないわけないだろ?」
「あぁ~......いわれてみればそんなのがアニメの水着回のおまけに......」
「え、嘘だろ?
まさか空想物でしか知らないのか?」
「う、うむ......」
いくら何でも不健康な生活ぶりをしてるとはいえ、
どれだけコイツは外界を遮断した日々を送っていたのだろう
「おいおい、モテ男さんが令嬢を誘ってるぞ」
「ふぅ~、幼馴染に飽き足らずとは......それに最近は名前で呼んでるらしいぜ」
「聞こえてるぞ、お前ら!」
意地の悪いクラスメイトは愉快に退散していく。
やっぱりあの配信の影響力は凄まじいものだ、あれからの日常は
以前よりも遥かに周りからの視線を更に変えた。
せめてもエリー呼びは学校で控えるべきだったか
しかし、呼び慣れてしまった以上今更になって呼び分けをするのも
それはそれで秘め事っぽくなってしまう。
報道記者係は今や冗談ではなくパパラッチとして俺たちの周りで
ネタがないかを嗅ぎまわっている。
ここで裏だけでエリー呼びを始めたらどうなるだろうか
答えは簡単、
山崎氏 幼馴染に飽き足らず令嬢に迫る!
の見出しがデカデカと赤く強調された記事が号外で廊下を
絨毯の如く埋め尽くすことになるだろう
それはもはや指名手配も同じだ。
今や過激純愛派によって謎の美咲とのカップリング勢力主体の
同好会が出来たとか何とかで、周りは面白がっているが
自分からすれば自分専用の管理棟が出来たようなものだ
これでは有希さんを憧れの目線でみることはもちろん、
吉沢さんの無防備さにほんの少し目線を誘われただけで
同好会一号に刺されかねない。
もともと美咲は男女共に人気があったわけだから、純粋に
俺と美咲が結ばれることを望んでいる狂信者もいれば
適当な口実を機に美咲を取られた復讐を狙っている男子も
いるとかいないとか......(狂信者の中でも悪質で女子がいるとの噂も)
賑やかである、の一言では片付けられないほどの謎の熱が
我が校で渦巻くようになっていた。
帰りにはたまに他校の人間が面白がって見に来る等、
いい意味でも悪い意味でも、いや
本当に悪い意味で有名人になってしまったのだ。
そんな面倒ごとの元凶とも恋仲関係にあると噂されるのは
今の時点では恐怖もあるが怒りもある。
しかし、そうした事情を抜きにすれば楽しい一夏の思い出を
作ってくれたのも目の前の偽ロリだ
ならば周りがどう言おうと関係ない。
外の世界を知らない人間に、せめてこれから長く暮らしていくかもしれない
地元の伝統くらいは味わって貰わないと隣人として放っておけない
「きっと楽しいから、来いよ」
「......うむ!」
こっちが色々苦労してごちゃごちゃ考えているのを意にも介さず、
眩しさだけは100点満点の笑顔でエリーは応えた。




