アイランド・サバイバル編・32
人は危機的状況に陥った時、目の前の光景がゆっくりになって見えるという。
集中力が極まった時にも似た現象が起こるというが、目の前で起こっていたことは
目を背けたくなるような光景だった。
四肢はタコ足の如く我が身を締め付け、口もまた色気もなくひょっとこのように
突き出してキツツキ運動を繰り返してくる女に危機感を覚えたことは間違いない。
しかし、自身が理解する前に本能で感じ取った脅威は花山に対して抱いたもの
ではなかった。
そう、タコチュー顔の後ろから迫る地鳴りと
雄たけびの正体こそが脅威そのものだった
「させるかぁぁ!!」
言語にもなっていなかった唸り声が制止を求めていたのだと分かると
何事かと花山が振り返る。
その開けた視界には花びらのように屈強な男たちを空中に乱れ飛ばす、
よく知った顔のようで別人と化した幼馴染の全速力の姿があった。
呼吸を忘れるかのような驚愕に心の臓が凍り付く。
死角から唐突に現れた大型車両が鼻先を掠めて通り過ぎて行った感覚が近いだろう
しかもその勢いが真正面からこちらに向かってくるのだ。
その威圧感といったら、死を覚悟するも当然。
感想を誰かに笑って語れるのは運が良くても病院のベットの上、
最悪あの世で話すこの世最後の土産話の時だろう
「や、やびゃいっ!!」
小さく叫ぶと先ほどまでの拘束を嘘のように解いて、
猫の様に軽やかに身勝手女は窮地を脱した。
この俺を踏み台にして
「て、てめえ!!」
あれだけ離れて欲しかった存在に手を伸ばし道連れを狙うも、
右手が空を切った瞬間、アイツのごめん☆というウインクと
テヘペロ顔が見えた気がした。
そのまま背中から地面に倒れ、頭の後ろでは見事に奴が着地した音と
駆け出す音を聞いた。
怒りの化身となった美咲のターゲットはきっと花山だ。
背面全体に感じる痛みに呻きながらもやっと
解放されたと溜め息交じりに上体を起こした時、
未だ勢い衰えずこちらに突っ込んでくる美咲がすぐそこまで来ていた。
怒りで我を忘れているのか、明らかにこのままではぶつかってしまう。
花山を追うにはコースもずれている。
瞬間、幼馴染はこちらがホームベースにでも見えたかのように
躊躇わず飛び込んできた。
咄嗟の出来事に無意識に防御態勢を取るかに思えたが、
意外、俺の身体は精神と反して紳士的だった。
顔と顔がぶつかることも気にせず抱き留めるために腕を開いた
おかげで背面をガッツリ擦りながらも彼女をしっかりと抑えた。
頭が少しでも接地していたら500円ハゲくらいになりそうな、
危険なダイビング受けキャッチだった
「あ、危ねえなぁ......おい、大丈夫か」
胸に顔を埋めたまま美咲が反応を返さない。
確認しようと右手が彼女の頭に触れたのと同時に、したり顔のような
ものが一瞬見えたと思ったら何かが口を塞いだ。
「......ン?」
目の前もどこか暗い、懐かしいようで心地よい匂いがする。
そして口周りの温かな感触が今起きている現実を告げるよりも早く、
「や、やりやがったァ!!」
「な、な、なんてことだ......!!」
周りの驚嘆、狼狽する声がこの異常事態を教えてくれた。
のっそりと目の前の女はおもむろに立ち上がり、
勝ち誇った顔で自分に影を落として高らかに、
花山に振り返り、宣言した
「初めての相手はアンタじゃない! このアタシだ!!」




