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アイランド・サバイバル編・30

山崎治雄は諦めていた。

これがどんなコミカルなラブコメだとしても

史上最低なファーストキスになることを覚悟した。


だが、一人の女がその窮地、混乱を自分だけの好機に変えようと

既に立ち上がっていたことに彼はまだ気付いてない。

それは、


「させるかぁぁ!!」


拘束を解いて周りを吹き飛ばしていたのは幼馴染、美咲だった。

遅れを取るような負けヒロインに甘んじるつもりはない、と

言わんばかりの鬼気迫る勢いがあった



そう、ここ最近というもの

米田 美咲という女は焦っていたのだ。


恋に疎い彼女の教科書は愚かにも、

少年向けラブコメから少女漫画まで幅広く、そして浅く学んだだけで

とっかえひっかえするので彼女のキャラはぐちゃぐちゃだった


そもそも直ぐ様師事を仰ぐ教本を変えてしまう、その節操の無さの訳に

言及しなくてはならない。


幼馴染が負けヒロインが匂わせられるだけで、

その物語をシャットアウトしてしまうためだった。


それを裏付けるように初期は積極的でボディタッチも厭わない、

少年漫画向けのヒロインをリスペクトしていた。

ラッキースケベだらけの典型的なハーレムもののはずなのに、

よく理解もせずそこからスタートしてしまっていた。

当然、ストーリーが進む毎に主人公は他の女に取られかける。

それを見るや否やキープ一つ出来ない負け犬とばかりに吐き捨て、

他の物語に着手することになる。


次にツンデレ。

こちらは比較的ヒロインの貞操観念もしっかりあって、

青年向けで女性人気も多少あるコミックのヒロインだったため

線は悪くは無かったがファン投票では、クーデレヒロインに押されている

劣勢側だった。

その煽りを受けて公式も人気の方のサブをメインに格上げしたことによって、

ツンデレヒロインは空気化。

これを見て憤慨しながら美咲は次を血眼になって求める。


ヤンデレ、清楚系、また一から戻って活発系と次々に読み漁り

貪り尽くしたが演じられる勇気がなかったり、クーデレのような

性に合わないものもあった。

また、勝ちヒロインの方を真似すれば良いのだが、

どうしてもその作品の幼馴染のキャラを憑依したいという想いに執着し続けた。


そのことによって、一つ気になり始めてしまった小さな腫瘍が

徐々に大きくなって、

本来の目的を見失うまでになっていた。



それが、幼馴染は負けヒロインの法則、であった。


どのラブコメも恋愛系も幼馴染が負けている。

惜しいところまではいくが、あと一歩で泥棒猫にやられていく。

その様は、幼馴染であるというアドバンテージから先行していた競走馬が

後からやってくるヒロインという差し馬にリードを縮められ、

上手いこと作戦負けするイメージとピッタリ合致していた。


果ては少女漫画でも男の幼馴染に軍配が上がった作品を、

美咲は見たことがなかったのだ。

実際は、もちろん幼馴染が勝つ作品もあるだろうが

不幸にも彼女は奇跡的な確率でそれを目にすること、手にすることが無かった。

意中の人を堕とす魅力的な参考にしたいキャラの捜索から、

最近の彼女は水面下で幼馴染が勝つ作品探しに没頭していたのだった


たかが、架空の作品と切り捨てることは出来なかった。

何故なら目にしてきたもの全てで自分と重ね合わせることのできる、

キャラの勝率は0、まさに絶望そのものだったのだから。



それも今回のイベントによってしばらく忘れることが出来ていた。

彼女の想い人の近くにいられるだけで、その心は安らぐことが出来た。


しかし、穏やかで楽しいはずと踏んで乗り込んだバカンスは

突如現れた原住民らしき謎の民俗の登場で無茶苦茶になり、

目を覚ませば愛しの幼馴染は悪女に襲われている。

それも女の方は口をとんがらせ、どうみてもアレを

させてはならないアレを狙っている。



故に、今まで溜まりにたまっていた焦りが思い出され

爆発して生まれた想いの力は尋常ではなかった。

飛び起きると同時に周囲の男を吹っ飛ばし、

邪魔な人だかりを掻き分けて進撃し始めた。


口同士の接触などさせてなるものか、と突き進む中

どさくさに紛れて良からぬ野心を燃料に彼女は加速していく。


徐々にその混乱の波が進む先まで伝わり、

大事なお嬢様の初キスが成就するその瞬間を見守ろうと油断している連中より

止めようという輩が多くなってきた。


あちらの必死も美咲には伝わって来ていた。

ご令嬢の貴重な瞬間を守ろうという気合が感じられる。


しかし、彼らの正義など焦燥と期待に満ちた彼女にとってみれば

紙吹雪のゴミクズ同然。



立ち塞がる良心を退け、

恋する乙女のパワーを身に宿した美咲は進み続ける


立ちはだかる敵、あと数人。



目標のあの人までの距離、あと数メートル。


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