夏休み編・35
息の荒い幼馴染を身を呈して落ち着かせるため、
抱きしめて背中を擦っている。
恥ずかしいなどと言っている場合ではない
「どー、どー...ゆっくり鼻から息を吸って......」
「ふー、ふー......」
美咲は興奮したまま
目だけはどうやらずっと背中にいる花山を捉えているようで、
丁度鏡に映っている彼女は酷く怯えているのが見える。
「さあ、俺の知らない真実を教えてもらおうじゃないか。
一体、お前達の間に何があった?」
「な、何から話したものか......」
「大丈夫だ、何があっても美咲は離さないから」
暴れないように捕まえて置くぞ、という意味だったのだが
美咲の方からも妙に優しく抱き締め返されて
何か勘違いさせてしまっているようである。
「別にそんな難しい話ではない。
そ、その者が一方的に悪事に走り
それの報いとして契約を結んだまでだ......」
「あ、アンタはやり過ぎたのよ......
それこそ、一線を越えていようものなら
タダじゃおかない......!」
「......やっぱり、コイツ怖いよぅハルぅ~」
「甘えた声出してるんじゃあないわよ!!」
猛獣を汗ぐっしょりで抑える。
火照った体で抱き合う男女と書けば、
字面は生々しいが現実は殺伐としているものだ。
プロラグビー選手でもこんなに必死になって
殺気立つ相手を止めようとはしないだろう
「こらっ! すぐ熱くならない!」
「んふ~......」
「......ハルから見えないかもしれんから言っておくが、
めっちゃデレデレしてるぞ、ソイツ」
水牛を水に浸けると大人しくなるように、
美咲を静めるには頭を撫でるといいらしい。
もし、美咲に伴侶ができたらその男に教えてやらねば
「で? 美咲は何をしたんだ?」
「簡単なことだ、コイツは――」
「密航したのよ......」
やっと正気を取り戻していつもの幼馴染になると
名残惜しそうではあるが、身を引いた。
そう見せかけて急に花山に襲い掛かるのではないかとヒヤヒヤする。
「自白を選んだか......洗いざらい話すがいい」
「言われなくてもそのつもりよ。
はあ~......私はコイツに仲間に入れてなんて言えなかった。
それこそ、ハルにも誘われてなかったから」
「うっ」
乙女の涙目で訴えられたら男としては
完全に美咲の味方にならざるを得ないところだった。
生憎彼女は芯が強いため、同情を誘うことはしなかった
「だから両親をも利用して、
盗み聞いた情報を頼りに港まで行くと馬鹿デカい船があった。
間違いないと確信して、侵入してやったわ。
潜入なんてもちろん一般JKであるアタシはしたことなかったけど、
船員が船のサイズに比べて少なかったから楽々成し遂げたわ」
どこかしてやったりの堂々とした感じで
美咲は話を続ける。
「でも、同じことを考えるバカな奴が他にも――」
「そこまで言って良いのか?」
「あ」
「え、なんだって?」
二人にしか分からない何かをうっかり美咲が漏らしたようだ。
同じ密航者がいた?
「......まさか、糸田兄弟か?」
「......そう、流石ね。
ホントに会った時はびっくり。
面識がせめてもあって良かったって感じよ」
「なるほどな......」
詳しい事情はまだこれからであるが、
どうあっても美咲を含め、
彼らを責めることは、私利私欲のために誘わなかった自分には
到底出来ないことだと早々に感じるのであった。




