夏休み編・30
気付けば、自分の部屋に戻っていた。
外はすっかり真っ暗になり、夕食の重みと温かさがいつの間にか
胃に収まっているという状態だった
その間きっと馬鹿みたいに笑っていたのだろう。
表情筋が痛い。
鏡の前に立つと、気味の悪い薄ら笑いは消えていた
代わりにドッと疲れて、また目の下のクマさんが帰って来ていた
「ただいま......おかえりっ」
裏声でクマの声を演じてしまうあたり、
かなり精神にきている。
ベットに倒れ掛かった
顔を両手で覆い、溜め息を吐き出す。
そして大の字になって脱力する
憧れだとか何だかんだ言って、
終わった後に恋心が萎む音に気付いた。
やっぱり彼女と結ばれたいと思っていたことを
今更になって知る
すると、また可笑しくなって来るが今度は鼻で笑う程度だった。
特に自分は何も失ったわけではなく、
過剰に現実の女の子に期待していた事実を学んだのみだ。
そう考えれば、得をしている。
自分は得ただのだ。
無知の知というか、井の中の蛙であったことを知り得たというか
それでも筆舌に尽くしがたい虚脱感が襲ってくる。
彼女は憧れというか理想であったのかもしれない。
こうあって欲しい、ああであったら良いという念願を
具現化したような存在に思えていたのだ
そしてそんな存在に出会えたことは奇跡だと
舞い上がって、現実というハエ叩きで地に足を付かせてもらっただけだ。
そう思い直すと、本当に有希さんに真に好意を向けていたのかも
分からなくなってきた。
人を好きになるとはかくも難しいものである
ぐるぐると同じ様なことを考え、
やっと落ち着いてきたところで静寂をぶち壊す奴が来た
「ただいまー!」
「お前の家じゃねえだろ......」
「ハルが待つ寝室のある空間とは、すなわち!
未来の我々の住まいと同義ではないか!」
「ああ、そう......」
ドタドタと十五歳児が走ってきて自分の横に飛びついて来る。
「うわっ、埃が舞うからやめろよ」
「いいではないか、いいではないか」
「転がって来るなよ~......
それにお前のベットは可愛らしいそっちの方だ」
「そんな寂しいこと言うでない!」
自爆でもするのかというくらいに背中に張り付かれた。
こうなっては寝返りも打てない。
普段なら強引にでも引き剝がすのだが、
そんな気力はもうない
「お、今日は大人しいではないか。
ん? もしや、ハルよ......
実は二人きりだとデレるタイプの奴か~?」
「疲れただけだ、もう眠いんだよ......
あ、そういえば風呂どうすんだよ?」
「あるではないか、各部屋ごとにユニットバスが」
「じゃあ、先に入るから離れてくれ」
それを聞くと更に強く抱き着いてきた。
「おいおい、ハルさんよ。
そういうのは普通、先に浴びて来いよ......
というのが男女の鉄則であろう~!?」
「そういった関係じゃねえからいいんだよ......
それにお前とか風呂長そうだし、寝ちまうよ......」
「ふむ......では一緒に入るというのはどうだろう?」
「そうするか」
急に花山は飛び退いて、
部屋の隅まで後退した。
顔を見ると案の定、真っ赤である。
そういった部分に極度な拒否反応をするのは、
変わっていない。
というか成長していない
「な、な、なにを言っているんだぁ!?」
「お前、自分で言っといてその反応はおかしいだろ」
「おかしいのはそっちだ!
い、いつもなら否定してくれるはずだ......!
まだ籍も入れてない男女が混浴など......」
ゴニョゴニョと何か言ってもじもじしている。
自分より余裕のないいじりがいのあるアイツは、
今のストレスの捌け口に丁度いいおもちゃである。
外見もバービー人形みたいだし
「バーカ、今日はエイプリルフールだよー」
「え、そうなのか!?」
「......んな、わけないだろ」
心配になるくらいのおつむをお持ちのお嬢様とは、結局
分かりやすい様にジャンケンでどちらが先に入るかを決めたのだった




