夏休み編・3
相も変わらず、花山の長話は続いていて
角田さんに聞き手をさせているようだ。
それを解くためにも、憧れに対して
勇んで一歩一歩を踏みしめて行く。
緊張で体が汗ばんでいく。
そんな無様な姿を彼女に晒すわけには......
スローになるこちらの動きを不思議そうに横から吉沢さんが覗いて来る。
先に行くように促すが首をブンブン振って、
俺に前に行って欲しそうなジェスチャーをしてくる。
こういう時、お互いが奥手なタイプだと押し付け合いになってしまうのだ
そんな滑稽なやり取りを見られるわけにもいかず、
日陰にてサイレント対決が繰り広げられたが
最終的に吉沢さんが自分の背中に隠れるようにして行く形になった。
こちらの動きが鈍くなるので、背中から押してもらう形でもある
そして力強いプッシュを背に受けながら、
どう二人に、特に角田さんに話しかけようかと悩んでいると
決まらない内に上の空だった自分の眼前に彼女がいる。
ピントは、もはや彼女だけを捉えて離さない。
花山の姿など眼中にない、正確には視界の隅に頭が映っているが
「え、えっと......そうだ!
おい、花山! 吉沢さんが話があるってさ!」
「ちょ、ちょっと治雄君!」
女々しくも責任転嫁してしまった。
結構な握力で自分のシャツが背中で握られるのを感じた。
彼女の焦りが力に変わっている
「むっ! 後ろに隠れているのは泥棒猫だな!
私も話がある! こっちに来い!!」
そう言うと花山は背後にいる吉沢さんの腕を強引に掴み、
連れ去ってしまった。
いつも非常識なことをした時は、自分が花山をそんな感じで
連行して叱るのだが......それをアイツもやりたかったのだろうか。
見えなくなる裏手まで行くと花山が怒鳴りつけている声が聞こえてきたが、
死角に入る直前、吉沢さんもVサインをしているようなので大丈夫だろう
あんな形でも接点を持てて嬉しいようだ。
「さて......」
自分の気持ちを切り替えさせるように小さく言い聞かせた。
ここからが本番だ、手汗をズボンで拭う。
目元を細くして角田さんを補足した。
睨みつけているのではなく、カッコイイ目つきのつもりだ
「ここ、眩しいもんね。
でもホントに景色が綺麗だと思わない?」
やはり、この目つきは止めよう。
眩しさに目を細めていると思われている
「そ、そうですね!」
声が上ずってしまう。
芸人みたいになってどうする......!
「そんな綺麗な景色なんか無視して、
さっきまで彼女はあなたのことについて熱弁してたのよ?」
「......え?」
どんなに必死に心で己を落ち着かせようとするよりも、
花山のような奴が話題に上がる方が高鳴る鼓動を静める。
「ホントに薫は山崎君のことが好きみたいだよ?」
その発言は何てことの無いものだった。
しかし、早とちりの自分にはまずかった。
彼女の口から自分の名と好きという言葉が出ただけで、
勘違いした。
角田さんが自分のことを好き、と言ってくれたのだと。
治雄は気絶した。
すぐさま、自室に運ばれ1時間ほどして目覚めた。
「八ッ!?」
「お! 目覚めたか、ハルよ!」
「お、おい! 花山! 角田さんが俺の事好きって言ってなかったか!?」
当然、そんなことを言えばいつも通りの花山なら激怒するが
親友のことについては冷静だった。
「そのことは私も心配で、
ハルが気絶する前にアキとの会話の最中に何度も聞いたとも。
アキよ、友であるお前は私を裏切らないよな、と。
そしたらアキは何度も頷いてくれた。
つまり、ハルよ。
アキがハルを好きになることは絶対にないぞ?
寝取られるかもしれない、という心配をさせない
本当に良い女だよ アキは」
「......」
再び、治雄は気絶した。
意中の人に絶対に好かれることはないという事実を知り、
本人の口から聞かずとも
精神的に脆い男をダウンさせるには十分過ぎるショックな現実であった。




