夏休み間近・3
「おーい、アキ!」
「!?」
自分が片時として忘れることの無かった存在、
眺めることしかできなかった高嶺の花の化身が
こちらを優雅に振り返り、優雅に立ち、優雅に歩いて来る。
語彙力も低下させてしまうほどの圧巻の清楚、
その名は角田 有希さん!
「どうしたの? また、何か教えて欲しい?」
「いやいや、どころか今回はいつもそうやって世話になっているのでな。
素敵な時間にご招待しようと思って」
「えぇ? ホントに?」
普通、花山にこんな切り出され方をしたら苦い顔しか自分はできないが
なんと彼女は優しそうな笑みを浮かべているんだ!
「うむ。 アキには何か返礼や共に過ごす機会が必要だと前から常々思っていた」
「そんな返礼だなんて...あ、でも一緒に遊んだりしたいなぁとは思ってたよ私も」
普通、花山にあんな押し付けがましく何かを言われたら
嫌な顔しか自分はできないが
なんと彼女はフォローまでしてみせるではないか!
「それは良かった! ではどうだ? 夏休みに島にでも遊びに行かないか?」
「凄い! 私で良ければ行きたい!」
普通、ではないこの状況。
なんと彼女の嬉しそうな姿は美しいのだと思うことしか出来なくなってくる。
茫然自失手前で、花山という無邪気そうで邪悪な奴の口車の魔の手から
あの美を守らねば、と理性が遅れてやってきた
「だ、駄目だよ角田さん! 軽い感じでソイツ言ってるけど、
相当な期間の自由を奪われてしまうよ!」
ここぞとばかりにカッコイイ所を見せようと、
悪役と彼女の間に身体ごと割って入った。
「山崎君が言ってること本当なの?」
ひょっこりと自分の背後から花山へ顔を覗かせる角田さんを
間近に見て、感極まって失神しそうになった。
超有名歌手のライブでの主役がサプライズ登場をした時、
意識不明者を大量に出したという話を聞いたことがあるが
その威力が身に染みて分かった気がする。
サプライズでもないのに憧れがすぐ傍にいるだけで震える
「まあ、噓ではないな。 でも大したことはない!」
ギリギリ目の前の奴の身勝手さに正義の心が
正気を奮い立たせる。
「そ、そもそもお前と角田さんはどういう関係なんだ?
仲が良かったなんて知らなかったぞ」
当然の質問をぶつけることで、自分の角田さんへの意識を逸らす。
「ん? ああ、それはハルが発端でもあるんだぞ?」
「ああ、確かに! 懐かしいなぁ」
「へ?」
まさかのきっかけが、自分自身などと一ミリも思わなかったので
彼女の前で素っ頓狂な声を上げてしまった自分を即座に殴りたかった
「私がアキのことを知ったのは、ハルが確か鬼教師に呼ばれた時だったな」
「......ああ」
まだコイツと出会って間もない頃の悪夢の一つを思い出した。
強烈な強面でいえば糸田兄にも負けていない、あの顔が目に浮かぶ。
それでも花山の判断で不良学校に異動させられたのは憐れみが大きく、
印象深い。
元気にやっているだろうか
「その時にハルはやたらとアキに対してかしこまっていた。
これは何かあるな、と睨みを利かせ私独自の調査をしたわけだなぁ
そしたら、何とまぁ育ちの良い女であることか!
なるほど、これは鋭いハルも態度を変えるわけだと納得もいき、
頭が良い上に優しいからなアキは。
色々と勉強面や生活面でも相談に乗ってもらったりして
仲良くなったわけだ!」
「やだなぁ、最初は怪しまれてたの?」
探りを入れただの、仲良くなっただの、
調子のいいことを言っているが言い換えれば
花山は失礼にも気安く角田さんに声を掛け、
終いには優しさに付け込んで懐いているだけだ。
「でも、仲良くしてくれて嬉しいよ。
それに旅行にまで誘ってくれるなんて」
「はっはっは! 当然ではないか!」
まあ...角田さんが不満でなければ......OKです!
結局、角田さんの参加の決定もあって
島生活も悪くないかな? なんて思えてしまった自分は
三人での旅行を快諾してしまった。
そうして浮かれて詳細の打ち合わせ中、
二人を見守っていた影は最後まで聞くと去って行った。
しかし、その影は一つではなかった。
それに盗み聞きをする者は教室にもいたのであった




