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転移0日目

(°▽°)血迷ったか私(麻縄が首を絞める音)

 学校の帰り道、何気ない日常の風景に見飽きてきた頃の晩秋の夕空。一人の女子高校生がポツリと、ゆっくり降りてきた踏切のバーが上がるのを待っている。

 そこに突然、バイブレーションで小刻みに一回、ブレザーの内胸ポケットが揺れた。どうやらメッセージが届いたらしい。スマートフォンの画面に明かりがつくと、ロック画面に届いたメッセージの内容が表示されていた。


『今週もお父さんもお母さんも会社にお泊まりしないといけなくなった』


『ご飯は冷蔵庫に入っているもので適当に作ってね』


『毎度毎度ごめんね(>人<;)』


 昔飼っていた黒猫とのツーショットの写真を背景に表示されている親からのメッセージは今日までにも何回も見た。彼女の両親は同じ会社で働いているらしいのだが、どういう職種であるか、彼女は知らなかった。

 ガタンッゴトンッ、と重く踏切を通過する電車の音を聞きながらスマートフォンにブレザーの右ポケットから取り出したイアホンのプラグをスマートフォンに差し、課金してダウンロードした好きなアーティストの曲を流す。

 今日も学校では何事も問題を起こさずに過ごせた。ただ、いつまで経ってもあの五月蝿い空間に彼女は慣れていないようだった。

 授業中に教師の間違えを執拗に弄ったり、興味のない授業では茶々を入れたりと、好き放題に暴れるクラスの人が何人かいる。その人の所為で授業が止まったり、嫌いな言葉である“連帯責任”と言われて纏めて叱られたりと理不尽な目にあう。それで生成される行き場のない怒りを、彼女はいつも好きなアーティストの歌を聴いて落ち着かせていた。

 周りの音が聞こえなくなるまで音量を上げ、イアホンのコードが変に垂れないようにスカートのポケットにスマートフォンを入れる。まだ、耳にイヤホンをはめてはいないが、小さなスピーカーからは音が溢れ出ていた。

 イヤホンを耳栓のように耳にはめて、彼女の気分は少し良くなった。まだ上がらない踏切にまた電車が音を立てて通過しているようだ。音は音楽で掻き消されてはいるが、重い振動が彼女の身体を揺らす。


 明日のお弁当に何を作ろう。


 やっぱり購買で明日のお昼を済まそうかな。


 帰ったらまずは宿題をやらないと。


 学校行きたくない。


 冷蔵庫の中身確認しておかないと。


 遊びたい。


 眠い……


 外界の音を妨げることで創られた自分の空間で、だらだらと思考が浮上と沈殿を繰り返す。曲はちゃんと耳に入って脳は認識をしているが、それと同時に無音の空間とも思えるほどに静かだ。


「あ、この曲……」


 自分で作ったファイルの曲が一つ終わり、次の曲が流れる。優しいイントロから始まるこの曲は、彼女が一番好きなもので、今まで聴いたどの曲もこれには劣る。だって、今流れている曲は愛猫を飼い始めた頃に出たものだから。

 猫は彼女が小学三年生の頃に、仔猫の状態で飼い始めた。だが、彼女が中学三年生になって半ばの頃に突然姿をくらませてしまい、家族の中ではもう死んだとされている。


「そういえば最近は黒猫はインスタ映えしないとかどうのこうの世間は言ってたっけ……」


 超個人的なSNSによる理由で捨てられた黒猫たちを哀れに思う。けれど、捨てられた猫たちを助けたとしても自分の飼い猫ではないので、行方知れずの自分の飼い猫の代わりにはなれない。


「…………早く…帰ってきて……ネロ」


 愛猫の名を口遊む。長く感じていた踏切がやっと上がる。けれど、時間はそんなに経ってはおらず、街はまだ、夕空の黄昏に染まっていた。








 最悪だ。

 陽はすっかり落ちて、頼りない街灯が彼女の帰路を照らす。今日も一人で踏切が上がるのを待っている。

 クラスの女子の一人にスマートフォンのロック画面を見られ、愛猫のネロを馬鹿にされた。よく無垢な動物にあんなにも悪口を言えるのか彼女は理解が出来ない。それに、黒猫を馬鹿にするのは女子生徒だけの価値観であって世間の価値観ではない。それをあたかも世間の価値観として自分に押し付けるのはとても馬鹿げている。そう彼女は思う。ただし、思っているだけで口にしない。


「ネロの事を馬鹿にされて何も言えなかったなあ……」


 考えるのが少し嫌になる。

 だからスマートフォンに接続したイアホンを耳にはめ、周りの音が聞こえなくなるほどに音量を上げて曲を流す。

 踏切はまだ上がらない。通過する電車がまだ来ない。一刻一刻が長く、自分以外の時間が止まっているようだ。


「っ!?」


 前触れもなく電車が通過する。ボーッと呆けていたので、踏切を通過する電車の勢いで創られた風に押され、彼女は咄嗟に身構えながら目を閉じてしまう。

 風は強く押してくるが、次第に押す力は弱くなり、やがて収まった。しかし、違和感が少しある。通過して行った電車からの振動が来ない。

 恐る恐る目を開くと、そこは……広い石造りの広い空間だった。光源はないが空間は昼間のように明るい。スニーカーで踏んでいるのはちゃんとした地面。全てが石でできているわけではないらしい。天井は低くはないが、一六〇センチメートル代の彼女の身長では背伸びしながら腕を伸ばしても、もう一人分の彼女の身長が必要である。

 辺りを見回してみるが、出口らしき口は見えない。真上から見れば、正方形の形をしたその空間には通路が三つ。しかし、どの道も同じような見た目で、どれも出口には繋がってはいないだろう。


「ここ…………どこ?」


 通路のない壁には一つの石像が立っている。手入れはされていなく、蔓植物が少し纏わり付いた何かの像。風化して脆くなっている可能性があるので、無暗に植物を剥がして確認できない。ただ、石像の手前には何やら祭壇らしき小さな台があるので、おそらく信仰されていた類のものだろう。

 他の場所なら綺麗なものがあるかもしれない。そう思った彼女は、今の状況に対して疑問も不安も抱かず、石像から見て右の通路を進むことにした。




















「全く……人の子の好奇心とは本当に恐ろしい……」


 誰かがそう呟く。彼が見ているのは水晶に移った一人の少女。所持品を確認せず、尚且つ今自分がいる場所へどう来たかにも疑問を浮かばない、変わった女子高生だった。

ネロ(nero):主人公の飼い猫だった。名前の由来は、イタリア語で『(ネーロ)』。

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