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わたしの顔とメイクとひみつ

 女性の朝の身支度は、顔に限って言えば相当短縮されたと思う。

 皆使ってるでしょ、したいメイクをあらかじめ登録しておけば、タップ一つで顔に投影されるやつ。あれなら忙しい朝もスキンケアだけで済むもんね。

『目を大きく見せたい』だとか、『涙袋をぽってりとさせたい』なんていうのも、お好み次第。利用料は少々お高いけど、時短の為だと思えば納得できちゃう。肌に直接塗らないから肌荒れもしないし、いいことづくめだ。なんか、一部で『投影メイクは肌に重大なストレスが蓄積される』とか何とか言ってる人たちは未だに直塗りらしいけど、私も周りの子たちも実際に『投影じゃないメイク』をしたことがないし、それらを触ったこともない。

 その気になれば二四時間だってメイク状態がキープされるので、彼氏とお泊りの夜向けにすっぴん風メイクっていうのもある。そばかす多め、とかが個人的にはかわいいと思う。


 自分の顔には愛着をそれなりに持っているから(己の美の偏差値については、この際考えない)、元の顔から離れすぎてるいわゆる詐欺メイクをするつもりはないし、してるつもりもない。けど、初めてすっぴん風じゃなくどすっぴんを今の彼氏に見られた――投影機が不具合起こして、会社でほんの数分すっぴんになっちゃったことがあった――時には訝しげな顔で二度見三度三されたあげく、『――ああ! 誰かと思った!』ってリアクションされたな。すぐに失礼だと気付いた彼から平謝りされたし、次の日のランチご馳走してもらったし、それをきっかけに付き合うようにもなったからいいけどさ。


 投影メイクは男の人もやってる人多いけど彼氏はしない派の人。一回試したけど、なんか落ち着かなかったんだって。

『プリクラで強制的に目をデカくされた時みたいでやだった』って。まあ、すごーく整ってるとかすごーくかわいいとかじゃなく、普通に普通のお顔立ちの人だけど、私は好きだからそのままで全然いいよ。

 そう言ったら、『そっちも、すっぴんもお化粧してる顔も両方いいと思う』って若干照れてボソボソと返してくれた。『――ああ!』って言ったくせにー、といつまでも根に持ちつつやっぱり褒められるのは嬉しいことだ。ましてや褒めてくれた相手が自分の好きな人ならば、嬉しさは二倍三倍ってもの。こういう人だから、すっぴん風メイクを寝ている間に起動し続けなくていいしね。


 投影メイクが主流になってからというもの、肌に直接つける化粧品(スキンケア用品を除く)ってすごく少なくなったらしいし、店頭でもあまり見ない。そんな中、ある日彼氏から「はい」って手渡された小袋。その中には、一〇センチくらいの細長い、スティックのりがスリムになったようなものが入ってた。

「ナニコレ」

「それのふた、開けてみて」

 言われたとおりにふた部分を上に引っ張って開けてみると、ふたと重なる部分の銀色の筒の中に、輸入のお菓子みたいなピンク色が隠れていた。

「銀色のとこをおさえて、おしりの方を反時計回りにくるって回してみて」

 くるってしたら、頭を斜めにカットされたピンクがにょっきり出てきた。

 匂いはそんなにない。けど、質感から言って、

「……太いクレヨン?」

 そう答えたら、大笑いされてしまった。

「それ、口紅だよ」

「え、口紅ってこんななんだ! わー、本物初めて見た! なんかすごい!」

 びっくりして、キャーキャー騒いじゃった。だって、本物の口紅なんて再放送のドラマとか昔の映画とかでしか見たことない。

「でもどうしたの?」

 私が聞くと、彼が少し照れながら教えてくれた。

「この間デパート行った時、たまたま特設コーナーで売ってて。なんか、そういう色味好きそうだなあって思ったらどうしても君に買いたくなっちゃって」

「そっか」

 その光景を想像すると、何だかかわいい。男の人にはこんなお買いものなんて恥ずかしかっただろうな。もともと女性への受け答えがスマートなタイプじゃないけど、それでもがんばって扱い方なんかも教わってきてくれたんだな。そう思うと、すごくスペシャルなものに思えてしまう。


 繰り出したピンクを二人して眺めた。

 春の花のような、かわいらしさと綺麗が程よくミックスされた色。唇の地の色より少しだけ明るい。好きなかんじだけど、今まで投影メイクでは使ったことのない色。

 鏡を見ながら、口紅を唇にあてて滑らせた。すると、魔法のようにするすると色が生まれる。つける前に見ていたのと実際乗せた印象は少し違う。唇に乗せて初めて、シンデレラのガラスの靴みたいに、私にぴったりの色になった。

「……どう?」

 振り返って聞いてみたら、彼氏は「いいね。うん、すごくいいよ」と大真面目な顔していつまでも褒めちぎるので、恥ずかしいことこの上ない。

 なので、褒めトークを止めるべく、口紅を塗った唇で、彼の唇にそっと触れた。

 キスなんてもう何回もしてるのに、初めての時みたいに特別どきどきした。それって私だけじゃないみたい。触れてるところから、彼の嬉しそうな気配が伝わってくるから。きっと、私の『嬉しそう』も向こうに知られてる。

 そう思いながら、いつもより長く、何度も交わす。


 気が済むまでそうして、気付いたこと。

「……口紅って、落ちるんだね」

「……でもって、移るんだね」

 キスのし過ぎでせっかく塗った口紅が剥げた私と、私の口紅が移ってしまった彼の唇。互いの顔を見て笑った笑った。なんかいいな。いつものお手軽便利で優秀な投影メイクももちろん好きだけど、この若干不便なリアル口紅も好きになっちゃった。

 彼が、ティッシュで口紅を拭きながら私に訊ねる。

「落ちるけど、また今度つけてもらえる?」

「もちろん。でもつけた時のキスは、外では節度あるものにしないとだね」

「……善処します」

 これまた神妙な顔つきで、正座して大真面目に言うものだから腹筋が痛くなるほど笑いながら、いつものメイクのバリエーションに『唇への投影オフ』の登録を追加した。


 そうしてこの日から、投影メイクでは味わう機会がない、ちょっとした不便さと手のひらサイズの秘密を、私たちは共有することとなったのでした。

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