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失恋! サンダーボルト

 

 現代日本に生きてる一七才男子に『なるべく恋をするな』『したとしてもなるべくダメージの大きい失恋はするな』は無理ゲーすぎると思う。特に、俺のようにスーパー恋愛体質の人間には。

 でもまーそう言われちゃうのも仕方ないんだよね。俺が失恋すると、そのショックで雷が落ちちゃうもんだから。


 ちっちゃいころから、つーかしゃべれないくらいの年から、俺は無類の女好きだったらしい。スーパーに行けばレジ係のお姉さんに愛想を振りまくり、自分らの前にレジまちで並んでいたお姉さんのスカートを引っ張って振り向かせ「かわいー!」って言わせたり。そんなだから恋するのも早くて、幼稚園の年少さんでちゅーもハグも結婚の約束も経験済み。まあ女の子たちみんな、心変わりが早かったのでしょっちゅう大泣きしては雷がどかんどかん落ちてたな。あ、その時から今でもぜったい二股はしないよ。

 なのにまたふられちゃった。今年だけで通算一五回目。もう最近は、告白される→こっちもその気になる→付き合う→幻滅される→ふられる の一連の流れがローテ化しちゃってて、ふられたからっつっていちいち泣き明かしたり、落ち込んで何日もふさぎ込むこともないので、幼少のころのように落雷+大雨を引き起こしはしない。また駄目だったかーというあらかじめ予想していたとおりのある程度の痛みと、ごろごろ聞こえるだけの雷。

 それでも、失恋で雷ムーブを起こしたことに間違いはないので、今日も俺はせっせと能力庁の俺担当である薬師寺(やくしじ)さんとこに報告へ行った。


「ちっす」

 かる~いノックは『コン』と一回、それプラスこの挨拶に、薬師寺さんは毎回面白いくらい眉をひそめてくれる。

唯太郎(ゆいたろう)、何度も言っているがそのご挨拶はいただけないな」

 いつも通り同じリアクションを見れたことに満足してから、俺はあらためてきちんと挨拶をした。

「失礼します。薬師寺さん、こんにちは。今よろしいですか?」

「なんで一回でこれが出来ないかね……」

「薬師寺さんがおもろいから」

「そんな風に言うのは君だけだよ」

「へー、みんな人を見る目がなさすぎ」

「『洞察』の能力者なら、能力庁(ここ)に何人かいるが?」

「そーゆーことじゃないのよね」

 ほんと、クソ真面目な薬師寺さんはおもろいったらありゃしない。


 薬師寺さんは俺が一二歳、向こうが新人の時からの付き合いだ。中学校入学後の能力審査の事前アンケートで、『この子が女の子にふられて泣くと何故だか雷が落ちたり大雨が降ったりが多い気がします』と親が書いたこと+審査の結果で発覚した。この時の担当が薬師寺さんで、以来ず――っと俺の面倒を見続けているってわけ。んで、『なるべく恋をするな』『したとしてもなるべくダメージの大きい失恋はするな』なんていう非現実的なアドバイスをくれたんだけどさ。

「ふられないようにって無理っしょ、恋なんてすぐ終わるんだし」

「だからすぐに終わらないように身なりを整え、好青年を演じろと言っただろう?」

「言われたことはちゃんとやってるよー」

「たとえば」

「メッセージの返信はしつこくなく、早すぎず遅すぎず丁寧に」

「ほかには」

「デートの時はドアを引いたり車道側を歩いたりして紳士的にエスコート。自分の話をべらべらしないで相手の話をちゃんと聞く」

「……唯太郎は見栄えもよくて好感度は高いはずなのに、それだけやってなぜすぐふられてしまうんだ」

「いくら素敵に見えるラッピングペーパーでじょうずにコーティングしてみたところで、地がバカだからだよ~ん」

 そう。

 ぶっちゃけ俺は顔がいい。背も高いし運動神経も悪くはない。

 でもね~、小学生じゃなく高校生だとそれだけじゃダメなんだよね。

 初速はイイのよ。薬師寺さんプロデュースの紳士的な外面よし太郎の俺は、知らない子にはすぐに恋してもらえる。でも、あたまはテストのたびに赤点+補習なスペックだし、デートしてる時に通りすがりのお散歩わんこを見てしまえば、よし太郎モードを装着してたことなんかすっかり忘れて本気で戯れてしまう(もちろん飼い主さんの許可を得てるよ!)。それどころかデート相手のこともすっかり忘れてわんこと気が済むまで追いかけっこをして、飼い主さん&わんことバイバイしたあと振り返ってみれば、彼女だったはずの子はしらーっとした顔をしている、なんてことも。そこにいてくれてるならまだいい方で、損切りのはやい子だと一人でさっさといなくなってしまう。よし太郎じゃなく唯太郎(ほんとのおれ)をみた途端、相手は恋の温度を一気に冷まし、心のシャッターをものすごい勢いで閉ざしてしまうのだ。傷つくったらありゃしねーぜ。

「どーせ本当の俺のことを好きになってくれる子なんていないのよ」

 俺の諦めきった、でもさばさばした様子に、薬師寺さんはいつも寄り気味な眉をさらに寄せてしまった。

「……私が余計なアドバイスをしたせいだな」

「アドバイスがなかったら、ちょっとも恋してもらえなくてもっと泣いてたかもだからいいんだよ」

「ほんとに、唯太郎はこんなに優しくていい奴なのにな……」

「ちょっとまって薬師寺さん、『優しくていい奴』は誉め言葉じゃねーですからね???」

 優しいのもいい奴なのも、人間として当たり前っしょ。俺がそう言うと、薬師寺さんは書類に目を落としたまま「それが出来ない人間が案外多いんだよ」と笑った。そのレアなお顔をバレないように眺める。

 あんね、失恋落雷もんだい、いっこだけ解決方法あるんだよね。薬師寺さんが気が付いてないのか気が付いてないふりしてんのかはわからんけど。

 とりあえず、黙ったまま俺はまた何度か恋をして、同じ数だけ失恋をして、住んでる町の上空をごろごろさせた。



 それからしばらく能力庁に足を向けない日が続いた。

 薬師寺さんは、今の俺の恋が安定しているもんだと思ってたろうけどそうじゃない。このところ俺は誰とも付き合っていなかったから単純に雷の出番がなかっただけ。

 かる~いノックを『コン』と一回じゃなく、はじめて適切なノックを二回。丁寧にドアを開けて、『ちっす』じゃなく「失礼します。薬師寺さん、こんにちは。今よろしいですか?」を口にした。もっちろん外面よし太郎モードだ。

 薬師寺さんは、見たこともないくらいにぽかんとして、目も口もめちゃ開いてた。そんな人の前に、俺はさらに花束を見せる。薬師寺さんの好きな、寒色系で作ってもらったやつ。

 薬師寺さんは平静を取り戻したのち、花束を見たにもかかわらずスルーして、何事もなかったかのようにふるまった。

「……どうした唯太郎、何か悪いものでも食べたか、それともふられて花束(それ)を渡せなかったか」

「どっちでもねーっすよ」

 よし太郎のまま、口調だけいつもの俺で答えると、薬師寺さんは少しだけほっとして見せた。

「じゃあなんなんだ」

「交際を申し込みに来たんだよ」

「こっ?!?!?!」

 あーおもろ。

 と思っていることはじょうずに隠して、おとなしく立ってた。

「……一応尋ねるが、まさか相手は私じゃあないよな」

「そのまさかなんだけど」

「とっ、歳を考えろ何歳差があると思ってるんだ!」

「ゆーと思ったそれ~、一〇ね知ってると思うけど」

「ふざけてるのか」

「俺バカだけどこういうことふざけないってわかってるっしょ」

 俺が静かに言いつつ、はい、と花束を手渡すと、薬師寺さんは困惑しながらも受け取ってくれた。すかさず切り込む。

「あんね、俺、出会った時からずっと薬師寺さん好きだよ」

 みんなが一瞬だけ恋をしては去っていく中、そしてかつて恋をしてた人や親やクラスメイト達がこぞって『ほんっと懲りないよね……』と呆れている中で、薬師寺さんだけはそうせず、とんちんかんなアドバイスをくれつつずっと支えてくれた。

「……でも君はほかでたくさん浮名を流してたじゃないか」

「古風~」

 俺が茶々を入れると、花束に顔を半分うずめながらじろりとにらみつけてきた。

「ちゃんと一人ひとり、みんな好きだったよ」と告白すれば、とたんに顔が曇る。

「でも薬師寺さんがどうやったってどうしても俺の中の一番なんだよね」

 そう続けて、喜ぶかといえばそうじゃない。

「困るよ」

「そうだよねえ」

 でもそれだけじゃないはず。

「私は君の担当職員で、君は私にとって観察対象の少年だ」

「長年お世話になってますぅ」

 俺がおどけても、曇った表情は晴れない。だから、こっちからもっと攻め込んでやる。

「でも、嫌いじゃないでしょ」

「もちろんだ」

「好ましく思ってるでしょ」

「……否定はしない」

 ぷいと横を向いた頬が、桃みたいな色しててかわいいな。

「つかさ、俺が一二で二二の薬師寺さんに告白したってふられるだけだと思わない?」

「……それはそうだな」

「一五で告白しても困ったっしょ」

「まあ、そうだな」

「俺、今日で一八なんだ」

「ああ、おめでとう」

「あんがと。つーわけで、もう年齢的には付き合ってもセーフでしょ」

「……誰も付き合うとは言ってないぞ」

「でも薬師寺さん、プロデュースしたのって薬師寺さんの理想じゃん。外面よし太郎けっこう好きじゃん」

 俺が成長して美少年街道を突っ走るようになってから、薬師寺さんは時折よし太郎を切ない目で見つめてくれたりもした(一瞬で隠されたけど)。

 いつだったか『お?』って気付いて、でもまさかねー、気のせいか俺の願望よねーと思ってたけど、それが続けば確信になっちゃう。

 ド直球をぶん投げたら、お顔が花のかげに完全に隠れてしまった。それでも言うよ。今日はもう引かない。

「好きだよ」

「嘘だ」

「なんでよ」

「……好かれる理由が見当たらない」

「え、なになにそーゆーの聞きたいタイプ?」

 いっがーい、とリアクションしてみれば、「聞きたいタイプではないが、皆目見当がつかないからな」と迷子のように途方に暮れた顔をしてる。だから、手を差し伸べるみたく言葉を紡いだ。

「いっぱいあるけどな。チョーまじめでおもろいとことか、すっごい面倒見いいとことか、言葉遣いがヘンテコなとことか全部」

「最後のはずいぶんと失礼だな!!!」

「はい、教えたから俺と付き合ってよね、そうじゃないと結構ヤバめの雷落ちちゃうよ」

「それは脅しか?」

「や、まじでまじで。これでふられたらもードッカンドッカン落ちちゃうんで」

 軽く言ってるけどほんとにヤバい雷落ちると思う。警告で予想で、ちょっとだけ脅し。こんなのずるいよね情に訴えかけるとか。でも、こうでもしないときっと動いてくれない。

 いっこいっこ退路を塞いでいくと、薬師寺さんは今まで見たこともないくらいに動転して頭をがしゃーっとかき乱した。

「君が恋をしなければ万事解決するのに!」

「それは俺に死ねと言ってるのと同じ~」

「ちゃんと唯太郎を好きになれる子をほかで探せ!」

「それはツチノコレベルでいなくね?」

「私がツチノコだと言いたいのか!」

「やっと好きって認めた!!!」

 俺がわーいわーいと万歳をすると、薬師寺さんは反対に眉をぎゅっとしかめる。

「……私より、気がきいててかわいい女性はいくらでもいるぞ」

「でも薬師寺さんほどおもろくてきれいで冴えてる女性はいないよ。あとかわいいし」

「付け足しで言われてもな」

「付き合ってくれたら毎日いやっちゅーほど伝えるんだけど」

 それで『べたべたするのは嫌い』だとか『逆に萎える』とか言われてふられたこともあるけど、言いたいことは言いたいじゃん。

「でも、付き合ってもらえないなら言わない。なんなら、担当も変わってもらうし。薬師寺さんもやりづらいでしょ、俺の面倒見るのなんかそれこそ面倒でしょ」

「面倒なもんか」

 即答だった。そのことに勇気をもらって畳みかける。

「担当変わる?」

「変わらないよ」

「じゃーどうすんの俺たち」

「……」

「俺は全部伝えた。薬師寺さんが決めてよ」

 俺はそれから何もしゃべらずに待った。



 かち、こち、かち、こち。普段意識したことなんかないけど、時計の針の音ってけっこーうるせーのな。


 五分待っても一〇分待ってもお返事は返ってこない。もうちっとアシストが必要かなと思いつつ「観察対象の俺と付き合うと、薬師寺さんの立場まずくなったりする?」と聞いた。

「……年齢がクリア出来ていればあとはケースバイケースなはずだ」

 なんだ知ってんじゃん。自分でも調べたんじゃん。じゃあ教えちゃお。

「俺、薬師寺さんの部署の偉い人に『薬師寺さんとお付き合いしたいんですけど』って言いに行ったよ」

「は????????????」

 さっきまでの消沈っぷりが嘘みたいに薬師寺さんがものすごい勢いで立ち上がったから、コロコロつきの椅子がチョロQみたいにびゅんと発射したじゃん。俺はやれやれと部屋の隅っこまでぶっ飛んでったそいつのとこまで行って、両手で押して元のポジションまで戻した。

「何を勝手に……!」

「別にそこまで言われるほどでもねえっしょ、俺が薬師寺さんのこと好きなのはみんな知ってたし」

「はあ???????????」

「んで、課長さんには『そこでまとまっといてもらえるとうちとしても管理が楽だなあ。お幸せにね』って言ってもらった。あ、あと薬師寺さんに『雷落ちないようによろしくね』だって」

 お墨付きってやつですよ。

 ちっちゃい時からちょろちょろ能力庁(ここ)に出入りしてるおかげですっかりなじみだし、俺が薬師寺さんのことが好きってけっこう早い段階で部署の人たちにはばれてた。その上で、『薬師寺さんも同じ気持ちでいるなら』『年齢問題がクリアになったら』っていう条件つきで、こっそり応援してもらってた。ばれたら薬師寺さんがどうでるかわかんなかったから(下手したら部署の移動を申し出るか、最悪辞めちゃいそうで)そりゃあもう、極秘で根回ししまくり。

 ――これは言うつもりないけど、『薬師寺は、仕事と私情をうまく行き来できないだろうから、両思いだろうが年齢がクリアだろうがあいつからはおそらく動けない。もし想いあってたなら君が相当頑張るんだよ!』って薬師寺さんの上司から見立て&エールをもらってた。ほんとその通りでびっくりだよ。


 薬師寺さんは、『は????????????』も『はあ???????????』も言い飽きたのか、額を手で押さえて長い溜息をつきつつ、椅子に座り込んだ。

「私が一人で悩んでたのはなんだったんだ……」

「俺も仕事も両方大事ってことでしょ」

 俺がそう言うと、「ほんと君は……」とようやく笑った。口の端をかたっぽだけ引きつらせるようにする独特な笑い方。そこがまたいい。って言ったら怒るかな。怒るよな。


 薬師寺さんは、花束にそっと触れると目線を落としたまま、束ねられた花いっぽんいっぽんに話すみたいに小さい声で「これからも、公私共々どうぞよろしく。それからかわいい花束ありがとう」と囁く。

 ようやく欲しかった答えとお礼の言葉をもらった俺は、失恋どころか真反対の展開だというのに雷に打たれたみたく心臓がしびびびっと震えた。


 そーゆーとこよ、いっちゃん好きなの。

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― 新着の感想 ―
薬師寺さんって男性だと思っていました(笑) 部署の人たちへの根回しまで済んでいたら、もう断る理由がありませんよね。 二人のやり取りがとても楽しかったです。唯太郎くんと薬師寺さん、お幸せに~。
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