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あの子は素敵(上)

 隣のクラスの野月(のづき)さんは、何もかも自分と違いすぎて羨ましい存在。

 身長がギリ一五〇センチのあたし、一六五ある野月さん。

 童顔でうるさいあたし、大人びたクールビューティーの野月さん。

 めちゃくちゃ平均点なあたし、作文のコンクールや英語のスピーチコンテストで何度も表彰されてる頭脳明晰な野月さん。

「羨まし――なぁぁぁ」

野枝(のえ)頭の中漏れてる」

「ねえねえ『野月』と『野枝』って、ちょっとおそろみたいだよね」

「名字と名前だけどね」

「野月さん、下の名前花音(かのん)っていうんだよ~。花の音でかのん、クールビューティーでなおかつ名前かわいいとか優勝だよねえ~」

「はいはい優勝優勝、おめでとー」

 あたしが熱烈な野月さん推しなのを知ってる友人の柄本(えのも)っちゃんは、もうあたしのつぶやきにいちいち感情を向けちゃあくれない。いやいいんだけどね、一緒にわちゃわちゃしてくれてるうちに野月さんの良さに目覚められたら友情にひびが入ってしまうし。強火担はあたし一人でよい。

 適度にあたしをかまいつつノートにせっせと書きものしてた柄本っちゃんがふっと顔を上げて、「野枝」って小さく呼んで、廊下を見るようちょいちょいっとペンの先で合図される。――あ。

「ノヅキッッッッ……スァン……」

「日本語不自由になってるけど大丈夫?」

 そんなツッコミに答える余裕などなく、現れた推しを見ることに集中した。


 ただの学校の廊下が、大劇場の舞台のようにきらめいて見える。埃さえも、外からの光に当たって、野月さんを彩る優美なエフェクトになる。

 不審者に思われたら悲しいし野月さんにも迷惑になっちゃうので、声が漏れ出でぬよう口を両手で押さえつつ見送った。他の人にまぎれて完全にお姿が見えなくなった頃合いで、「息しろ息」と促され、初めて息を止めてたことに気付く。二、三回大きく息をして、ふやけたため息を存分に吐いた。

「ハァァン……♡」

「盛った猫みたいな声やめろ」

「ありがとね柄本っちゃんまじ感謝」

「会話がかみ合わねーなー」

「朝に野月さん見れたから今日はスペシャルラッキーハッピーデー間違いなしだよ」

「それはよかった」

「あっ、あたしは柄本っちゃんのことも好きだからね、拗ねないでね!」

「いーからそろそろ予習しない? あんた今日、出席番号的に当たる日でしょう」

「……」

 ずばっと指摘されて、しぶしぶ教科書やらノートを開く。でも、頭の中が野月さんでいっぱいになってて予習どころじゃなかったあたしは、柄本っちゃんの予言通り各教科の先生にバシバシ指されてもあんまり上手に答えられなかった。

 お昼休みのパン争奪戦にも負けた。学食の一口唐揚げ(紙コップに入って売ってる)も売り切れてた。

 あたしをディスる天才である柄本っちゃんでさえ、この状況をさすがに不憫に思ったのか「哀れだからこれやるわ」と言って、自販機であたしの好きなジュースを買ってくれた。そいつをぐびぐび飲みつつ、でもやっぱりスペシャルラッキーハッピーデーって思う。

 推しは今日も綺麗で、友人は優しくて、ジュースは美味しい。


 あたしの密かなる推し活動(実生活では観察・SNSではフォローせずに投稿をチェック)を、柄本っちゃんはいつも「解せん」と言う。

「なんでフォローとかしないの?」

「推しを見られるだけで十分なので! あたしなんかを認知していただく必要はないので!!」

「友達になりゃいいじゃん」

「そんなの目が潰れてしまうし心臓が持たない!!」

「……幻想極まってんね」

「えへへ♡」

「褒めてないから。でもさあ、向こうもおんなじ高校生で、つかおんなじ学校で、あんま神格視しすぎんのもどうかと思うけど」

「それはまあ、そうだね」

 でも、さ。憧れちゃうんだよね。

 い――な――って、思っちゃうんだよね。

 あたしにないものを、野月さんは全部持ってるんだもん。

 伸びやかな手足も、落ち着きも、知性も。


 野月さんを初めて見たのは入学式。通路を挟んで隣に背の高い美少女おるわと思ってたらその人は司会の先生の「新入生代表挨拶、野月花音」という言葉に、「はい」と通る声で返事をして立ち上がった。舞台に向かって颯爽と歩いて行く、ピアノの黒鍵のようにつややかな黒髪から、そして壇上に上がったその人から、目が放せなかった。

 人生初の推しのオーラに当てられてしまって、その後のことは良く覚えていない。


 あたしのことは、ほんとに認知されなくていい。ただ元気でしあわせにしてくれたらそれでいい。推しの幸せはすなわちあたしの幸せだからだ。

 芸能人だったら課金というかたちでいただいた活力を還元できるのにな。見知らぬ同級生からいきなり課金されても困るだろうしな。


 野月さんとはクラスが隣ゆえに、体育の授業は一緒になる。ダンスやら短距離やらの時は、なるべく違うグループに入って体操着+ハーフパンツ姿を堪能していたのだけど(柄本っちゃんにドン引きされない程度に)、今回のバスケではとうとう直接対戦することになってしまった。

「野月さん……あなたはどうして一組なの……」

「たかが授業の試合程度でロミジュリレベルの悲壮感出すんじゃない」

「だって~~~」

「いいから、後ろ――の方で空気になってな。それなら直接やりあわなくて済むし」

「……柄本っちゃんてほんとイイ女だよね」

「知ってる」

 柄本っちゃんはハッて鼻で笑いながらかっちょいいセリフを吐いた。


 試合中、あたしはイイ女のアドバイスどおりに後ろにいた。だらだらしてたり棒立ちしてると体育の熱血な先生にアホみたいに怒られる(叱られる、じゃなく)ので、『やる気はあるんですよ~』というアッピールのために、チョロチョロしつつ。

 野月さんはと言えば、長身を生かして積極的にボールに絡みに行くんだけど、ノーコンなのかシュートはあんまり入らない。そんなギャップもかわいい。フフ、と思っていた時。

「野枝!」

 柄本っちゃんの声でハッと現実に引き戻されると、目の前にボールが転がってきてた。おっと、これはとっとと拾ってさっさとパスするに限るね。

 駆け寄って、手を伸ばす。

 そうしたのは、あたしだけでなくて。

 あれ、野月さんディフェンスの人じゃないのになぜここに、と思った時には、野月さんはスピードを殺さないままボールに――すなわちあたしに突進し、あたしたちは盛大にごっつんこしたのだった。



「痛った……」

 ぶつかって、ちょっと一瞬気絶でもしてたのかなっていうタイムラグがあって、それからけっこうな痛みで頭がじんじんした。

「野枝! 大丈夫? 意識ある? 起きなくていいからそのまま!」

 あら柄本っちゃん珍しく動揺しとるじゃないの~そんなにあたしのことが大事だったのねウフフ♡って思ったけど、そのまま言ったら『人の心配を茶化すんじゃない!』とガチで怒られそうな雰囲気だったので、「おん、だいじょぶよ~」と手をひらひらさせつつ言うと、あたしと野月さんをぐるりと囲んでのぞき込んでいた柄本っちゃん・先生・一組&二組のみんなが、なぜか全員ピキ――ンと固まった。

 動くなって言われたから起き上がれなくって、首だけを僅かに横に並んだおそろいのジャージ(野月さんとおそろっち♡って喜んでたら、柄本っちゃんに「学年ジャージでお揃いもなにもないだろが。拡大解釈すんな」と呆れられたっけね)に向かって「ごめんね野月さん、大丈夫?」ってかけた声は、なんだかいつもと違うみたいに思えた。

「うん、大丈夫。こっちこそごめんね遠田(おんだ)さん」

 えええええええ推しに名前知られてるうううううなんで???? やばない???? 認知されなくていいって思ってたけどでもやっぱり嬉し――――!!!

 心の中ででわーわー騒いでたから、あたしは異変には一切気付けないままだった。

「? なんか、声違う……?」

 野月さんは訝しげに、いつもより高い声でそうつぶやく。それから、はっと息をのみ「え、」と言って、ばっと身を起こしたのが目の端にぼんやり映ってた。

「急に起きるとよくないよ~」

 野月さんにそう掛けた声はありえないほど低くて、起きていろいろ確かめたいけど柄本っちゃんに怒られるしなあ~と寝ころんだままのあたしに、ま隣から覆いかぶさるようにして至近距離で顔を近づける人。ポジション的にそれは野月さん以外ありえないんだけど、だけど。

 どうみたって、その顔ってば。

「え、あ、あたしいい?????」

 デンドンデンドンデンドンデンドン! て、動画やアニメだったら入りそうな効果音(←太鼓の音)が脳内に流れた。


「精神相互転移みたいだね――」

 保健室の先生は、擦り傷に消毒液かける程度のテンションで、我々――あたしのガワをかぶった野月さん、光栄にも野月さんのガワをかぶらせていただいてるあたし――に向かって言い放った。

「精神……? なんスかそれ」

 あたしが聞くと、先生は「野月さんの顔でカジュアルすぎる口調ってなんか新鮮~!」と笑いつつ、「簡単に言うと、『俺たち』『私たち』『入れ替わってる――?』ってやつ」とざっくり教えてくれた。その前に微妙に腹立つ発言があったけど、まあいいや。ってか。

「大変な事態なんですけども?!」

 あたしと!!! 野月さんが!!! 入れ替わってるだなんて!!!

「恐れ多い……神の怒りが起きてしまう……」

 ブツブツ言ってると、先生が「どういう心配?」と呆れつつも、あたしと、まじめな顔したあたしの中身である野月さんに説明を重ねてくれた。

「まあ、大変っちゃ大変だけど、たま――にあることだしこういった場合の対処法もマニュアルがあるからそこまで深刻にとらえなくて大丈夫。――で、だいたい一週間くらいで転移自体は元に戻るケースがほとんどなんだけど、入れ替わってるだけでも互いのプライバシーをかなり侵害しているので、通常こういった場合は事態の収束まで合宿棟で寝泊まりしてもらうことになってます」

「……????」

 なんでやねん、と首をひねっていると、野月さんが「家庭での様子を知られたくない人もいる、と言うことですか?」と聞いてくれた。先生が大きく頷く。

「そう。おうちによっては裕福ではないところもあるし、単純に部屋を見られたくない人もいるってこと。誰もが、あなたみたいにフルオープンで生きてるわけじゃないからね、遠田さん」

 く――っ! 反論できないのが悔しい。

「今日はこれからいったん家に帰って荷物をまとめて、また学校に戻ってきてね。おうちの人にはこれ渡して」と『我が子が入れ替わった日――精神相互転移の手引き』と書かれたパンフレットを手渡された。

「そうそう、保護者にはご連絡しておくけど、自分たちからも一報入れておいて」

 そう言われたのでその場でお母さんに入れ替わった二人のツーショットの画像付きで連絡したら、『あんたの顔なのに知的でウケるwww』ってソッコー草生やして返してきやがった。それを憮然とした顔で先生に見せたら、先生もめちゃくちゃウケてた。

「野月さんの方はどんな反応だった~?」

 野月さんにそう聞くと、「『大変だろうけど、入れ替わった遠田さんになるべく迷惑をかけないようにね』って」

「優し……!」

 野月さんママさんの優しさに感激してると、「遠田さんも野月さんに迷惑かけないようにね――」って先生が書類を作りながら投げかけてきた。

「なんで私ダメっこ認定なんですか???!」

「ダメっこだからじゃないかな?」

「ひどい!」

 先生にテキトーにあしらわれて憤慨してたら、野月さんがきょとんとした顔をしていた(かわいい)。


 その後、二人で連れ立ってそれぞれの家に行った。まずはあたしの家。着替えやらゲーム機やら必要な物品をバッグに詰め込んでから親に挨拶をし、――うちのお母さんは『うっわ――! 信じられない! 野枝なのに野枝じゃないんだ!』って大騒ぎだし、お母さんから連絡がいってたお兄ちゃんは急いで大学から戻ってきて野月さんにペコペコ挨拶するし、恥ずかしいったらなかった!

 ちなみに野月さんちの親御さんは二人ともお仕事で不在だったので、荷物だけ取りに行った。すご――く野月さんち! って感じの、シンプルでかっこいいインテリアのおうちだった。

 その帰り、というか学校へ戻る道々、野月さんに「ごめんねうちの人たちうるさくして」と謝ったら「ううん」と口の端だけ僅かに上げてぎこちなくだけど笑ってくれた。いつもの野月さんの笑い方だ。

「なんか、遠田さんのおうちの人だな、って思った」

「えっそれはいい意味で悪い意味で?! あっやっぱ言わないで怖いし!」と早口でまくし立てると、野月さんが「ふふっ」っておかしそうな声の真顔……いややっぱりかすかに口の端が上がっている! ひゃー、ほんとに『ふふっ』て笑う人がいるんだ! しかもとても可憐! あたしの顔のはずなのに!

 野月さんはすぐに笑い止むと慌てて「あ、別にばかにして笑ったわけじゃないよ」と言ったので「分かってるよお」と弾むように返すと、「よかった」と胸をなでおろすしぐさ付きですごくほっとされた。

「あっしなんぞにそんなに気ぃつかわんでくだせえよ」

「うん、がんばる」

「気ぃ使わないように頑張るって野月さん面白いね」

 かわいくて頭がよくて面白いだなんて最高☆

 うっかりするとオリジナルソングの鼻歌が漏れそうだったので気を付けて歩いてたら、野月さんが「……面白いかなあ」と小首をかしげた。その愛くるしさにノックダウンされかかっていると「遠田さんほどじゃないと思うけど」といたずらっぽく追撃された。まんまとノックダウン(パート2)をくらってそいつを堪能したのち、あたしは猛然とツッコむ。

「ちょちょちょ―――い! 野月さんまでそういうかんじ???」

 いやかわいいから許しますけどねっ!


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