春に落ちたら
夏の魔法とか、スノーマジックとか、ドラマチックな季節にはそれにふさわしいミラクルがあるようだけど、ぼんやりした春にだってふしぎは隠れてる。
通りから外れた小道に誘われて、ほろ酔いで歩いた夜なんかにも。
アルコールによるふわふわした頭と足取りで、人がいないのをいいことに鼻歌とかターンとかしながら歩いてたら、突然足元がなくなった。
道のどまんなかに穴なんかあいてたっけ??? もしやマンホールのふたがオープンしてた???
なんて思いながら『あーれー』となすすべもなく暗闇に落ちた。
これは異世界に転生してしまうパターンか?! と身構えたけど、身体は桜の花みたいにゆっくりゆっくり下降して、すり傷ひとつないままスムーズに着地した。
――どうやら異世界転生ではないらしい。だってここ、よくコンビニで買った缶チューハイを開ける公園の真ん前だし。てことはさっきの『あーれー』はただの妄想か飲み過ぎによる幻覚か。ちょっとお酒控えないとな……などと自省をしていると、背後からわん! とすこやかな犬の鳴き声が一つ聞こえてきた。当然振り向く。お、かわいい仔ポメ。飼い主さんは、とリードをたどって視線を上にあげてみれば、部活のっぽいジャージを羽織った男の子が、びっくりした顔でこっちを見ていた。
「今……、落ちてきましたよね……?」
あれ? 妄想でも飲み過ぎでもない???
というか、男の子、手にしてるのがスマホじゃなくガラケーって今時そんな子いるの? てかまだ使えるのソレ?
いろいろ聞きたいことがあったけど、とりあえず「あの、怪しいものではないので……」と愛想よくしてみた。我ながらめちゃくちゃアヤシイ。
ドン引きの男の子とは対照的に、ポメちゃんはぐいぐい私のパンツスーツの脚に身体をこすりつけては『撫でろ!!! 今すぐに!!!』とアピールしてくる。黒のパンツに、柔らかそうな薄茶の毛がたくさんくっついてて思わずニヤついてしまう。
愛犬の行動の結果を見て、飼い主君は「すみません! こーらーキナコ、毛だらけにしたらだめだろ?」と声掛けしつつ脚から剥がそうとするので「ああっ、どうぞそのままで!」ととどめた。
「でも、お洋服が」
「こんなのあとでコロコロ掛けとけばいいだけですし。キナコちゃん、撫でても大丈夫な子ですか?」
「あ、はい」
そう聞いた瞬間にしゃがみこみ、と同時に肩掛けの仕事用バッグと、新製品のパンフが入った会社のロゴ入り紙袋をキナコちゃんの反対側にどんと下ろす。キナコちゃんにそっと触れてみて、大丈夫そうなのを確認したのち「キ~ナコチャア~ン!」と我ながら気色悪い裏声とともに、両手で存分にモフった。
「は~~~かっわいい~! めっちゃ癒される……」
高速でもしゃもしゃして、『もうそろそろ嫌がられる頃合いかな?』と手を止めると、キナコちゃんは『もうちょっとやってきなさいよ』と言わんばかりに腹を見せ、微動だにしない。
「キナコ……。すいません、うちの犬、ちょっとしつこいんです」
「いえいえ、ご迷惑でなければキナコちゃんの気が済むまでモフらせていただきますね!」
そう宣言したものの、キナコちゃんの気が済むのはそれからずいぶんあとだった。
撫でられたい欲を満たされてすっかりご機嫌になったキナコちゃんをブランコの柵につなぐと、飼い主君は自販機で缶コーヒーとミルクティーを買い、「どっちがいいですか」と振り向きざまに問うてきた。
「そんな、いただけませんよ」
「でもキナコを構い倒して疲れたでしょう? 迷惑料だと思ってください」
大真面目に言ってるのに、断るのもかえって無粋か。
「……じゃあ、ミルクティーを」と受け取って、二人でベンチに腰掛けた。
ミルクティー自体は定番の、昔からある今でもよく買うやつだけど、蓋をひねる前に何とはなしに眺めたパッケージは、懐かしいリニューアル前(しかも、何世代か前)のものだった。
うーん、過去に来ちゃったのかー。てか自分、リアルで『親方、空から女の子が!』してたなさっき。女の子って年じゃないけどまあ、空から降ったのは確かだしな。
と思ってたら飼い主君もおんなじこと思い出してたらしくて、「さっきの、夢じゃないですよね」って、缶を両手で包みながらおそるおそる聞いてきた。
「うん、しかも私はここより未来から来たっぽいですよ」
試しに日付をせーので言ったらシンクロした。でも西暦を聞いたらなんと一六年前。
「私フロム未来、確定しました~」
「え、マジで?!」
「マジ。二人して幻覚見るほど酔っ払ってなければ」
「俺まだ未成年ですよ」
「高校生?」
「一六です」
「若ーい!」
思わず感嘆をこぼすと、「そんな、若いって驚かれるほど差、ないと思いますけど……」と二七歳に嬉しい言葉をくれた。
「君はいい子だねー」
「だから、子って言われるほどの差じゃないし、イイコでもないし。……今だって、テスト前なのに勉強さぼってキナコの散歩なんか出てるし」
おや、なんだかやさぐれモード。カシッと音を立てて缶コーヒーのプルタブを開けたと思ったら、あっという間に飲み干した。やけ酒みたいに。
「勉強きらいなの?」
「逆に、好きな奴っているんですかね」
「いるんじゃない? ま、私は違うけど」
「よかった」
「なんでよ」
「きれいなだけでなく、その上勉強も好きって言われたら、なんかへこむ」
なんで君がへこむのよー、なんて聞かない。
酔っ払ってうっかり過去にきちゃった女に対して夢見すぎだよ、とも言わない。
でもいい気分だから、ペットボトルを持ってない方の手で口をおさえて「ヌフフフ」って笑った。そしたら飼い主君はちょっとくだけた感じの笑顔で「……何その笑い方、キモ」なんて言った。
「キモとか言わないの」
「すいません」
「キナコちゃんも言ってやってよー。『オイ! しつれいダゾ!』」
裏声でキナコちゃんの台詞を勝手にアテレコしたら「やべー、ウケる」って大笑いされた。
「来年受験で、志望校とかもういろいろ決めてかなきゃいけないんだけど、将来自分が何やりたいのか全然想像つかないし、部活に集中したいし、でもテストで赤点とると部活出らんないし、もうどうしたらいいか分かんなくって。ちょっとまぐれで進学校に受かっちゃったから、周りはランク落としてきた自分より頭いいやつばっかで成績は落ちる一方だし……」
笑いがひと段落すると、彼は背を丸めてぽつりぽつりと話し始めた。
「そっか、そういう時期か」
「はい。……お姉さんは、どうやって決めたんですか進路」
「私? どーだったかな……。家から通えて指定校推薦狙えるとこだったか。それこそなーんにも将来の展望なんかなかったよ」
「そうなんだ」
私の身もふたもない回答に、飼い主君はかえってほっとしたようだった。
「そんなに今から何でもかんでもキメうちしなくたっていいじゃん、ダメだったらハイ次ーくらいのノリで行こうよ」
「そんなでいいんですかね……」
「だっていっぺんに全部こなすなんて無理だし。まずは手前のミッションからやってけば?」
ミルクティーに口を付けつつ私が言うと、彼は少し考えて「……じゃあ差し迫ったテスト勉強をまずは頑張ってみます」と宣言した。
「そうそう、『小さなことからひとつずつ』! ハイこれテストに出るよー」
「出ませんよ。でもいい言葉」
「でしょー! 私の尊敬してる上司の口癖なんだぁ」
ひそかに心の師匠と崇めているチーフを思い出してつらつらと語る。
「上司がね、すごくよく部下のこと見てるの。で、人によって業務をさばける量が違うから、それを絶妙に割り振るのね。でもそうするとどうしても慣れた人とか得意な人にボリュームが偏りがちなんだけど、不満が爆発しないようにちょこちょこガス抜きするのがうまいんだ」
「どんな風に?」
こんな話たいくつかな? とちらっと思ったけど、飼い主君は意外にも食いついてきてくれたので、調子に乗って話を続けることにした。
「定期的に話しして、ちょっと辛いなって時には業務の負担を一時的に軽減してもらったり、あと行き詰ってたら『今週で期限切れるから使ってきてください』って、コーヒーショップのクーポンくれたり、そういうのいらない順調な人には『いつもありがとう、でも無理はしないように』って。それはそれは気遣いの人」
「かっこいいな……」
「うん、かっこいい。ああはなれないかもだけど、あんな風にできたらって思う」
本人のいないところで許可なくチーフを褒めたたえ、おまけに「スリーピースのスーツがめちゃくちゃかっこいいんだよ~」「ツーブロックがまた似合ってていいのよ~」「物腰丁寧で、下の人間にも偉ぶらないんだよ~」と本人には恥ずかしくて言ったことない萌えポイントを高校生相手にひとしきり熱弁したところで、公園の時計が目に入ってあわてた。わずかに残っていたミルクティーを飲み干す。
「もうこんな時間、そろそろ高校生はおうちに帰らないと」
キナコちゃんも、柵につながれているリードをぐいぐい引っ張って『帰ろうよ~』って訴えてるしね。
「お姉さんは?」
「てきとーに歩いてたらここに来たんだから、てきとーに歩いてたら帰れるんじゃない?」
あはははと笑ったら、自分の缶と私のペットボトルをゴミ箱に捨ててくれた飼い主君に「アバウトすぎるでしょ」とツッコまれた。その言い方、チーフにそっくり。抱えてる案件の進捗について訊かれてそれがヤバめな時、『まだ全然仕上がってないけど、まあなんとかするっすよ!』って私が返すと言われるやつ。今んとこ勝率一〇〇パーでなんとかしてるので許されたい。
時間も時間だし、えいやっと立ち上がり「それじゃ、気を付けて帰るんだよ~」と年上ぶったら、「それはむしろお姉さんがです」と冷静に返された。
「それもそうか」
「心配だから、一応連絡先交換させてください。お姉さんがどうしても戻れないだとか、もし困ることあったら連絡できるように」
「おっけー」
メッセージアプリのQRコードを表示させると、飼い主君が困った顔になるので、知らんのかとこちらのディスプレイ見せつつ説明してみた。
「これ、カメラ起動させて……。読み込まないねえ」
まだこのアプリが始まってない時代っぽい。だったらシンプルに番号交換だな。
「はい、これ」
一一ケタを表示して見せると、すぐにカシャッと写メられた。同じように、あちらの表示した番号も写真に撮る。まあ、掛けないと思うけど、一応ね。
やることはやった。けど、妙に名残惜しくて「いやじゃなければお名前、最後に教えてもらおうかな。私は櫛屋って言います」と自己紹介してみた。そしたら飼い主君も素直に教えてくれた、んだけど。
「あ、はい。手紙沢 隼人、です」
名乗られたのは、尊敬している上司と同じものだった。苗字も名前も。――そういえば、顔も少し似てる?
いやいやいや、と思いつつ別れを告げて公園を出て、行きと同じように鼻歌&ターンで歩いてたら、また『あーれー』が来て、あっさり元の時代に戻った。
翌日。
あれは夢だったのかなと思ったけど、画像フォルダにはちゃんと飼い主君の番号を写したやつが残ってた。
そんなわけで、同じ名前の上司を激しく意識しつつ極力普通の対応を心がけて仕事をし始め、鳴りまくる電話対応に追われている間に、昨日の夜のことはすっかり忘れた。
と思ったのに。
「お先に失礼しまーす」とフロアを抜けた先のエレベーターホールで、見るからに人待ち顔してた上司が「お疲れさま」と言いつつ壁際に置かれた椅子から立ち上がった。待たれてたの私かい。しかも一緒に乗るんかい。
エレベーターの中には先住民もいたのでお互い無口で、一階に着いて出てばらけたとたんに「お久しぶりです、お姉さん」と爆弾を放り込まれた。
昨晩限りのはずだったその呼ばれ方を、まさか今日も聞くとは。
「……私は昨日ぶりなので、そう久しくもないっす」
何とかそう言うと、手紙沢チーフは昨日と同じ顔で大笑いした。
「すみません、こっちは一六年ぶりのやり取りなので」
……やっぱり飼い主君がチーフかい!
「いつまでもエントランスで立ち話してるのもおかしいから」と促されて、とりあえず外に出た。どうするとも決めないでまっすぐ歩いて交差点で信号待ちしていると、前を見たまま手紙沢チーフが口を開く。
「会社の上司部下じゃなく、キナコの飼い主とお姉さん、な感じで話をしてもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
「じゃあ、もしよければ、お茶でもしませんか」
上司権限発令で言うこと聞かすでもなく、お酒でもなく食事でもなく、お茶。かわいい人なんだなあ。じんわり涌いた気持ちとともに「ぜひ」と返すと、手紙沢チーフ、もとい手紙沢さんはほっとした顔になる。
青信号を渡りながら「あとで、キナコの写真見ます?」と素敵すぎる提案をされた。
「はい! あの、キナコちゃん……」
その先をどう聞いたもんだろうかと思っていると、ああ、と理解してくれた。
「だいぶおばあちゃんになりましたが、実家でまだ元気にしてますよ」
「それは嬉しい!」
そっか、まだ仔犬だったもんね!
「今度、実家へいっしょにキナコを見に行きますか?」
「あっ行きたい! 行きたいですぜひ!」
「じゃあ、そのお話もしましょう」
通り沿いの喫茶店のドアを開けて、どうぞとレディファーストされた。うわ、部下じゃないモードだとこういう扱いなんだ。やばい、ときめく。
昨日、飼い主君にキモって言われた笑い方が出ないように気を付けながらお店に入った。
オーダーを済ませたあとにふと気が付いて、「あの」と声を掛けると、手紙沢さんはテーブルの向こう側から『はい?』と言いたげに目だけをよこした。
「なんで今日だったんですか、分かってたんですよね私だって」
手紙沢さんもそうだけど、私の苗字もなかなかレアだから覚えてもらってるのはふしぎでも何でもない。でも、この人の下に付いてもう何年にもなるというのに、ずっと私を知っているだなんておくびにも出されずにいた。
私の疑問に、手紙沢さんはさらりと「だって、昨日より前だったらまだあの公園に落っこちてきてなくて、あの時の俺のことも知らないわけだから」と答えをくれたので一瞬そっかーと納得しかけたけど。
「ずっと日付まで覚えてたんですか??????」
それはちょっと、いやだいぶ怖い。
若干引き気味にしてると、手紙沢さんはあわてて「電話番号を交換した時に撮った画像のデータで日付が確認できるからです! なにも暗記して執念深く覚えてたんじゃないですから!」と言いつのった。
「えーでもこの会社入ったのは? 偶然ですか?」
テーブルを挟んで、右から左から覗き込むようにしてしつこくしてたら、ばつが悪そうに口を開いた。
「……手にしてた紙袋に、うちのロゴが入ってたので、もしかしたら、と。『あの面白いお姉さんのいる会社は面白いかもしれない』って思って、それが入社を目指したきっかけでした」
きれいとか言ってたくせに素敵なお姉さん枠じゃないんかい。
ややフテている私を尻目に、手紙沢さんはやってきたカフォオレにお砂糖を入れながら話を続けた。
「一六年前、櫛屋さんが何年先から来たのかは分からなかったから、ひょっとして自分の先輩なのかもと思ってましたけど、入社した時にいなくて……そのあと人事異動の時期とか、研修を終えた新入社員が入ってくる頃とか、毎回ソワソワしていました。やっと現れてくれても知ってるのは月日だけだから、✕デーがいつ来るか、毎年『昨日』が来るたびにやっぱりソワソワしてて、『今日』が来るたびにいつも通りの櫛屋さんに少しがっかりして。今朝はこちらを見るたびに挙動不審だったので、ああ昨日がその日だったんだなと確信して、やっとお声がけできた次第です」
「それは、お待たせしました……?」
私も同じようにアイスミルクティーにガムシロを入れつつ返すと、手紙沢さんは「自分が勝手にソワソワしてただけですから」とカップに口を付けつつ柔らかく笑う。
「櫛屋さんにあんなこと言われたな、こんなこと言われたなって時々思い返して、迷ったり躓いたりするたびに『小さなことからひとつずつ』を自分なりに実践してみました。それと、スリーピースもツーブロックも仕事への取り組み方も部下の面倒の見かたも、全部櫛屋さんが教えてくれたものです、ありがとうございます」
うわあ、穴があったら勢いよくダイブして入りたい、でも私グッジョブ! ナイスプロデュース!
って無邪気に喜んだけど、こっちはただただ上司の尊敬&素敵ポイントを何の気なしに伝えただけなのに、それを目標にして一つずつクリアしてきたこの人がすごくないか。『よく頑張ったね!』ってキナコちゃんみたいに頭をナデナデしたいけど、それはさすがに駄目だよねえ。
すごい人は、自分が今まさに撫でられるかもしれない瀬戸際だったなんて知らずに、おいしそうにカフェオレを飲んでいる。
そして、カップをソーサーへ静かに置くと、「櫛屋さん」と真正面からこちらを見てきた。おっ、なんか緊張してんな。つられてこっちの背筋まで伸びた。
「ずっと熱烈に想っていたわけじゃありませんし、ほかの方とお付き合いしていたこともあります」
「はあ」
でしょうね。っていうか、そうでないと困る。一六年間あなた一筋とか言われたら怖くて泣く。
「職場の上司にこんなこと言われて気持ち悪いと思われても仕方がないです。でも、もしそうでなければ、俺は櫛屋さんともっと親しくなれたら、と思います」
ソフトだけど熱を感じる、でも引けと言われたらさっと引く、そんな風に聞こえた。――まさか自分が、こんな風に丁寧にアプローチされる日がこようとは。
せわしなく両手で顔をぱたぱた仰いでいたら、「暑いですか?」と聞かれたので「暑くはないです、情緒がやばいです」と素直に答えた。そしたら困った顔された。
「そのコメントはアバウトすぎるでしょ……。俺はそれをどうとらえたらいいんですか」
「ぶっちゃけると、ときめいてます」
「……尊敬する、見栄えのいい上司として?」
「シンプルに、恋愛対象の殿方としてっすね」
臆病な問いを蹴散らす勢いであっけらかんと答えたら「櫛屋さんがあけすけな人で、ありがたいです」と貶されているような褒められているようなお言葉。てか、こっちもちゃんと聞いときたい。
「私のことはどうなんですか、『有能な部下兼きれいで面白いお姉さん』ですか」
親しくなるっていうその中身が、いっしょにキナコちゃんを愛でる仲間としてじゃないくらい分かってるつもり。でもさ、せっかくならちゃんと聞いておきたいじゃん。
「櫛屋さん、それ自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
「ぜぇんぜん!」
そんなのどうだっていいのよ。さあ、どうなのよ。
私がキナコちゃんより鼻息荒く待ち構えていると、手紙沢さんは「……とても魅力的な女性として、です」と、顔を片手で覆いつつ言った。覆われていない耳が赤い。
「ヌフフフ」
嬉しくって笑いが漏れると、手紙沢さんは懐かしいものを見るように「やっぱりその笑い方するんだ」とつぶやいた。
ご実家(というかキナコちゃん)訪問は、ご両親に確認を取ってから日を決めることになった。わーい楽しみ。
改めて連絡先を交換したけど、二人とも番号が変わってなかった。それから、今度はメッセージアプリもちゃんとつながれた。手紙沢さんのアイコンは当然のようにキナコちゃん。それ見てなごんでいる間に、おばあちゃんになったという現在のお姿がいくつも送られてきた。えぇい、全部保存しちゃう♡
「ありがとうございます!」と喜ぶと、手紙沢さんが「どういたしまして」と笑う。初めて見るやさしい顔だ。
たったそれだけで簡単にふわつく気持ちをアイスティーで落ち着かせたいのに、グラスの中はもう氷しかない。仕方なしに氷をガリゴリしたけど、口の中が冷えるばっかりで気持ちの方には効果がなかった。まあでも手紙沢さんがごきげんだからいいか。
お店を出てからも、お酒も飲んでないのにずっと気持ちがふわふわしてて、それこそ鼻歌もターンもしかねない勢いだったけど。
「また一人でどこかへ落っこってしまわないように」と手を引かれて、もっとふわふわな気持ちになった。




