受け取り拒否のラブレター
お気に入りの中から厳選した、自分史上最強にとびっきりのレターセットに『好きです』って書いた。きれいな水色の無地の、透き通った薄い便箋。晴れた春の日の空に、うっすら雲がかかってる、みたいな。
線の太さも色も書き味もこだわった。水色に濃紺のインクがとってもいいかんじ。字だって、このまんまペン字のコンクール(そんなのあるかどうか知らないけど)に出せるって思うほど、きれいに書けた。というか、納得いくまで何度も書き直したから、三枚書き上げるのに五枚くらい無駄にしてしまった。でも、いい。
あの人に私の気持ちが届くなら、お気に入りの便箋を何枚潰そうが、そんなの全然かまわない。
切手を貼る。これも、かわいいキャラ(好きだけど)のとか、ファンシーなお花の柄(好きだけど)とかじゃなく、野球部の男子が受け取っても恥ずかしくないような、比較的シンプルなやつ。郵便局の窓口で、一枚買うのにいくつもいくつも切手見せてもらったよ。窓口のお姉さんとああでもないこうでもないって言い合いながら選ぶの、楽しかったな。――よし、切手もまっすぐに貼れた。
剥がれてしまわぬよう、でも開けやすいように余白部分もきちんと残しつつ、封筒のふたのふちのところにしっかりと糊付けをした。
届け先の住所と宛名、こちらの分もちゃんと記入してあるか、何度も何度も封筒をくるくる表裏にしながら確認して、部屋の窓を静かに開ける。そして。
「届け」
両手で持ったそれをおでこにつけてそう呟くと、手紙はふわりと手のひらを離れ、ほうき星のように弧を描いて夜空を飛んで行った。それだけで、一仕事終えたような気持ちになっていたのに。
小一時間後。こつん、と何かが窓に当たったような気がして、念のためカーテンを開けると、ベランダにはあのとびっきりの水色が落ちてた。
窓を開けて、まだ四隅がピンとしてる封筒にそっと触れて、それを拾い上げる。――ああ、封さえも開けられないまま、突っ返されてしまった。せっかく頑張ったあれもこれも、すべて無駄になっちゃったか。
伝えたかったな。両思い、なんて高望みしてなかった。ただ、知ってほしかった。あなたを好きな子がいますよって。
受け取り拒否っていうシステムがあるのは知ってた。受け取る側が開封せずに『戻れ』って念じればそれは送り主のところに返送されますって、郵便局のサイトにだってちゃんと書いてあるし、それは恋愛において『ごめんなさい』のしるしだ。でもまさか、自分の書いた手紙がそうされてしまうなんてね。
がっかりと悲しいのブレンドの中で呆然と座り込んでいたら、開けっ放しの窓からハガキが一枚、部屋の中へグライダーの着地のようにすうっと滑り込んできた。送り主の名を見れば、今さっき自分が飛ばして突っ返された手紙の宛名の。
「……うそ」
じょうずではないにしても、丁寧に書かれてた私の名前。字、書くの、あんまり得意じゃないって、いつか教室でお友達とそう言ってたのに。ハガキを裏返すと、そこには彼のだって私なら一目で分かる、クセの強い字が大きく連ねられていた。両手で持って、正座に座り直して、背筋をぴんと張って深呼吸を何度かして、それから飾り気のまったくない言葉たちにまじまじと見いる。
『こんばんは。お手紙、どうもありがとうございます。ですが、自分は今野球に集中したいので、女の子とお付き合いする気はありません。すみません。あと、読まずに返してしまうのもすみません。これから夏の大会があります。野球部応援してもらえるとうれしいです。それでは。』
手紙を受け取り拒否された上、望みはゼロってさらにごりごりと突き付けてくるハガキ。なのに、もっと好きになっちゃってるのはどういう仕組み?
だって、嬉しかったんだよ。頑張って書いてドキドキしながら送り出したのに戻ってきちゃってもちろんショックだけど、別にそれだけでよかったのに、自分の言葉でちゃんとお断りしてくれたから。――そういうところが、とっても好きだから。
あーあ。
私、このハガキを大事にずーっと取っといちゃうんだろうなあ。それでたまに眺めて、彼の手で書かれた自分の名前や、大きさもバランスもバラッバラな文字たちにふふって笑って、そのたびに幸せな気持ちになってしまうんだろうなあ。
朝から晩まで練習漬けで忙しいのにわざわざくれたお返事だもん。みんなにばらまくものじゃなく、私だけに宛てられたものだもん。そんなの嬉しくなるに決まってる。
ハガキのおかげで、自分の中のがっかりと悲しいは、くるくる溶けて小さくなった。けど、完全に消えないでちくっと内側から私を刺してくる。
明日からもね、彼の姿を見たらちくっとするよ。でも、駄目ってわかってて、まだ当分好きでいる。だって、急に気持ちはなくならないし、捨てられないし。それどころか、もっと気持ちを育てちゃいそうだ。
来年の私に、他に好きな人がいたり、彼に彼女が出来てたりしたら話は別だけど、そうじゃないなら彼が部活を引退したあとに、またラブレターを飛ばしてみようかな、なんて早くもそう思ってみたりする。
その時は何色のレターセットにしようか。また、『自分史上最強にとびっきり』を探さなくっちゃだね。
届いたハガキは、戻ってきた手紙と一緒に、机の引き出しに並べて入れておいた。
いつか、自分の書いた手紙の封を切って、一生懸命丁寧に書いた、すこしおすまし顔の言葉たちと、きれいな水色の便箋と、濃紺のインク、彼が目にすることのなかったものにきちんと目を通してあげよう。
今はまだ恥ずかしかったりちくっとしたりでとても読めないけど、いつか必ず。
そう思いながら、引き出しを静かに閉めた。