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スヴァールバルでシンガロング(前)

軽くですがいじめの描写と、暴力的な場面があります。苦手な方は閲覧を回避してくださいませ。

 ははは。

 笑うしかないって。体感温度-二七℃だって。まいなす。ははは。さみ――――よ。エスキモーの人がかぶりそうなもはもは付きの帽子からはみ出してる髪の毛が、四方八方からめちゃくちゃに吹き付けてくる風でとんでもないことになってる。せっかく美容院行ってきたばっかなのに。


 ……ほんとに(みなみ)はこんなとこにいるのか。


 現実とリンクしてるらしいここは、どうやらノルウェー領、スヴァールバル諸島のスピッツベルゲン島ってことになる。


 南の内的世界だからか、人はいない。もしやホッキョクグマがいるかなと思ってビビりちらかしてたけど、双眼鏡で遠くの方まで見てみてもいないらしくてほっとした。ほっとした分、余計にこのがらんとした人気のない場所にじわじわと怒りがわいてきた。

 こんな寒いところに来ちゃうなんて、どんだけつらい思いでいたんだ。ばか。ばかばかばかばかばか。ぶぁ――――――っか。一人で抱えてないであたしにも言えよ。


 分かってる。言えなかったから、あいつはここにいる。


 ***********


 あたしなら平気。

『あんたのことなんか大っ嫌い! ずっとムカついてたんだよね。いちいちウザ絡みしてくるとことか、えらそーなとことかさ。もう話しかけないでくれる』っていきなり教室で言われたの、大嘘だって分かってんだよ。顔が半泣きっつうか全泣きだったじゃん。

 クラス仕切ってるあの連中に言わされたんだってことは、ずっと後になってから知ったことだけど、とにかく超不自然すぎて、なんかよくないことが起きてるってことだけはあの時も理解してた。きっと、『そうしないと今度は鬼丸(おにまる)さん(あたしのことだ)がターゲットになるかもね~』とか脅されてたんだろう。普段ちっともかかわってこないくせに、大嘘の時はニヤニヤしながらこっち見てたしね。

 南は言うだけ言うと、あたしとは一度も目を合わさずに教室を出て行った。追いかけたかったけど、嘘の言葉でもその場に足止めさせるくらいの効果はあったみたいだ。

 追いかければ何か違ってたかもってこのあと超絶後悔するとも知らずに、あたしはただ茫然と教室で立ち尽くしてた。



 次の日から南が登校しなくなって、そのうち『目が覚めないらしい』って噂が生まれたと思ったら、あっという間に教室棟の二年の(フロア)を駆け巡った。

 言ったのはあたしじゃないしどこから漏れたか知んないけどそれは本当のことで、なのにあの連中は『ダッセ』って笑ったから、あたし、衝動的に椅子から立ち上がって机の上を上履きのまま駆けてって、笑ってたやつ全員駆けた勢いのままグーで殴ってやった。当然停学処分になったけどそんなのどうでもいい。

 あんたがいないことの方が、全然大事(だいじ)大事(おおごと)じゃん。


 あたしによる『ヤンキー女子が一軍女子達をタコ殴り事件(そんなにボコボコにはしてないっつの。一人一発ずつだ)』を学校側は伏せておきたかったらしいけどそんなのは到底ムリで、『ダッセ』発言の少し前から実際に殴った後までの動画が瞬く間に出回った。それを撮影してたオタクっぽいアニ研の男子は、奴らに南がちょこちょこ嫌がらせされてたのとか、次どうやって誰をいじめるかのトークを奴らが教室でカマしてたのとかもこっそり撮っててくれて、それをSNSに放流しつつ教育委員会にも持ってってくれてたから(グッジョブオタクくん)、どうやらあたしは退学にはならないで済むらしい。つうか、どうせなら『あ゛あ゛??? オメーらが南を脅迫して無理矢理あんなの言わせてたんだろうが!! なにがダセーんだオメーらの方が一〇〇万倍ダセエんだよ!!!』というスーパー柄悪クソデカ音声(一部音割れあり)はもう少し編集してほしかったけど。


 停学期間は一〇日間。

 先生たちには『友人を侮辱されて激高した気持ちは分かるが暴力はいけない』とか言われた。仕事を休んでわざわざ学校に来た親には後先考えないあたしの暴力沙汰で頭下げさせてほんとごめんと思ってたけど、何にも言わずに回るお寿司に連れてってくれた。

 やるかどうかは別として出された課題以外にやることもないし、停学前と同様、毎日南の顔を見に行った。目が覚めないあいつは病院にいて、ママさんがそばについてる。


「こんちわっす」

 あたしが挨拶すると、ママさんは「あら、ありすちゃん今日も来てくれたのね、ありがと」と小さく笑う。

「いちお今日も言っときますけど、ガラじゃない名前呼びは勘弁してくださいよ」

「昨日も言ったけど、ガラじゃないなんてこと、全然ないと思うのよね」

 ふふふとかわいらしく笑うママさんにそう言われると、なんだかムズムズする。

「……っす」

 聞こえないくらいの音量で返事をすると、「お花の水換えてくるわね、来て早々悪いんだけど、この子のこと見ててちょうだい」と花瓶を持って部屋を出て、南と二人っきりにしてくれた。


 スカジャンに手を突っ込んで立ったまんま、静かに眠る南に挨拶する。

「オス」

 し――ん。返事なし。以前なら『オッスオッス』と秒で返ってきてたのが、もうすでに懐かしい。

 すとんと丸椅子に腰かける。ずずずと音を立てて、ベッドのきわきわまでそいつを寄せる。南は、やっぱりすこやかに眠っている。


 あたしを嫌いと言わされたことやオタクくんの動画で暴かれたいやがらせ以外にも、色々いろいろあったらしいと聞いた。けど、そう話してくれたママさんは、それ以上の詳細を濁した。あたしが知ったらまたあの連中にブチ切れると思ってるのかもしんない。あたしだってそう思うもん。

 そのかわり、南の携帯には音声やらなんやらが克明に記録されてたってことだけ教えてもらった。こいつはあたしの友達の中でも群を抜いて賢いからなと鼻高々な気持ちの一方で、一体どんな気持ちで記録してたんだと思えば、胸の中からぱきぱき凍り付きそうに冷える心地になる。

 あいつらに陰湿にやられてたの、あたしは一番そばにいながらちっとも気付いてなかった。

 何見てたんだろうな。クソ役に立たねーな。

 見舞いに通い始めた最初の方でママさんに謝ったら、『親しいから余計に知られたくなくて隠したのねあの子。……ありすちゃんにも迷惑かけてごめんなさい』と逆に謝られてしまった。

『イヤイヤイヤイヤやめてくださいってマジで!!』とあたふた返すと、『いつも泰然としているありすちゃんでも、そんなに慌てたりするのね』と、ママさんは赤い目のまま笑ったっけ。


 いいかげん起きろよ。寝続けてもう一ヶ月近く経つぞ。

 あんたがいないと世界がつまんなすぎる。かーさんのメイクもとーちゃんのカラオケの点数もなんも変わってないのに、足元の土をごっそり持ってかれたみたいになんだか気持ちはたよりない。

 起きなって。絶対リピしようって言ってた映画、リピどころか一回目すら行かないままもうすぐ上映が終わっちまうよ。なあ。

 くっだらないことで腹筋つりそうなくらいあんたと笑いたいんだよ。

 ディスカウントストアで投げ売りされてる期間限定ドリンクを二人で飲んで、『まっっっっず!!!』とか言いたいんだよ。

 何したら起きてくれる? 逆に、何しなかったら起きてくれる?

 教えてくれって。言ってくんなきゃ分かんないよなんも。

「起きろよー……」

 勝手に手をつなぐ。勝手に、おでこにおでこをくっつける。起きてる時にそんなことしたら南は白目向いたとびきりの変顔とデスボイスで『ギャ――! やめろよぉぉぉぉぉ!』って騒ぐこと間違いないってのに、ノーリアクション。


 ***********


 夢を見た。

 作り物かっつうほど辺り一面が白くて空は灰色で、ひどくさびしい場所。

 冷凍庫みたいに寒くてうへーって思いながら周りを見回すけど、人もいなけりゃ動物もいない。ここはどこだっつーのと思いつつ、スカジャンのポッケに入れてたスマホでばしゃばしゃ空とか建物とか撮影した。その音すら、分厚いシュガーコーティングみたいにもっさり積もった雪に、ぜんぶ吸い込まれていく。ひたすらきれいで静かで、あたしは自分がつららにでもなったような気がした。


 ***********


「――ちゃん、ありすちゃん!」

 は、と目を覚ます。

 いつの間にかベッドにもたれかかってた上体をがばっと起こすと、南ママがひどく不安そうにこちらをのぞき込んでいた。

「……あれ、あたし寝ちゃってたんだ……」

「もう、びっくりさせないで。ありすちゃんまで起きなくなっちゃったのかと思って本当に心配したんだから!」

「あー……サーセン」

「あと一〇分声かけても起きなかったら、ナースステーションに駆け込むところだったわ。……ふう、まだ心臓ドキドキしてる」

 そんな大げさな、と思ったけど、ベッドの横の棚に置かれていた時計は、あたしがここにきてから二時間くらい経ってることを示してて、声掛けに反応されなかったらそりゃ心配されるわと思い直す。

「ママさん、ごめんなさい」

「いいのよ。……わたしもつい感情的になっちゃって、ごめんなさいね」

 そよぐ風に揺らいだ白いカーテンの方を見たまま、ママさんは「一緒に起きてくれてもいいのに、どうしてこの子は起きないのかしらね」とつぶやいて、あたしは今さっきの光景をふと思い出した。

 あんな所にもしいたのなら、寒くて凍えて眠り込んでしまっていてもおかしくはない。

 まあでも夢だしなと思いながら、「長々おじゃましました」と丸椅子から立ち上がると、何かが膝の上から滑り落ちて、ごっとんと床に当たった。

「あらあら、だめじゃない大事にしないと」

 しゃがんだママさんが拾い上げてはい、と渡してくれたのは、スカジャンのポッケに入れっぱのはずの携帯だった。


 おかしい。

 帰り道、いつものようにバス代をケチって歩きながら(病院とうちは徒歩三〇分てとこ。病院はちょっとした山の上なので、チャリは諦めた)、あたしはずっと考えてた。

 寝ちゃう前にスマホはいじってなかった。じゃあなんで膝の上に出てたんだろう。

 たまたまか。もしくは実は寝てる間にアクティブに動くタイプの人だったのかあたし。いやいや。じゃあなんでだよ。

 考えても分かんないことを考え続けてたら『あ――――!』ってなったので、とりあえず公園のベンチにどっかり座った。同時に、ベンチ下で食いかすをつついてた鳩たちがわーっと飛んだ。そのうちの一羽がまたポッポポッポ言いながら近づいてきたから「ねーなんでだと思うよ」って戯れに聞いてみたら、そいつはバッサバッサ音を立てて舞い上がり、あたしの上をスルーしながらうんこを落とした。

「ゲッ!!!」

 頭に冷たい感触があったので、スマホをかざして自撮りしてみた。つむじんとこがべっちょりとやられてた。

「あのやろう……!」

 むかつきながら脳天うんこ画像をゴミ箱に葬る。

 その時、ん? って思った。違和感。なんだ?

 もう一度カメラロールに目をやる。


 そこには、白い風景写真がたくさんあった。


 なんで。


 ドキドキしながら画像を開く。灰色の空。

 次の画像を開く。真っ白い世界。

 次。無人の建物。


 え。ちょっと待って。なんで。

 カメラロールをすいすい指先で流しつつ、灰白い画像群を一つひとつ確認する。

 夢で見たまんまの光景が、いくつも映し出されてた。


 家に帰ってスマホをダイニングテーブルの上に置いて腕組みして眺めてみる。そんな風にしてみたら天才探偵みたいにひらめく、なんてわけでもない。

「せめてどこだか分かればなー……」

 あたしの独り言はご飯を作っていたかーさんの耳に拾われ、「ない頭で何悩んでんだ」とド直球に聞かれた。

「風景写真の場所がどこだか知りたくて」

「そしたら画像で検索してみりゃいいだろ」

 病院の帰りからずっと悩んでいたことの解決方法をあっさりと示されて、「かーさん天才だな……!」と感嘆すると、本人は「そうだろう」と目を細めて笑った。いや、マジ天才。

 さっそく検索してみると一秒もかからず出てくる(検索も天才だな)。


 そして示された、スヴァールバル。



「あらありすちゃん、今日は早いのね――どうしたの?」

 かーさんの言うとおり、ない頭で悩んだって仕方ないけど昨日から夢と写真とスヴァールバルのことがず――っと頭の中でぐるぐる回ってて、いても立ってもいられない状態で面会開始直後の時間にきてしまった。南ママがいぶかしんで当然。いつもは遅起きしてゆっくり朝昼ごはん食べて、それからだからね。


 どうしたのって聞かれて、うまく答えられなかった。あたしがやべー奴なのはママさんもとっくに分かってると思うけど、頭がやべー奴だと思われたらここに来れなくなっちゃうかもだし。

 悪いことして親に打ち明けられない子みたいに、蛍光イエローのスニーカーのつま先ばっか見てた。南とおそろいの。起きなくなる直前に二人して『いっせーのせ』で買ったけど、ここまで毎日往復一時間歩くから、こっちばっかボロけてく。

 そう思ったら、ぐわっと視界がゆがんで、涙がつま先に落ちた。ぼたぼたって。

「ごめんなさい、急に、こんな」

 ぐいぐい力任せに目元をぬぐってたら、「そんな風にしたら駄目よ」と優しく諭される。

「まったくこの子ったら、親友を泣かせちゃって。起きた時には二人でいっぱい叱ってやらないとね」

 とんとんとん、と、小さい子をあやすように背中でやさしく弾むてのひらに、涙があとからあとから滲んでしまって困った。


 なんとか落ち着いた頃合いで、いつものように南ママが席を外してくれた。

 あたしは、ドキドキしながら手順をおさらいする。


 スマホをスカジャンのポッケに入れる。ついでに、ニット帽と手袋とマフラーを入れたリュックを背負う。南ママ宛てのメモをサイドテーブルの上に置く。

 丸椅子に腰かける。ずずずと音を立てて、ベッドのきわきわまでそいつを寄せる。

 手をつなぐ。おでこにおでこをくっつける。


 目をつむる。


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