自白と目白と白日と白目
読んでいて目が滑ることを想定して書いたものです。読んでいていらいらする箇所があるかと思うので、『ムリだな』と思ったらブラウザバックしてくださいませ。
それから、直接的表現はないですが、ちょっとだけ暴力&グロ描写があります。
1.自白
電車を降りたことのない街だ。
でも、本人の言が確かなら、ここに『自白』が埋まっていることに間違いはない。
自白 in the ground of 目白、とかつて己の選んだ埋葬地を教えてくれた時、おまえはそう笑ったね。
自分たちのような能力庁の管轄外である能力者は、セーフティネットの外側にその身を置いている。
当然だろう。仄暗い欲望からどす黒い欲望まで、自分たちの依頼主はあくまでダークだ。法に触れることをしておいていざとなったら法に守ってもらおうなどと考えるのは、あまりにも都合が良すぎる。
例えば、――あくまで、例え話という態――私や自白は、他の誰かが対象者に施した身体的苦痛(拷問とも言う)を目の当たりにしても止めることはなかったし。
自らの手で対象者の生命活動を停止させることも、たまにはあったし。
そんな自分たちが、今度は誰かにとっての対象者となった時に『助けてください』なんて言えっこないという話。
仕事は基本的には単独だけれど、その内容から誰かと組むこともある。例えば、様々なことを『自白』させる自白と、ありとあらゆることを記憶し保管する『箱』は互いの能力の相性の良さから、よく上からタッグを組まされた。長い付き合いだったにもかかわらず、自白の本名は知らない。自白も、私の名を知らなかった。
本当の名など教え合ったところで何かしらの悪事に使われてしまう。いつか互いの真名をやりとりしたい気持ちもあったけれど。
ああ、でもおまえ、死んでしまったね。ひどく苦しんだと聞く。私たちは各方面からそれはそれは高く恨みを買っていたから。
仕方ないね。やった方は『仕事だから』といちいち覚えてはいないとしても、やられた方は一生忘れないだろう。何年も掛けて復讐する人もたくさんいるし。
そんなわけで、非正規能力者は死に方を選べない。畳の上で安寧に死ねるものなどいない。事故に見せかけて殺されるのはまだいい方で、そのレアケースを除いたほとんどの場合は野垂れ死にや拷問の末に殺されると決まっている。そういう結末を迎えると知っていても、ギャラの高さからこの業界に飛び込んでくる人間はやたらと多い。つまり、使い捨てカイロくらい替えがきく存在なのだ、私たちは。
そのかわり(になるのかどうか)、自分の死体の埋葬地だけは選べることになっている。
それはどういうことかというと、あらかじめ場所を選定しそれを組織に申請しさえすれば、たとえ『警視庁の前』――そんな酔狂な場所を指定するものはいないけれど――だとしても叶えられることになっている。オフィシャルではない能力を行使する、オフィシャルではない能力者によって。
そして自白は目白を選んだ。
2.目白
坂の多い土地だ、とまず思った。平たい場所が少ない。アップダウンは子供の描いたデフォルメのきいた絵のように容赦なく、普段そこまで身体を動かすことのない自分にはとてもつらい街だ。そのせいか、人はさほど多く行き交わない印象を受けた。まあ、通勤帯でもない半端な時間の平日なぞ、こんなものかもしれないね。
しかし、どの駅からもそれなりに遠く、坂道だらけのこの街をひいひい言いながら歩いているうちに、ふっと笑いがこみ上げてきた。
目白を選んだのは自白、おまえのいやがらせだね。
場所を教えたら、自白の死後私がここへ来ると分った上で伝えて、そして歩かせて汗だくにさせて。きっと今頃土の下でご満悦だ。まったく、いい性格している。褒めてはいないよ。
素晴らしいことにこのいやがらせは、私にだけ向けて発動されたものではない。生命停止後、組織から派遣されるあとしまつ班の面々もそうとう苦労したことだろう。なにせ本人が希望したのは目白という台地の上かつ、元武家屋敷で現在は美術館として使われている敷地の一角。それだけでもあとしまつ班の苦悩が伝わってこようというものだけれど、生命活動を停止したおおよそ五〇キロ前後の物体――それがひとかたまりであろうとバラバラにされていようと――を、人目につかぬように運び、警報が作動しないよう敷地に侵入し、気付かれぬまま埋葬したのだから。
車で運搬したとしても、敷地外から埋葬場所まではそれなりの距離がある。車を避け、坂下から人力で運んだならなおさら大変だっただろう。せめて、台地の上ではなく下の公園にしてほしかったと幾度も考えたろうね。
美術館の利用者を装って門内に足を踏み入れつつ、あとしまつ班の労力に思いを馳せ『ごくろうさま』と内心ねぎらわずにはいられなかった。
3.白日
美術館の窓口でチケットを購入して、中の展示も一応見た。こんなことでもなければ足を運ばなかっただろうが、思いのほか楽しかった。
そして再び外に出て、敷地内をうろうろと歩いた。台地の上に建つこの美術館と坂の下にある公園とは敷地内の奥の階段で繋がっているから、こうしていてもたぶんおかしくはないはず。
しめった土の上を歩き回って、そして、見つけた。
おおよその場所は聞いていたものの、目印は何もない。ただ私が自白の話から勝手に『ここだ』と思っただけ。
高く茂った木々のざわめき。美しく歴史のある建物。開けた視界に広がる眼下の街並み。吹き抜ける清明な風。
いいね。
この場所を選んで正解だよ、自白。
自白殺害の件やその犯人が白日に晒されることはおそらくない。
警察に嗅ぎつけられず報道もされないまま粛々と自白が埋められたように、全ては闇から闇へと葬られるだけだ。右の部屋にあった箱を、左の部屋に移すような、そんな軽さで。
「自白、おまえの能力が自白ではなく白日であれば、この件が表沙汰になったかもしれないのに」
それでも、鯨の尾びれが波間からちらりと現れる程度であっただろうし、またそれを自白が望んでいたかも分らないけれど。そう。
私は何も知らないし分らない。仕事以外の自白の顔を。好きだったものを。嫌いだったものを。
だから今日、何も供えるための物が用意できなかった。菓子かタバコか酒かで悩んで、そのどれもしっくりしなくてやめてしまったよ。あんなに長いことタッグを組んで生き抜いてきたというのに、おかしな話だ。
ああ、でもたったひとつ知っていたっけ。自白の好きだったもの。
4.白目
自白はかつて、『自分の身体のパーツの中で白目が一番好きだ』と言っていた。死に至るほどの身体的苦痛を対象者に与えるという業務内容を含んだ、ややハードな仕事を無事に終えて、私たちはどちらも血まみれ――もちろん自分の血液ではない――の時に。
『なんでまた白目を?』と私が聞いて、自白がそばかすのように対象者の血を顔中纏ったまま答える。
『とっても白くてきれいなんだよ。あんまり充血とかしない』
『ふうん』
私がいかにも興味のない様子でそう返すと、『ほら、もっとよく見てみろ』と近づかれた。
たしかに、きれいだった。
肖像画のように。歯を立てる前のゆで卵のように。
朝のひかりのように。赤子のそれのように。
光がちかちかと明滅するのにも似たその連想は、全てあたたかく心地よかった。
足元をじっと見つめる。片膝をつき、しめった土の表面にそっと触れる。
土の下で、自白の白目はまだ白いままだろうか。
腐敗が進んで濁ってしまっただろうか。
それとも、もうとっくに分解されているだろうか。
自白。
おまえの見せてくれた白目を、自分も好きだったよ。真っ白で、とてもうつくしかった。
裏金のありかや薬物のルート、ありとあらゆる『汚いこと』を自白させて、一つそれが済むごとに自白の白目はますます澄んだ湖のようにきれいになっていたね。きれいすぎて、人ならざるもののようだった。
そうか。私は、自白のことを好ましく思っていたのだね。おまえの目、ハンカチに包んでいつでも肌身離さず持ち歩いて、飽くことなくその白目を眺めてみたかったな。
けれど、もうすべて過去形になってしまう。
まあ、私もじきにおまえのいる方にゆくだろう。そう待たせはしない。おまえが殺されたということは、私も同じだけ殺される理由があるということだからね。
それに、私という名の、ありとあらゆる悪事にまつわるデータを格納した『箱』の存在を知るものにとっては、私の死がなにより一番安全だ。情報が流出するリスクはなくなる上、箱の中身は肉体とともに消失するのだから。逆に、拷問で無理矢理白状させようとしても無駄。正規の手順を踏まないアウトプットは、文字化けした意味のない言葉の羅列しか産み出さないから。
それを知らない輩に、身体的苦痛をひどく与えられつつ私は死を迎えるのかもしれないねえ。
そうだ、その時が来たら、私もあとしまつ班に自白と同じいやがらせをしてやるとしよう。
組織に申請している埋葬地の希望は、ここへ変更しておくよ。あとしまつ班にはまた苦労を掛けてしまうけれど、それくらいしてもバチは当たらないでしょう。普通の仕事よりギャラが高いとはいえ、命と引き換えにできるほど高くはないのだから。
自白。
おまえの隣。目白の台地。
白日に晒されることなく、私もおまえとおまえの白目のように朽ちるその日を、指折り数えて生きるとしよう。
そして物言わぬ同士、土の中でひっそりと、互いの真名を渡し合おう。
21/09/28 一部修正しました。




