今日の続きの明日が来ますように
明日地球終わっちゃうかもしれないらしい。
なんかね、ツイッターもLINEもテレビもそのことでそりゃもう大騒ぎよ。でも、実生活は案外落ち着いてる。治安が維持されてて交通機関もちゃんと動いてて、普通にみんな会社や学校行くし。滅亡は確定じゃないっぽいから、もしかして明日がちゃんとくるなら今日の続きをしなくちゃだし、バカなことやって捕まっても困るから今イチ世紀末的なヒャッハーにはならないんだな。
そうそう、うちのお父さんは滅亡阻止するためのお仕事で、もう三ヶ月近く仕事場に泊まりこんでる。たまに来るLINEが痛々しい。
『おうちに帰りたいよー』『ママのご飯が食べたいよー』『娘たちに会いたいよー』ってゆるーいスタンプ送ってくるけど、私が自撮り送ってって頼んでたまに返ってくる画像は、いつもめっちゃやつれてる。ピースしてるけど。
ママも普通にお仕事(半年先に本格的にスタートするプロジェクトの準備、とやら)で、私も普通に学校(一〇〇〇メートル走ったり、家庭科で野菜千切りのテストしたり)で、最後かもしれない今日は、いつものまんま淡々と過ぎていく。
でも、今やってみたいことをトライしておかないと万が一の時に後悔しそうだ。そう思って、「彼氏んとこ泊まる―」って朝宣言して、『最後かもしれない夜を共に過ごす相手』に家族じゃなく彼氏を選んだお姉ちゃんの部屋に帰宅後無断で入った。
クローゼットを開けて今季の姉コーデをいくつか着てみた。どれもひらっひらで丈が短くて落ち着かなかった。
お姉ちゃんとっておきのハイヒールを履いてみた。数歩で歩けなくなった。
香水を付けようとして、瓶のふたを開けたとこで匂いが駄目でやめた。
口紅を差した。真っ赤な色が、笑えるほど似合わなかった。
なんだ、結局二〇代のセクシーモードはまだ私には早いってことじゃん……。残念。
結局、ものの数分でお姉ちゃんの部屋からすごすごと撤退した。
だったらせめて、今の自分のお気に入りかつお似合いの格好で町を歩いてみるか。
そう思って、髪をポニーテールにして、それにうさぎの耳みたいな形のリボンゴムをつけて、汚れるのがいやでめったに着ないベビーピンクのワンピースになって、少しだけ踵のあるサンダル(これなら問題なく歩ける)を履いて外に出た。
暑くもなく寒くもない季節。そよそよとした風が気持ちいい。夕方のせいか、わんこのお散歩にあちこちで行き合う。ポメに秋田犬に君は誰かな? みんな、明日が最後かもとか関係なく、今日のお散歩を楽しんでるみたい。いいね。
スーパーに寄って、気になってたけどお高くて手が出ないでいたアイスバーをえいっと買ってみた。それを公園で、子供たちが遊ぶのをぼーっと見ながらベンチで食べた。普通においしかった。でも次は買わないかなあ。
って思って、次がないかもだったことを思い出す。
ううむ。
自分では冷静なつもりでいたけど、そうでもないなあさすがに。
お父さんは『明日を迎えられるように大人たちが頑張ってるから子どもたちも信じて!』って言う。だから私は地球滅亡系のニュースは見ないしリツイートもしない。信じることしかさせてもらえないのに、それすら放棄したら申し訳ないし。
それでも一〇〇パー信じてるかっていったら違う。『かも』を免罪符のように付けただけで、明日が来ない、次がないなんて仮定をぐるぐるしちゃう程度には。
どこか頭の隅では、『明日なんか来ないかもしれないのに、ママは半年先のために仕事してるっていうの、なんかバカみたい』とも思ってしまう。
アイスが溶けてぽたぽたと地面に落ちる。ありんこが甘い匂いに寄ってくる。こいつらも、死んじゃうかもなのか。てかみんな、全部か。
胸キュン漫画の続きも、美術の課題の仕上げも、ダイエットも、何もかも途中で。
良くない想像が、じわじわと心を黒く塗りつぶす。『信じてるけど』が『信じたいけど』になっちゃう。
あ、泣きそう、と思った時突然「ねえそれ垂れてるけどいいの」って、声掛けられた。
ぱっと声のした方を見ると、そこに立ってたのはクラスメイトの男の子。
「あれ、亀山さんじゃん」
「……蟹田君」
同じ『か』のつく彼とは、出席番号が近いからけっこうペアになることが多い。でも彼は、練習時間が長時間なことで有名な部活の人では。
「蟹田君ハンド部は?」
「今日早く終わったから、例のアレの影響で。だったら最初っから休みにしてくれればいいのにな」
「ほんとにね」
「で、ひっさしぶりにこんな早くに帰ってきてもやることねーし、なんとなく公園寄ってみたらボーっとベンチに座ってる女の子の手からアイスの溶けたのがぼったぼた垂れてて、それで声掛けたら亀山さんだった」
「……あ、」
お高いアイスバーは下に向けて持ったまんまで、手からは当然アイスが垂れて続けてた。
「もったいないことしたなー……」
ちょっとでも動かすと残りが全部落っこってしまいそうで、動くに動けない。そしたら蟹田君が「ね、それ俺食っても怒んない?」って言ってきた。
「怒んないよ、なんで?」
「や、だって女の子の食べかけだしさぁ」と妙に照れる。そんなのなれっこで、平気でしちゃいそうな感じなのに。
「どうぞどうぞ、てか食べてくれるなら急がないと落ちそうだよコレ」
「お、じゃ、さっそくいただきます」
そう言うと蟹田君は横に座って、バクッ! と音がしそうな勢いでかぶりつき、一口で残りをぜんぶ口に入れた。
「うまいねこれ」
「そ、それならよかったよ……」
「ん? 亀山さんどうした?」
「やー、手まで食べられるかと思ってびびってた」
「野蛮人でスイマセン」
「んーん、食べてもらって助かったよ」
丸裸になったアイスの棒と袋をごみ箱に捨てに立ってついでに手を洗う。ハンカチで手を拭きながら戻ると、蟹田君がじーっとこちらを見ていた。
「なに?」
「うん、何つうか、亀山さんいつもと違うなあと思って」
「制服じゃないからね」
「それもそうなんだけど、ガン見してたのそれだけじゃなくて……その、泣いてない、よね」
「うん」
「よかったー……」
蟹田君はがーっと髪をくしゃくしゃにすると、そのまま前のめりになった。
「……明日が来ないかもとか言われて金持ちのセレブは自家用ロケットでもう地球を脱出したとか噂がガンガン回ってきててさ、最後かもしんねえ部活をとりあえずしっかりやろうと思ってたのにハンパなとこで顧問が『いいからもう帰れ』って言うしさ、ちくしょうなんなんだよってムカつきながらチャリ漕いでたら、なんかちらっと白いのが視界に入って、なんだ? ってブレーキかけたらポニーテールにワンピースの女の子でさ、その子が泣きそうな顔して溶けてるアイスの棒持ったまま座ってたんだよ」
「……」
「それ見たらイライラしてたのとか怒ってたのとか全部すっとんじゃって、泣かせたくない! って思わず声掛けちゃった。邪魔しちゃってたらごめん」
「ううん、むしろありがと」
私が答えると、蟹田君は手の間から頭を上げてニカッと笑いかけた。
「こっちこそ。女の子の食いかけアイス食えてよっしゃーラッキー! って思ったし」
「なにそれ」
むず痒い気持ちで笑い合う。さっき一人の時は、泣きそうだったのにね。
「夕焼けキレイだなー」
「きれいだねえ」
「俺女の子とベンチに並んで座ったの初めてかも」
「私だって初めてだよ」
私は見るからに初心者丸出しだけど、蟹田君も初めてなんだ。へえ。そうだよね、遊んでそうに見えるけど、いつも部活動あるもんねハンドボール部。
そんな風に思ってたら、蟹田君がブランコで遊ぶ子供を見ながら、「……手、とか、繋いでみてもいい?」と小さな声で聞いてきた。
「いいよ」
最後かもしれない夕焼けを異性のクラスメイトと手を繋いで眺めるって、なかなか素敵なイベントだと思うし。
ゆっくり近づいてきた手が私の手にそっと触れた、と思ったらぎゅうっと繋がれた。つよいちからと掌の熱さは、空気入れを使ったみたいにそのままダイレクトに私の中へ入ってくる。
こうしてるだけで、不安や、よくない考えが少しずつ薄れるのが分かる。
大きな手。いつも、あんなに大きなボールを片手で掴んでいる手。包まれてる私の手は、すごく女の子に見える。
そう思ったら急にどきどきして、無口になっちゃった。
どうしよ、こういう時ってなんか話した方がいいのかな、でも蛇口をぎゅっと固く閉じちゃったみたいに、言葉が全然出てこない。
焦ってたら、ゆったりとした口調で蟹田君が「これ、最後の思い出づくりじゃないからね」と言う。
「……え、」
蟹田君が、またニカッと笑った。
「見かけたのは偶然だったけど、溶けたアイスを口実にして勇気出せたわ。部活早く終わって結果オッケーだったな」
「え?! え?!」
ぽんぽんとボールをいくつも速いテンポで投げるように言われたって、上手になんか返せないよハンド部じゃないし私。
ぽかんとしてたら、きゅっと一瞬力を込めた後にぱっと手を離して立ち上がって、「続きはまた明日!」と一方的に宣言された。それから蟹田君は「ばいばい」と手を振ると自転車をしゃーっと漕いでいってしまった。つられて振った手をゆるゆると下げる。
下げた手でベンチの座面に触れたら、まだ温かかった。――嘘でも夢でもないらしい。
また明日。
その言葉が久しぶりに嬉しい。
『こないかもしれない』とか『終わっちゃうかもしれない』とか、ネガティブな枕詞なしに、今の私はただ明日が待ち遠しい。
高鳴る胸をお供にしながら家へ帰って、少し上ずった鼻歌交じりでお父さんにLINEした。多分今向こうはすっごくそれどころじゃないと思うけど。
『明日、同級生と恋が始まりそうだから、何としてでも地球を救ってよ!!!』
すぐに付いた既読、それから数秒後の返信は、『お父さんは、娘を掻っ攫われるために頑張ってるわけじゃありませーん!!!』だった。