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センチメンタルタイムマシーン

「それ使って行ってくれば」と彼氏が、用意してくれたタイムマシーンをぞんざいに指差す。私のことを見もしないで。

「ありがと。お礼にちゅーしてあげよっか?」

「そういうの嫌いって言った」

「ごめんごめん」

「ごめんは一回、……やり取りしてる時間がもったいないからもう行って」

「はーい」

「時空間移動に使える回数は全部で五回なので、」

「GO! GO!」

「よく考えて行動するように」

「スルーしないでー」

「……」

「行ってきます!」

 ものすごいしかめ面+ロングブレスのため息を喰らう前に、慌てて笑顔を作って、マシーンを起動させる。

 ヴン、て某有名スペースオペラでぶん回す刀的な音と高速エレベータに乗ってるみたいな耳鳴りがして、あっという間に私は一〇年前に到着した。



 わあ、若い。


 はつらつと動き回る体力お化けな自分が、友達と笑いながらスキップ鬼ごっこしてる。

 今だって体力勝負の職場だからやれなくもないだろうけど、訓練を重ねて身につけた筋肉でもないくせにあの跳躍力はなんだ。うらやましいぞ。――お。


 金網越しにじろじろ見てたら、あっという間に私は私@高校生、に見つかってしまった。スキップで猛然と近寄ってくる女子高生。絵面がおかしいって。普通に来いや。笑いを堪えつつ、「なんか用ですか」って怖い顔して金網の向こう側から話し掛けてきた一七才に「ごめんごめん」と気安く謝った。

「私ね、ここの卒業生なんだ。今日たまたまこっちに来て、それで陸部の子たちどうしてるかな? って思って見に来ただけなの。邪魔してごめんね」

「あ……こっちこそすいません、じゃあ、先輩なんだ。……じゃない、ですね」

「でもそれ知らなかったらただの不審者だもんね私。知らない人にじーっと見られて怖かったよね」

「あ、はい、ちょっとだけ」

 この人なんでそんなの分かんだろ? って、ちょっと驚いてる目の前の過去の私。分かるよ。その、緊張すると怖い顔になる癖で、おっかないって思われがちだったもんね。実際はただのビビりなのにね。

「脅かしたお詫びに、はい、これあげる」

 コンビニのビニールをがさっと掲げると、特徴的な蓋の色が透けて見えた。高校生には少々お高いそのカップアイスに、案の定『私』は目をきらきらと輝かせた。


 部活のOG(嘘はついてない)ということと、大好物のアイスで、『私』も他の部員達も私にまんまと心を許している。今はスキップ鬼ごっこもいったん休憩タイムで、みんなで私が差し入れたアイスを食べているところ。それにしても一七才にバレないもんだな、二七才が自分だって。まあお化粧してるしね。――加齢による容貌の変化については考えません!

 とか思いつつしれーっとしている私に、一七才が申し訳なさそうに言う。

「せっかく来てもらったんですけど、今日は練習ないんですよ」

「そっかー」

 うん知ってる。木曜日は基本的にお休みで、自主練デーだもんね。じゃなけりゃ、トラックを目いっぱい使ってスキップ鬼ごっこなんて出来ないよね。

「これ、すっごいおいしいです」

「それはよかった」

 六個用意したアイスのうち、五個は鬼ごっこメンバーに、残りの一つは私@二七才に渡った。アイスおいしーだの、太っちゃうよーだの、一口ちょうだいだの、いちいち雀が囀ってるみたいにまー元気で騒々しい。高校生って、こんなジェットコースターみたいなテンションだったっけ? 自分はそんなにはしゃぐ方じゃないと思ってたのになあ。

 高校生より遅れをとりながら食べ進める間に、「あなた方は好きな子とかいないの?」なんて質問してみた。

「えー」

「言えませんよー」

「てか、いるの?!」

「男子との距離より今はタイム縮めたいっす!」

「なにそれー!」

 五人いっぺんにしゃべるな。

「でも付き合うとか想像もつかないなー」

 一七才の『私』がアイスの木べらを加えたまま、そう一人ごちる。そして、横に座っていた私の方に体育座りな身体ごと向き直って「先輩は、今お付き合いしてるんですか?」って聞いてきた。

「してますよ」

「いーなー!」

 せーの、もしてないのにそろった五人分の声。そしてまた『私』から私への質問タイム。

「両想いってどんな感じですか? なんか、好きな人が自分を好きって、すごくないですか?」

「……うん、すごいよね」

 つい、当たり前に思ってしまうけれど。

「あたしには、あたしのこと好きになってくれる人とか現われてくれるのかなあ……」

「もー、かっわいいなー!」

 ついうっかり、ぐりぐりと頭を撫でくり回してしまった。そうそう、髪短い時の手触りこんなだったと、埃と太陽光と汗にまみれた頭を撫でる。

「……大丈夫だよ、ぜったい」

 あなたは大学で、ちょっとぶっきらぼうで、とびきり頭がよくて、なのに不器用な恋人に出会います。

 言ってしまいたいけど、ここはがまんだ。


 女子高生より周回遅れでなんとか食べ終えると、アイスのお礼を何度ももらって、そこを後にした。

 さ、次行こう次。



 大学の第二食堂、午後二時。人影がだいぶまばらなそこの、真ん中の列の壁側の席に、やっぱりこの日もあなたは陣取ってた。

 私は「やあ」って気安く声をかけて、許可も拒絶も聞かないでそのまますとんと正面の席に座る。

「あ、今日の日替わり、立田揚げだー。おいしそう~!」

「……俺のがラスいちだったから、もうない」

「えっそれは残念。じゃあ、ひとかけいただこうかな」

「いいよ」

 ほいっと差し出されそうになって、あわてて「うそうそ! さっきアイス食べたばっかだから!」と慌てて固辞した。

「……で? あいつの顔したあなたは誰?」

「あなたの恋人ですよー」

「今朝見た服と違う。顔も、微妙に違う。ほんとに誰?」

「……すごいな、ちゃんと分かるんだね」

「当たり前でしょう」

「私ね、あなたのそういうとこが好きだな!」

「質問に対する答えになってないんですけど」

「悪いけど今は言えない。五年後まで待ってて」

「……てことは、」

「言わないで。後で怒られそうな会話したくないの」

「……」

 この時点でもうすでにタイムマシーンの研究をしている彼には、それでだいぶ分かってもらえたらしい。

「……何しに来たんですか、あいつなら、」

「あ、いい、いい、別にこの時代の私に会いに来たんじゃないから」

「じゃあ」

「あなたに会いにね」

「……」

「いつもありがと。五年後も大好きです」

「……そうですか」

「やーん、そんなに照れないでー」

「……そういういじられ方は嫌いです」

「はー安定のこのツン……たまんない……!」

 私がしみじみ五年前の彼を堪能していると、やっぱりここでもものすごいしかめ面+ロングブレスのため息を喰らいそうになったので、慌てて笑顔を作って、「じゃあね!」と立ち上がった。

「待って」

 その一言で、素直に動きを止めちゃう私。

「……何か今の俺に、出来ることはありますか」

「そういうのねー、泣いちゃうから言わなくていいよ」

「泣いても困りませんけど」

「私が困るんだよ」

 いつもニッコニコで『グイグイ来すぎ』と彼氏に未だに言われてしまう私だけど、さすがにへろっと弱気な感じになってしまったじゃないか。

「……ほんとに、様子見に来ただけ。がんばってね」

「そっちも」

 ぶっきらぼうなりに心配していると分かる言葉をくれた人に、背中越しに手をひらひらっとして見せた。

 そうしないと、ほんっとーに泣いちゃいそうだった。


 次、行こ、つぎ。



「ここかー」

 時は二七年前、私が生まれた次の日、産まれた病院に来てみた。ガラス越しの御対面が出来るかなと思いつつ新生児室前の廊下に行くと、そこには長身を折り曲げた中腰で、ばしゃばしゃと写真を撮りまくる一人の男性の姿が。

 ――二年前に他界した父だ。若。髪真っ黒だ。すごい元気そう。よかった。

 思わず、赤ちゃんを見るふりしてつい真横に立ってしまった。

 隣の気配を伺いつつベビちゃんな自分を見る。おぉ、赤い。ちっちゃい。お猿顔……。あ、でも耳の形が今と一緒だ。にこにこしてたら、隣に立ってた父が私の方をぐるりと向いて、「すっごいかわいいでしょうちの子、この真ん中の女の子」といきなり声をかけてきた。

「あ、はい、ソウデスネ!」

 よく彼氏が迷惑そうにする気持ちが、ちょっとだけ分かった。てか、私のグイグイ行く感じって、お父さん譲りだったんじゃないの?

 父はカメラを連写しつつ「いやー、かわいい。今からお嫁にやりたくないなあ」とか言ってる。本人に聞かせるって、これはどういうプレイだ? めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……。

 父は「やー、この子は安産で、親孝行な子なんですよ!」だとか「しかも割増しにならない平日の昼間に生まれてくれて、金銭面でもいい子で!」など、とめどなく話し続ける。そうそう、こういう人だった。ノンストップおしゃべり、忘れてないけどまた生で浴びれて嬉しいなあ。でもやっぱ、恥ずかしいね!

 そこへ母がやってきて「こらー、よその人に迷惑かけないの」と父を叱る。はー、こっちも若くてつやつやしてるわ。

「ごめんなさいね」

「いえいえ。……ご出産おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「お名前とか、もう決められているんですか」

「ええ、生まれる前から考えてたから」

 教えてもらった漢字と読みは、当然ながら今の私の名前。

「いいお名前ですね」

「ほんと? 嬉しいなあ」

「ちなみに、私も同じ名前なんです。漢字も同じ」

「わー、すごい偶然!」

 騙してないけど騙してるみたいな気持ちになりつつ、あんまり長居するのもと思って「では、失礼します」と両親に別れを告げた。

 ――生まれた時の自分を見るだけのつもりだったけど、ものすごいご褒美もらったみたいだな。

 寂しい気持ちより、じんわりあったかい気持ちで満たされて、弾むステップでそこを出た。

 よし、次行こう。



「……何しに来たの」

 わあ、お年を召してなおツン属性健在かよ。たまんないなあ! そのくせ私がトコトコ近づいてもどっしり座ってるし。

「何しにって、分かってるでしょ」

「……まあね」

 すっかり白い髪。見覚えのないシャツ。でも彼氏だ。

「私がどうなったかは、言わなくっていいよ」

 そう言うと、フンと鼻を鳴らした。

「意地っ張りな人だ」

「そうなんです」

「いつだって、人をさんざん振り回して」

「あー……」

「いつだって、人を夢中にさせて」

「……!」

 なんと。四〇年後の彼氏は、やられっぱなしじゃなく反撃を覚えたらしい!

 照れた私に、「キスしてくれても構わないけど」なんて言ってくるし。

「無理です……」

「はは、口ほどにもない」

「うるさいなー!」

 そう八つ当たりのような返事をすると、とても優しい目で見つめられた。乾いた手が、私の手にそっと触れる。

「あなたは、戻らずここにいてもいいんだ」

 その言葉で、すとんと気持ちが落ち着いた。

「帰ります」

「まったく……」

「彼氏が泣いてたら困るし」

「泣きませんよ」

「お会い出来てよかった」

「……くれぐれも、お元気で」

「はーい!」

 私の軽ーいお返事に、白髪の彼氏は苦笑して、もう一度「まったく」とため息をついた。

 よし、かーえろ。



「……なんで戻ってきたの」

 そして、呆れ顔の彼氏@現在。

「んー? だって会いたかったから」

「理由になってない。……こら、ごまかすな」

 ちゅーしようとしたら手でぐいっと押しのけられた。ツンだな……。

「せっかく他の時代に逃げられるまたとないチャンスだったのに。よく考えて行動しろって言ったろ」

「よく考えたもん。それに、そもそもそういう個人的な用事に使っちゃいけないでしょう、タイムマシーンを」

「いいんだよ。好きな女を守るためなら」

「ワァーオゥ……」

「そこ照れなくていいから」

「あ、はい」

 もじもじしてたら、白髪の彼氏とおんなじ優しい顔で、私の手を両の手で包んでくれる。

「行くな」

「行きます。それが仕事だから」

 私は明日から任地に赴く。いま世間を騒がせている地球滅亡を阻止するための任務の最前線だから、状況としてはなかなかシリアスだ。彼氏が、私の身を案じてタイムマシーンを使わせ、誰の手も――彼自身の手さえも届かないところでの生を希うほどには。

 でも帰ってきちゃった。だって、やることあるし。

 ただいま~! アイムホォ――ム!! という気持ちで、しょっちゅう入り浸ってる彼のおうち(でもあんまり長い時間いると『もう自分ち帰って』って言われちゃう)の中をぐるっと見回す。いつも雑然としている部屋が、なんだかすっきりしている気がするな、と思ったら、マシーンに関する書類が段ボールにまとめて入れられているのが見えて、息をのんでしまう。

 この人、私を逃したらタイムマシーンの研究ごと捨てる気だったんだ。万が一にも、逃亡者の私に追っ手がかからないように。つまり、無事に逃げおおせてたらこの人の研究者人生は終わってしまっていたってことだ。元から戻る気まんまんだったけど、戻ってきて本当によかった……!

 過去の自分と彼氏を見に行ったのは、『グッバイ、素晴らしかった私の人生見納めツアー』でも『逃亡者として生きていきやすい時代探しツアー』でもない。ただのセンチメンタルな思い出ツアーだもん。そんでもって未来に行ったのは、『ハロー、滅亡を阻止した後に勝ち取るもっっっと素晴らしい未来(と彼氏)をフライングで見に行っちゃうツアー』だもん。彼氏が、出来たてほやほやのマシーンで私をどこかの時代へ逃がそうとしてくれたのは知ってたしお気持ちは嬉しいけど、それは違うでしょ。

 逃げたらあの『未来の彼氏』さえいない絶望的な未来になっちゃって、その上逃げ込んだ過去のどこかで、身を隠してひっそりと生きるルートだったかも。そんなの、ちっとも楽しくないし、私らしくもない。

 犬死にするつもりはないよ。でもそうなったらごめん。もちろん、犬死にコースにならないように最善は尽くすけど、『必ず生きて帰るから』っていう殿堂フラグをおっ立てるようなことはさすがに言えなくて、「色々、ありがとね」ってそれだけ口にした。

「生きて戻ってきてくれ」

 私の手を包んだまま、その手を祈りのようにおでこにつけて、彼氏が言う。

「何してもいい。卑怯なことしても、どんな目に合っても、必ず生きて帰ってくれ」

「はーい!」

 私の軽ーいお返事に、彼氏は「まったく」って、笑うように泣いた。白髪彼氏嘘ついたね。泣かないって言ってたくせに。

 その泣き顔でやる気がフルチャージされたなんて言ったらめちゃくちゃ怒って口きいてくれなさそうだから、頑張って神妙に見える自分をこしらえた。


 帰ってきたら、あれもこれもしようね。

 ツンなあなたを堪能したい。レアなデレを目撃したい。変わってゆくあなたを間近でウォッチングし続けたい。

 ほんとのほんとは離れたくなんかない。わざわざ怖くて厳しい思いなんかしたくない。

『明日の今頃はもう生きてないかも』なんて泣きながら毎日眠りにつきたくない。

 でもそれは私だけじゃなく、いまこの仕事に携わっているすべての人が同じこと。だからこそ、一人で逃げるとかありえない。

 私はこうして半日休をもらえたけど、もうずっと帰れていない人たちがいる。その筆頭である、研究員さん(複数)――デスクに置いてある奥様とお子さんの写真を見て『おうちに帰りたいよー』って言っている――を、なんとしてもご家族と再会させてあげたい。

 ずっとサポートしてくれている人たちにも、そうでない人たちにも、滅亡の代わりに未来をデリバリーしたい。

 そしてなんと言っても、彼氏が完成させたタイムマシーンを、全世界に華々しく発表させてあげたい!!!!! 今のこのご時世で発表しても無駄に混乱を招くだけなので、きびしく箝口令が敷かれているんだよね。

 まあ、まずは私が頑張らないと!


 未来は自分の手で掴みに行くし、たどり着きたい場所にはそこまでせっせと歩いて行く。

 でも、私にタイムマシーンを使わせてくれてありがとう。楽しかった。嬉しかった。私の人生悪くないじゃん、どころか、すごいイイじゃん! って思えたから。


 いつかあのマシーンを二人で使って、思い出ツアーをしようね。

 わあわあ騒ぐ私を隣に乗せて、あなたはものすごいしかめ面+ロングブレスのため息を喰らわせて。


「おっと、もう行かなくちゃまじでやばい!」

「こんなドタバタして行くとか……」

 ほんと人のこと振り回すよね、と憎まれ口を叩きつつ後ろを向いて涙を拭く彼氏をイヤがられるほどハグしたかったけど、そうこうしているうちにいよいよ出勤時間になっちゃったので、ちょっと行ってきます!




「やだ見てアレちょーカワイイ!!ちょーカワイイ!!」

「二回言わなくていいし十分聞こえてるからボリューム落として」

 俺の小さい頃見て何がそんなに楽しいの、っていうあなたににっこり笑ってみせると、待望のものすごいしかめ面+ロングブレスのため息がきた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 二人共が相手のことを考えて、今どうしたいか、どうすれば良いか悩んだ結果がこれだったんですね。 最後までどうなるのかとハラハラしましたが、念願の思い出ツアーが実現したようで本当に良かったです。…
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