ふたご姉弟、はじめての対話
『ふたご姉弟、はじめての冒険』のつづきです。
おうち目指して東京湾を泳ぎ続けて、数時間後。
「阿礼、継!」
船に乗ったとうさんが、なぜか私たちの目の前にいた。
「どうして……」
立ち泳ぎのままびっくりした私と、綺麗な顔をゆがめて『けっ!』て言いたげな継。
とうさんは、そんな私たちを見て、――目もそらさないし、ちゃんとじーっと見てる!
どうしちゃったのかな、と心配していると、罪を告白する人みたいに「……GPS付きの携帯を持たせていたから、いつだってどこにいるかは把握していた」と言った。
「え、そうなの、こわ……」
「すまない、監視目的ではなく、あくまで今日のようになにか起きた時にすぐ駆けつけられるようにと思ってのことだ。誓って言うが、盗聴はしていないから、お前たちが今日、具体的にどんなことになっていたかは知らない」
「でも、けっきょく監視はしてたんでしょ僕と阿礼のこと」
綺麗な継が冷たい顔をすると、とても鋭い氷みたい。思わず、「つぐ、」と咎めた。とうさんは継の言葉に反応することなく、「……疲れただろう、船に上がりなさい」と背を向けた。待って、せっかくこっち向いてくれたのに、と、追いかけるように船に上がる。
そんな私を見て、継はヤレヤレって顔しながら、それでも一緒に来てくれた。
とうさんは、船内のコンパクトなキャビンのコンパクトなテーブルの上にずらりと私たちの好物を並べていた。
ピザ(冷えてるけど)、おにぎり(具はいろいろ、たくさん)、プリン(ビッグサイズ!)、唐揚げ(コンビニの、継が好きなやつ、こいつも冷えてるけど)、カットフルーツ(私が好きなやつ)。他にも、「おやつも飲み物もあるぞ」と袋がいくつか、テーブルの下に。
遠慮しないで二人して「いただきます!」と食べた。一日いろいろあって、そのあと海で泳いで、これくらいへっちゃらだけどやっぱりそれなりに疲れて、お腹もすいてる。
用意されてたものは、全部平らげた。テーブルの下に控えてたおやつや、ドリンクたちも。それをみてとうさんは「お前たち人人魚と人魚魚の胃袋は宇宙に直結でもしているのか……?」とやや引いていた。普段はさすがにここまで食欲MAXで食べないからねえ。
そう考えてた私がのんきに麦茶を飲んでいたら、継が「茶番はもういいよ」と鋭くとうさんを見つめ返した。そして。
「そんなことより、謝罪は?」
「つぐ!」
私が腕に縋っても、継は怖い顔も強い口調もやめてくれなかった。
「僕たちのことさんざん空気みたいに扱っておいて、いなくなるのは許さないの? これってどういうこと?」
「……そうだな。私のしていたことは育児放棄と監視だ、すまない」
「ほら、分かってんじゃん」
「なんで? 私たち、どこへも行かないよ」
「どこへ行ってもいいんだ、好きに生きていい、――そう言える親になりたかった」
「あ、違うって認めちゃうんだ」
「つぐってば、」
たぶん継だってとうさんが初めてこんな風に私達とお話ししてるっていうこの今の状況にちょこっとくらいは動揺しているはず。なのに、いやみの刃を下ろしはしなかった。――昔っからそう。とうさんにつっかかるのは、継。ほんとは私、継とおんなじ気持ちなのに、いいこぶっちゃって、ヤなことはぜんぶ継にやらせてさ。今だって、継を咎めるポーズだけで、とうさんをきちんと庇いもしない。ずるいやつ。
自己嫌悪で押しつぶされそうな私の耳に、とうさんの声が雨だれみたいに降る。ぽつりぽつりと。
「好きに生きていいと言えるような親なら、お前たちともっと適切なコミュニケーションをはかれただろうな。でも私にできるのは、何不自由なく生活させることだけだ」
「……なんでだよ」
「お前たちにこれまでさんざん背を向けていた私が、いまさら父親ヅラする資格などないだろう」
とても寂しい笑顔で言われて、継のツンドラモードも怯んだ。
「妻が、――お前たちのかあさんが、いつかは海に帰るということは初めから分かっていた。分かった上で、陸で生活を共にしてもらっていた。そして予定通り海にもどって、人人魚と人魚魚のお前たちが残って――人魚の血を引いているのだから、阿礼も継も、海に帰ると言ってもおかしくない、とすぐに気付いた。それからはいつ自分から離れていくかと思うと怖くて、遠巻きにこわごわ接するのが精一杯だった。――すまない。妻だけでなく、お前たちにまで去られたら、私は一体どうすればいいんだと、それしか頭になかった。本当に父親失格だな」
「ったく、ヘンな方向に振りきれ過ぎなんだよ!」
継が、いらいらしたように髪をかき混ぜながら言う。でも知ってる。あれは照れ隠しなんだってこと。
ぷんと横を向いてしまった継のあとを引き取って、今度は私がしゃべった。
「去らないよ。だって海の中じゃスイーツ食べらんないし、おしゃれできないし」
「僕も。パソコンとスマホが好きな時に好きなだけ快適にいじれない環境には興味ない」
『ただとうさんといたい』なんて言えない私たちがそれぞれ陸での生活の利点をあげていくと、とうさんは大人なのに泣きそうになった。やだ、つられちゃうじゃん。
でも涙を心の端っこにどかして大事なことを言うよ。
「だから、これからはちゃんとこっちを見て」
「……ああ」
「『好きにしなさい』じゃなく、私たちの悪いところはきちんと叱って」
「色々出来ていない自分が叱れやしないよ」
「そこは自分を基準にしないで大人が子どもを教育するっていう目線ですればいいんだよ」
「わー! やっぱりつぐ頭いい!」
「まあね」
「本当だな……! 継はなんて賢いんだ!」
とうさんが初めて継を褒めて、私も鼻高々だ。追い打ちをかけるように「でしょう!」と胸を張ると、真っ赤になった継が「二人ともやめてよ!!!!!」と耳を塞ぐ。
ふだんしっかり者の継がそんな風になっちゃったのがかわいくてにやにやしてたら、とうさんは目をキラキラさせたまま今度は私の方へ勢いよく振り向いた。
「阿礼はとても優しいな! うちの子たちは二人ともなんて素晴らしいんだ!!」
「えっ、やっやめて……?」
「でしょー、めちゃくちゃ優しいんだよね~阿礼」
私が溶けたアイスみたいになってたら、今度は復活した継ににやにや笑いをされちゃうし。もう。綺麗な男の子はにやにやしてても綺麗だね!
あぁ、でも、よかった。うん。
これでいいよ。このまま行こうよ。
私たちは多分いびつで、でもうんと高いところから見れば、いびつな家族もそうじゃない家族も、きっと大差はないよ。
まだ適切な距離を測りきれてないから、必要以上に褒めちぎられたり照れすぎたり、やっぱりまだどこかぎこちないやりとり。でも、これから、ここからだもん。
「ね、とうさん、うちに帰ったらさ、親睦を深めるために一緒にゲームしよっか」
「……せっかく誘ってもらえて光栄だが、私はゲームの類いが壊滅的に下手なんだ……」
「うっわー……」
「こら、つぐ! じゃあ、とりあえず一通り試してみようよ」
「それでお前たちの気が済むのなら……」
いまいち気乗りしていなかったとうさんと、マージャンも花札もトランプもUNOもボードゲームもだるまさんが転んだも缶けりも人狼も毎日ちょっとずつ一通り試したけど、ほんとうに言ってたとおりのゲーム最弱王で、その実力ったら笑っちゃうほどだった。大学ではえらーい先生なのにね。
で、いったんゲームから離れて一緒にできることを探した。それは何って?
今日は満月の夜。とうさんの船に乗って、三人でかあさんに会いに行く夜。
とうさんは沖に船を停泊させると、アコースティックギターを手にして「うまく弾けるだろうか……」と硬い顔と手付きで不安げに練習を始めた。
「大丈夫だよー」と笑う私の手には縦笛。継はキーボード。
学生時代に趣味でギターを弾いていたというとうさんと三人で、歌と演奏なら一緒にできるんじゃない? って、あれこれ撃沈したあとにようやく気がついて、なんどかやってみた。はちゃめちゃなセッションだったけど、とってもとっても楽しかった!
だからそれを、かあさんにも聴いてもらうんだ。
「かあさん、私たちの演奏をきっとよろこぶぞ……!」
「ちょっととうさん、顔がデレててひどいんだけど」
「うっ、すまない、つい」
気が付いたかな、いっぱいいっぱいで気付いてないか、とうさん。今、継がはじめてあなたを『とうさん』って呼んだんだよ。あとで教えてあげなくちゃ。
「あ、ほら!」
跳ね上がった尻尾が、月の光を受けてキラキラと鱗の一枚一枚を輝かせている。
その『ご挨拶』を済ませると、かあさんが海面から顔を出した。
「かあさん、聴いてね」
私の言葉を合図に、とうさんがギターをしゃらーんと鳴らす。私の縦笛が続いて、そのメロディの次に継の奏でるキーボードの音が、静かに夜を滑る風のように響く。
かあさんは、きょとんとして、でも楽しそうに聴いてくれた。そして音に慣れると、なんと歌で参加してくれた!
お月様のひかりが海と空に溶けて、どこまでも明るい夜の下、波の音と楽器の奏でる音と、かあさんのハミングが聞こえる。
人魚と人間と人人魚と人魚魚の、幸せな夜のはじまり。




