四角い秘密
朝、歯磨きや食事と同じように、必ずすることがある。それは、普通の目に見えるコンタクトレンズを装着することだ。
黒目だけに着けるいわゆる普通のコンタクトじゃなく、普通の人の白目のある部分も覆うタイプ。それをして、眼鏡をして、それでようやく私の擬態は完成する。
普通の目を装ってはいるものの、普通の目のようには動かない――四角い瞳孔の目は見える範囲が広いから、そんなに動く必要がない――不自然な目を隠す為、眼鏡には加工が施してある。内側から私が見る分には何の問題もなくクリアな視界だけど、外側から見ると歪みがあるらしい。友達にも「あんたの眼鏡すっごいことになってるけどどんだけ目悪いの」といじられるほどだ。
いい、目のことは、お医者さんと私たち家族だけの秘密だから、他の誰にも、お友達にも先生にも言っちゃ駄目よ。
小さい時から、お母さんには何度もそう言われた。
そして、普通に生んであげられなくてごめんねと泣かれるたび、自分が欠陥品のように思わされた。普通じゃないかも知れないけど、かわいそうがらないでって言いたかった。
でもそれは、普通の目を持ったお母さんには分からない。
分かって欲しいと思うのも、諦めた。
こんな自分が嘘をつかず、何も掛けず何も入れずに自分の目のままで歩ける日が、年に一度だけある。ハロウィーンだ。
私はここ数年、もこもこ羊のかぶり物をして、友人と楽しんでいる。そのときだけは、自前のこの目でも誰にも怪しまれないから。
「その仮装、ほんっとかわいいしクオリティ高い! 相変わらず目がすごいよね、どこで買ったのそのコンタクト」
「おしえなーい」
「生意気だなー!」
なんて笑える日が、一日でもあることを幸せに思わなくっちゃ。
仲のいい友達にも嘘ついてるっていう罪悪感には、もう慣れた。だって擬態してないと、仲良くしてもらえないからね。
仕方がないよ。人は異質なものを弾きたがるもん。おかしすぎる人とか、奇麗すぎる人とか。弾かれたくない私は、喜んで擬態する方を選ぶ。一人でなんて生きていけない。黒目がおかしくても普通でも、社交は大事。
小さい頃なら、世界は幼稚園だけだったからよかった。けど、成長するたびに、学校以外のフィールドが増えて、知り合いの輪が広がる。ピアノ教室。バイト先。何かで集まって顔見知りになった、友達の友達。
いろんな人がいて、彼氏にしたい的な意味じゃなくても、女の子でも、好きだなーって思う人が多くなっていく。それはとっても素敵なことのはずなのに、その人たちにも言えない秘密が重くて苦しい。
たった一つ、瞳孔が四角いっていうだけなのに、どんどん秘密は膨れているような気がする。
誰かに打ち明けたい。
でも、話したら、もしそれが私のことを好きな人だとしても絶対に引かれるって分かってる。下手したら噂になって、すごいスピードで拡散されて、それが元で引っ越さなくちゃいけなくなるかもしれない。そうなったらお父さんとお母さんにも迷惑掛けちゃう。だからやっぱり言えないよね。
本当は、自分の姿に誇りを持って、これが私ですと、隠さずに堂々と振る舞える人が羨ましい。けど、私はそこまで強くないし。
自分の誇りと引き換えにじろじろ見られたり、陰口をたたかれたり、疎まれたりする方が恐ろしいじゃない?
それでもいつか、この目でも愛してくれるっていう人が現れてくれるといいなあ。うーん、一〇〇年後くらいならありえそう? そこまでは生きてないかもだね。ざんねん。
どうか、怖がらないでほしいな。
おかしく見えるかもしれないし、気持ち悪いかもしれないけど、どこにでもいるありふれた女子高生だから。
身長は一六〇センチ、得意な教科は現社で、好きな食べ物はバスク風チーズケーキ、趣味はピアノを弾くこと。
反社会的な思想は持っていません。特別な能力もありません。
ね?
怖くないでしょう? めちゃくちゃありふれてるでしょう?
普通って言ってよ。私もそっちに入れてよ。
こんな目じゃなかったらよかったのにだなんて、思わせないでよ。
私は今日もコンタクトを入れる。眼鏡を掛ける。
人には絶対話さない秘密を一つ抱えながら、友達と笑う。年に一度の日を、ずっとずっと待ち望んでる。
誰かが本当の私を愛して、そっと触れてくれる日を、待ってる。




