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レイヴン戦記  作者: 一弧
第三章 新世代
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夢一夜

 伯爵邸に到着するとフリーダは主不在と言う事を理由に別室で待機することとなった、給仕係りが一人ついているが、監視の意味合いが強い事は明白であった。

 こういう状況にも慣れていた、旅芸人として各地を回ると、領主貴族の館に招かれて芸を披露する機会もあったが伽を命じられるケースはそれ以上に多かった、しかし金払いの良さはもあり、そういった意味で領主貴族はいい商売相手ですらあった。所詮は平民以下の身分とさげすまれる身でありながら、気に入られて愛妾となった芸人の話もかなり聞く、そういった意味では屋敷に入り混めただけでまずは成功といえた。

 今回のケースとて善意からの行動ではなかった、旅芸人である彼女が王都で芸を披露する場所を確保できるはずもなく、地方貴族のお供で上京してきたお上りさんを助ける事によって恩を売り、なんとか取り入ることが真の目的であった。お上りさんっぽい一団に目を付け、さらにその一団を付け狙う男に着目していたからこそのタイミングであり、彼らが被害に合うのを今か今かと待っていたというのが真相である。



 辺りが暗くなる頃、主が帰還し直接礼を言うという事で謁見する運びとなった、


「当方の客人を救っていただき誠に感謝する、辺りも暗くなってきたことだし、今夜は当屋敷に逗留して行かれたらどうであろうか?」


 この誘いを受けると同時に、この誘いの意味がオルトヴィーンによる伽の誘いであると判断し内心で喝采を上げた、これでかなりの褒美が期待できるとほくそ笑んでいると、同席していた人物が横合いから口を挟んできた、


「当家の者がどうもありがとうございました、ところで芸人さんとのことでしたが、得意なのはどんなジャンルなのでしょうか?」


 客人と言っていたが、この人物が伯爵の客人で助けたのはその部下だったのか、そんな事を考えながら回答し始めた、


「はい、得意は英雄歌であります」


 少し考えるようなそぶりを見せるとその男は言い出した、


「せっかくですから、皆に披露してはいただけないでしょうか?もちろん御礼はさせていただきますよ」


 彼女は心中でさらに喝采を上げた、本来の芸でも謝礼を貰えれば二度おいしい、金星であると飛び上がりたい気分になっていた。



 広間に移動すると、この屋敷の家人や客人達が集まってきており、立派な貴族の邸宅で大勢を前に謳い上げるのは初めてであるだけに緊張と高揚感でテンションが上がるのが感じられた、


「リクエストはありますか?」


 彼女の問いかけに、先ほど歌の披露を要請した男が、少し沈んだ声で回答した、


「ユリアーヌスのはありますか?」


 場が沈黙するのと同時に言い知れぬ違和感を感じた、ユリアーヌス?呼び捨てにするのは親しかったのだろうか?だとすると王族?それとも現国王の結婚式に合わせた気まぐれ?ただ、ユリアーヌスに関しては茶化すような内容でもこき下ろすような内容でもないため、そこまでの危険性はないであろう、そんな判断から、リクエストに快諾し朗々と謳い出した。



『王城にきたる死神の後継者、不遜な態度で王に臨む、その瞳に忠誠の欠片なし』


『その瞳に映る麗しの王姉、王よ姫我が物とせんば永遠の忠誠を誓おう!』


『宰相阻みて曰く、汝下賤な物、やんごとなき者を欲するはこれ如何?』


『我が心奪うに身分の貴賎なし!』


『下賤なるもの汝十二の試練討ち果たせば願いの成就これ成さん!』



 導入部分から十二の試練を乗り越えるまでは英雄譚のようなノリなのだが、どうしたことかあちこちで笑いが起きていた、彼女としてはどうしてこの部分で笑いが起きるのかまったく分からなかった、ここは笑いの要素など皆無であり、胸躍る冒険活劇のシーンなのだから。

 話は進み、試練を乗り越え二人が結ばれ、レイヴン卿の故郷の村へ凱旋し仲睦まじく暮らしていくほのぼのとしたストーリーへと移行する、ここでもまた異様な反応が起きた、あちこちですすり泣く声が聞こえてきたのだ、何故泣く?ここは特に泣かせるシーンではないぞ?彼女は何がなんだか分からなくなってきていた。

 さらに話が進むと、レイヴン卿の留守を狙って彼に恨みを持つ王が国を挙げて攻めて来る、留守を守るユリアーヌスは鎧を纏い剣を振るい夫の帰りを待つ、ただ多勢に無勢、徐々に押されユリアーヌスも重傷を負う、それでも剣を振るい味方を鼓舞し夫の帰りを待つ、まさにあと一歩で陥落という時にレイヴン卿の軍が帰還し、鎧袖一触、敵軍を討ち果たす。

 しかし重傷のユリアーヌスは倒れ、レイヴン卿の腕の中で永遠の加護を誓い召される。



『ああ、旗に描かれた死神を守護する女神、其はユリアーヌス』


『ああ、旗に描かれた女神の加護を得た死神、其はレイヴン』


『ああ、女神に守られた鴉に挑むなかれ、其は女神に愛されし死神なり』


 彼女が謳い終わるもどこからも拍手は起こらなかった、代わりにこの歌をリクエストした男は人目も憚らず号泣しており、その妻らしき人物に付き添われ部屋を後にして行った。部屋のあちこちですすり泣く声が聞こえ、いくらなんでも過剰な反応過ぎると戸惑っていると、一人の女性が涙ながらに近寄って来た、


「ごくろうだった、謝礼は払う、ありが・・・」


 そこまで言うと声を噛み殺すように泣き出し退出して行った。なにがなんだか本格的に分からず、名前を知っていたラルスに話しかけてみるが、彼もやはり涙ぐんでいた、


「あのさ、なんかまずいことしちゃったのかな?」


 少し鼻をすすると、彼は返答した、


「いや、さっき部屋を出て行かれた方がいただろ?あれがレイヴン卿だよ」


 すべての欠片ピースが嵌った気がした、そしてそれが音を立てて崩れて行くような感覚を覚えた、『私殺されるかもしれない』彼女は呆然としながらそんな事を考えていた。


 その様子を見ていた者達の反応も様々であった、フリートヘルムは泣き崩れるテオドールを見て、正直にうらやましさを覚えた、もし自分の妻が亡くなったらあそこまで悲しめるだろうか?テオドールが政略結婚で押し付けられるように結婚した経緯は知っていた、それ故にそんな関係で始まりながらそこまで深い結びつきで結ばれた二人にうらやましさを覚えた。『女神に愛された死神とはよく言ったものだ』彼はそう心の中で呟いていた。


 ヒルデガルドに連れられて寝室に辿り着いた二人に言葉は必要いらなかった、テオドールはヒルデガルドの胸に顔をうずめ泣きつかれて眠るまで泣いていた、ヒルデガルドもまたテオドールを胸にうずめ泣きつかれて眠るまで泣いていた。





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